第13話 小さな反撃の準備
翌朝、ルシアーナは早速、前日に買い揃えたビーズや糸、それに屋敷に保管されていたレースを使って、挙式用ドレスの仕上げに取りかかった。表向きには「ドレスの大部分は既製品を用いる」という形でクロウフォード家に通達してあるが、実際にはそこにフィオレット家のモチーフを足すことを画策している。ほんの少しの意地と反抗心だ。
貴族女性が裁縫道具を持って作業するのは珍しいことではない。むしろ手芸はたしなみの一つとしてよく推奨されているが、ここまで本気でドレスの改修をするのは異例だろう。だが、ルシアーナは誰の手も借りず、自分の意志を形にすることを望んでいた。リディアが「手伝いましょうか」と声をかけても、ルシアーナは首を横に振る。
「ありがとう。でも、これはわたし自身で仕上げたいの。……ほんの少しの自己満足かもしれないけど、わたしの“誇り”を詰め込みたいのよ」
リディアはその思いを理解したのだろう。彼女は「分かりました」と言って、針やはさみの場所を整えたり、飲み物を用意したりと、陰ながら支えてくれる。黙々と縫い進めるルシアーナの横顔には、まるで闘志が燃えているような輝きがあった。
――翌日、翌々日と作業を続け、挙式まであと3日というところで、ようやくドレスの改修は形になってきた。白いサテン生地の裾には薄紫色のレースがあしらわれ、そこにフィオレット家のモチーフがさりげなく添えられている。明るい場所で見ると、淡い花の模様がふわりと浮かび上がり、美しくも儚い印象を与える仕上がりだ。
「……これでいい。わたしがクロウフォード家に行っても、フィオレット家の血と誇りは消えていない。そういうメッセージを、少しでも込めたかったの」
満足げに呟いたルシアーナの瞳には、確かな光が宿っている。クロウフォード家との冷たい契約に従うだけではない、自分の意思を少しでも形にすること。それは彼女にとって、一種の“ささやかな反撃”だった。
そして、結婚式まで残り2日。フィオレット家は慌ただしくなった。最低限ではあるが、母と妹が挙式に同行するための準備や、ルシアーナが屋敷を離れた後の家の管理体制などを整えなければならない。とはいえ、クロウフォード家からの借金返済金はすでに振り込まれ、急を要する取り立て屋の姿は消えつつあった。使用人たちも少しは安堵しているが、いかんせん伯爵家そのものの衰退傾向は変わらない。
結婚式当日の流れを細かくシミュレーションしながら、ルシアーナは内心で何度も深呼吸をしていた。数日前にヴィクトルに言われた「余計な行動はするな」という言葉が頭をよぎるが、もう後戻りはできない。いよいよ、本当に“白い結婚”の幕が上がろうとしている。
そんなある夜、ルシアーナは自室の窓辺に座り、外を眺めていた。月は雲に遮られ、星も見えない。まるで夜の世界に閉じ込められたような漆黒の闇が広がっている。
(あと2日……。わたしは、この館を出て行く。クロウフォード家の門をくぐった瞬間、何が待っているんだろう。どんな仕打ちを受けるのか、想像もできない。でも、絶対に屈しない)
そっと瞼を閉じると、またあの黒髪の男の姿が脳裏に浮かんだ。町の裏通りで見かけた不可解な集団。一度気にし始めると、なぜかモヤモヤと胸に引っかかる。ヴィクトルも秘書も特に言及しなかったが、あれは何らかの波乱を予感させるものだったのではないか。
自分の結婚式と、その“黒髪の男”――まったく無関係であってほしいと願うが、どこか落ち着かない。そして何より、クロウフォード家と敵対関係にある何者かであれば、今後の暮らしに暗い影を落とすかもしれない。
(――いくら相手が冷酷だといっても、わたしも巻き込まれるのは御免だわ。今はあまり深入りしないほうがいいでしょうね)
思考が堂々巡りをし、ルシアーナはため息をついた。やがて、疲れ果ててベッドに横になっても、すぐには眠れず、天井を見つめ続ける。新たな生活への不安、家族との別れ、意味のない形での結婚。そして、侯爵の瞳に透けて見えた闇――すべてが頭の中で絡み合っていた。
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