第5話本当の闘いは、これから

本当の闘いは、これから


 翌朝、彼女が目を覚ましたとき、夜明け前の灰色がかった空が窓越しに見えた。結婚式まで残り6日。その短い間に、ルシアーナは多くの手続きを済ませ、クロウフォード家へ行く準備をしなければならない。そして何より、今のうちに伯爵家を支えてくれた使用人たちに感謝を伝え、後事を託す必要もある。


 まだ部屋の外は静まり返っている。ルシアーナはそっと起き上がり、身支度を整える。誰もいない時間だからこそ、できることがある。いつもならメイドに髪をまとめてもらうが、今日は自分で三つ編みにまとめるだけにとどめた。華やかさよりも、行動のしやすさを優先したい気分だった。


 「今日は、まず屋敷の中を一回りしてこようかしら。わたしがいなくなっても、ちゃんと動くように整えておかないと……」


 薄暗い廊下を歩き、使われなくなった部屋や物置を確認する。借金返済のために売れるものは既に売り払ってしまい、残されている品々は伯爵家の歴史を象徴するような家具や美術品だけだ。それらも手放してしまえば、もはや伯爵家の面影はすっかり消えてしまうだろう。だが、それも時間の問題なのかもしれない。


 「お嬢様、こんな時間にどうなさいました?」


 背後から、リディアの声がかかった。どうやら彼女も早起きして館内を見回っていたらしい。ルシアーナが微笑みかけると、リディアは小さく頭を下げる。


 「リディア、あなたがこの館を守ってくれていることに、いつも感謝しているわ。……挙式を終えたら、わたしはクロウフォード家へ行くけれど、あなたは残ってこの館で家族を見守ってくれないかしら。母も妹も、あなたがいてくれるだけで安心できると思うの」


 本来なら、侍女頭のリディアも共に嫁ぐ形になることが多い。しかし、伯爵家の人員が少ない今、ルシアーナはリディアに残ってもらうほうが得策だと判断していた。母のフロランスは体が弱いし、妹もまだ幼い。館を実質取り仕切る存在としてリディアがいてくれるだけで安心感が違う。


 リディアは少し迷うように瞳を揺らしていたが、やがて意を決したように頷いた。


 「……分かりました。お嬢様のご希望とあらば、私はここに残り、フィオレット家をお守りいたします。けれど、もし何かあればすぐにお呼びください。私はいつだって、お嬢様のお側に参りますから」


 その言葉に、ルシアーナは暖かな気持ちを覚えた。両親を失いかけ、伯爵家が窮地に陥ってもなお、こうして自分を支えてくれる人がいる。その事実が、彼女に一筋の光を与えてくれるのだ。


 「ありがとう、リディア。……大丈夫、わたしは一人でもやってみせるわ。どんなに相手が冷たくても、わたしは負けない」


 そう口にするとき、ルシアーナの瞳は揺るぎない決意で輝いていた。

 クロウフォード家への嫁入りまで、あと6日。冷たい契約結婚という運命の一歩を踏み出すための時間は、もうそう長くはない。だが、ルシアーナは決意を新たにした。もしもその屋敷が彼女に“居場所”を与えないならば、自分でそれを切り拓くまで。相手がどんなに冷酷だろうとも、屈するつもりはない。

 白い結婚、愛のない契約の裏側で、ルシアーナがどんな“ざまぁ”をお見舞いすることになるのか——その序章が、いま静かに幕を開ける。


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