第31話 氷原の国へ ― 導師の影を追って ―
白い蒸気が空へと昇る。フラム・セントリア中央駅――共和国最大の鉄道拠点。旅立ちの朝、プラットホームは冒険者や商人たちで賑わっていた。ケインたち”
「列車で北へ向かうのは久しぶりね」
アイカが車輪の音を聞きながら呟く。
「フラムを出て、ラグナロクを経由。その先は雪原地帯……氷の封印のある王国」
アリーシャの声には緊張が混じっていた。
「導師の影、確かに北で目撃されたらしいな」ハントが報告書を折りたたみながら言う。
「共和国北方調査隊が確認したらしい。”黒衣の男”が瘴気の渦の中を歩いていたと」
ケインの瞳が鋭く光る。
「間違いない……あいつだ」
その言葉に、アイカが頷く。
「導師が次に狙うのは、氷の封印……なら、放っておけない」
汽笛が鳴り響き、列車が動き出す。蒸気が窓を白く曇らせ、街並みがゆっくりと後方へ流れていく。ケインは窓際の座席に座り、遠ざかるセントリアの塔を見つめていた。
(……導師。お前の言う“再生”が、この世界を壊すことなら……)
(俺は、その全てに抗ってみせる)
列車の揺れが心地よいリズムを刻む。対面では、エリスが小さな祈りの言葉を口ずさみ、アリーシャが魔導書に目を通している。ミーシャは窓際で尻尾を揺らしながら、雪景色を思い浮かべているようだった。
「ねえねえ、バルトって雪が年中降ってるって本当?」
「ええ」
アイカが微笑む。
「氷の国よ。雪と風が踊るように舞うの。夜は凍てつくけど、空は澄んで星が近い」
「へぇ~、なんかロマンチック!」
ミーシャがにやりと笑う。
「でも、油断すると一瞬で凍傷よ。……寒さは敵だと思いなさい」
「うへぇ……やっぱり氷の国って怖い」
「寒さより怖いのは、導師の瘴気だ」ケインの声が低く響く。
「奴が残した瘴気は、森だけじゃない。風の神殿の残滓が北方に流れてる。瘴気が精霊を狂わせる前に止める」
アイカが静かに頷いた。
「そのための“雷翼”でしょう?」
列車は北西へ進み、灰色の空が広がる地域に差し掛かる。重厚な壁と無数の煙突――鉄と魔導の匂いが立ち込める街、それがラグナロク。停車した瞬間、耳を打つような轟音が響いた。蒸気装甲兵の行進、整備士たちの怒号、魔導炉の爆ぜる音。
「……やっぱりここは、相変わらずうるさいわね」
アイカが顔をしかめる。
「戦の匂いしかしねぇな」
ハントが盾を背に担ぎ直した。
「ギルドに寄って、情報を仕入れよう」
ケインが言い、仲間たちは中央大通りへと向かった。鉄鋼の街を抜け、冒険者協会”ラグナロク支部”の重厚な扉を開けると、懐かしい声が響いた。
「――ケイン君! 本当に帰ってきたのね!」
笑顔で手を振るのは、明るいロングヘアの受付嬢・サーラだった。その隣で、ショートカットの女性・イリスが胸を張って言う。
「まさか、あの森を救った“雷翼”が君たちだったなんて! 新聞で見たわよ!」
ケインが少し照れくさそうに頭をかいた。
「……見られてたか。まさか見出しにされるとは思ってなかった」
「当然でしょ、共和国の英雄なんだから!」
イリスが笑う。その後ろから、重厚な足音が響いた。
「おお……噂をすれば、“雷の若者たち”が現れたか」
低い声と共に現れたのは、ギルドマスターのダインだった。
彼の顔には嬉しそうな皺が刻まれている。ちょうど同じ列車に乗って首都フラム・セントリアから戻ってきたところである。
「風の神殿を救ったと聞いて誇らしい。――で、今度は北か?」
「はい。導師の影を追って、バルト王国へ向かいます」
ケインが答える。ダインは深く頷いた。
「バルトか……厳しい土地だ。帝国と魔国、両方に接している。瘴気も流れ込みやすい。だが――もし導師がそこへ向かうのなら、おそらく“氷の封印”が関係しておるな」
アリーシャが頷く。
「やはり、封印は複数存在しているんですね」
「その通りだ。風、氷、炎、そして……最後に“雷”。」
ダインの視線がケインを見据えた。
「導師が次に狙うのは、もしかするとお前自身かもしれん」
ケインは短く息を吐く。
「それでも行く。逃げるわけにはいかない」
「……ああ、そう言うと思ったよ」
ダインは笑った。
「だったら、これを持って行け」
差し出されたのは、一枚の地図。
「北方雪原地帯の最新航路図だ。瘴気の濃度分布も記録してある」
「助かります、マスター」
「気をつけろよ。“雷翼”の名を背負う者として、軽々しく死ぬな」
その晩、ギルドの酒場は久々に賑わっていた。
「ケイン君たちが来てくれたお祝いよ!」
サーラが笑顔で杯を掲げる。
「飲め飲め! 英雄に乾杯!」
イリスが笑いながらワインを注ぐ。
ミーシャがすかさず杯を掲げた。
「んじゃ、遠慮なく~! 乾杯ー!」
「おい、飲みすぎるなよ」
ハントが苦笑する。アイカが窓の外を見つめながら呟く。
「……あの空の向こうに、また戦いが待ってるのね」
ケインが静かに応えた。
「ああ。でも今回は、守るための戦いだ。誰かのために剣を振るうなら、何度でも構わない」
その言葉に、サーラがふと笑顔を向ける。
「やっぱり君、昔よりずっと強くなったね。顔つきが違うもの」
「……強くなったのは、仲間がいるからですよ」
アイカが照れくさそうにそっぽを向いた。
「……ま、当然でしょ。私がいるんだから」
「はいはい、ツンデレ剣士様」
ミーシャが茶化し、アリーシャがくすっと笑う。ギルドの中に、穏やかな笑い声が広がった。
翌朝。冷たい風が吹くプラットホームで、サーラとイリスが見送ってくれた。
「気をつけてね! 次はきっと、また笑顔で会いましょう!」
「お前たちは共和国の誇りだ!」ダインが声を張り上げた。
ケインは仲間たちを振り返り、力強く頷いた。
「行こう。“雷翼”として」
列車の汽笛が鳴る。白い蒸気が上がり、鉄の車輪が雪原へ向かって走り出した。遠ざかる街の灯を背に、ケインは心の中で呟く。
(導師。次こそ、決着をつける)
(雷と風が交わる果て――そこに、俺たちの進む“道”がある)
列車は北へ、果ての雪原へと進んでいった。
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