サイキョウのお稲荷さま。

雪白@おっさん

第1話【異界渡り。】

 真っ白な雪が降りそそぐ景色の中に佇む立派な門構えの屋敷。その屋敷は山肌にう蛇の様な、複雑に入り組んだ造りをしている。

 そんな屋敷の門をくぐるふたつの影。


「お帰りなさいませ!天花てんか様、銀鈴ぎんれい様!」


 曇天に響く声に顔を上げれば、玄関に小間使い姿の二人の少女と狩衣かりぎぬ姿の男が一人出迎えていた。


天花

「おう!帰った!みんな元気か?」


千代ちよ

「もちろんですよ!!みんな元気ありまくりですよ〜!!」


 「傘お預かりします」と二人の少女は天花と銀鈴からそれぞれ傘を受け取り、玄関へと入った。土間へと上がれば、少女のかたわらに控えていた男が銀鈴から羽織りを預かりながら声を掛けた。


琉々るる

「お帰りなさいませ、銀鈴様。早速で申し訳ございませんが夜莉より様からご伝言を預かっております」


銀鈴

「只今戻りました。何ですか?」


琉々

「 "此度こたびの長期任務についての寮会議ですが、迦穂かほに付いて急遽 迎えの任務に向かう為、定刻までに戻るのは難しく欠席する" との事です」


銀鈴

「夜莉殿自ら迎えに?…承知しました。では、夜莉殿への報告は飯綱いづな殿へ任せる様にします。定刻迄までには皆を集めておいて下さい」


琉々

「畏まりました」


 琉々は礼をしたまま主を見送る。

 取次とりつぎに上がれば天花と千代は先に向かったらしく、千代の妹の千歳ちとせが静かに控えており「お待たせしました」と寄れば、姉とは違い寡黙な千歳はひとつ頷いて先を歩き始めた。



◈◈◈



奥座敷

すすき


 屋敷の最奥に位置する座敷へと遅れて入る銀鈴。


銀鈴

「失礼致します。遅れて申し訳御座いません」


天花

「おん?寮のことだろ?構わんよ」


 天花に声を掛けられていると上座から呼ばれる。


【稲荷家 当主】

綾狐あやこ

「雪ン中ご苦労だったな。もうあらかたの話は終わってっから気にすンな。オマエは寮を優先してくれ」


銀鈴

「御久しぶりに御座います。綾狐様」


綾狐

「あーあー!いいって!いいって!そういう硬っ苦しいのはナシだナシ!」カカカ


天花

「オマエ、よりもオレに似たよなぁw」カカカ


綾狐

「確かにw さぁて!ここはもういいから本命に会いに行けよ」


 あっけらかんと笑うその姿は男物の袴姿で、絹糸の様な美しい黄金色の長い髪を一本に結った歳若い女。愉快そうに笑う目元は雪肌をうっすらと桜色に染まり、思わず魅入ってしまう柘榴色の瞳をしている。そんな綾狐に「早く行け」と言わんばかりにホレホレと手を振られてふたりは座敷を後にした。次に二人がやって来たのは屋敷の地下、隠し通路。

 ひんやりとした通路を進むと目の前には立派な観音扉が立ち塞がり、ぎっ、と重く軋みながらその扉を開く。中には幾重いくえもの純白の薄衣うすぎぬおおわれ、五色ごしきの紐飾りに飾られた朱塗りの豪奢ごうしゃな座敷牢が鎮座していた。


天花

「よぉーう!来たぞ!」


銀鈴

「失礼致します」


「…久しぶりの挨拶がれかぇ。変わらぬよなぁ」クスクス…


 薄衣の奥から近付いてくる鈴のが響く様な声。その声に笑みを浮かべた天花はズカズカと畳を進んで、乱暴に薄衣をかき分けて、その格子の前にどっかりと陣取った。


天花

「オマエとオレに今さら挨拶もなんもねぇだろうよ」カカカ


牢の主

「全く…御前はほんに変わらぬ。ふふ」


銀鈴

「御久しぶりに御座います。輝夜かぐや様。天花様共、銀鈴只今戻りました」


輝夜

「あい。其方そなたも息災で何よりじゃ」


 牢の格子を挟んで対面する天花と輝夜。

 その姿は瓜二つ。天花が天真爛漫にガサツを足した様な雰囲気なのに対して、輝夜は落ち着き、艶のある柔らかい雰囲気だ。


天花

「んーで?肝心のヤツはどこだ?」


「…会うのは久方振ひさかたぶりであろう。主等ぬしらが言葉を交わし終えるのを待ってった」


天花

「…ふはっw オマエそんなヤツだったか?w」


輝夜

「御前が我等と別れて幾年いくとせ経ったと思うておる。其れも変わろうよ」


 呆れながらむ輝夜が扇子で指し示した先、座敷の隅に闇がった。顔を覆う長い前髪。床に付いてなお有り余る長い後ろ髪。忍び装束に似た衣装と首元、顔が隠れる程に巻かれた布。全身が黒い、と言うよりも髪も衣装も境目が溶け合っている様な、一切の光を受け付けない闇の様で、三人を静かに見つめる瞳すらも光を拒絶している。

 輝夜はくすりと笑いながら闇を呼ぶ。


輝夜

「影法師、此奴こやつ等を呼び出したのは其方であろう。早う説明しよれや」


天花

「やっと始まんのか」


影法師

「…先に。主等に渡した力がそろそろ馴染む頃合いかと思うてな」


天花

「んあ?あぁ、まぁ。馴染んだっちゃあそうだな」


銀鈴

「同じく」


影法師

「上々。向こうへの道は既に通した。だが、わしの領域を生成させるのが思う様に進まなくてな」


天花

「え?なんでそれで呼んだし」


影法師

如何どうやら奴が飽きた様でな。儂の力も不安定になる程の異常な速度で成長している。此方こちら側に迄影響を及ぼす恐れが出てきた」


天花

「ほーん?」


影法師

「先に奴に崩壊させられれば此方こちら側も只では済まぬ。更に」


天花

「さらには世界が急激に成長したってこたぁ、文明も成長したってこったろ?到底、その異常な速度に文明が耐えられるとは思えねぇがな」


影法師

左様さよう。だが、向こうは此方とは根本が違うのだ。其方等そなたらには早急さっきゅうに向こうへ渡り場を浄化しつつ儂の領域へと向かってもらう」


天花

「ふん?」


輝夜

「何だ、不満かえ?」


 その問に天花は口角を上げて喉元でクッと笑った。


天花

「なぁに。攻略難易度が上がっただけだろ?なんてこたぁねぇ」


輝夜

「昔の様な遊びとは訳が違うぞ?」


天花

「くははっw まぁまぁ、硬っ苦しいのはナシナシ!せっかくの異世界旅行なんだ。旅は愉しまねぇと損だぜ?」カカカ


 心底楽しみに笑う天花。

 その様子にはさすがの輝夜も呆れ顔を見せた。そのままあらかたの打ち合わせをし終えると銀鈴が「其れでは」と席を立つ。


天花

「おん?」


銀鈴

「私は先に出立しゅったつの準備をして参ります。此の後は寮の会議も有りますから」


天花

「!あぁ、んじゃまた明日な!忘れもんすんなよ?」


銀鈴

「貴女ではあるまいし…。其れでは御先に失礼致します」


 一礼をして座敷を出ようとするそれを輝夜が呼び止める。


銀鈴

「…」


輝夜

「此の天花阿呆の事、しかと任せたぞ。呉々くれぐれも宜しくな」


銀鈴

「良く、心得ております」


天花

「おい」


輝夜

「うむ。其方であれば成し遂げような。呼び止めて済まぬな。行ってよいぞ」クスクス


天花

「おう。無視してんじゃねぇぞテメェら」


 「では」と再び一礼をして銀鈴は座敷を出ていった。地下を出た銀鈴は綾狐が当主を務める『稲荷家』の屋敷から少し離れた別の屋敷へと来ていた。ここは銀鈴を筆頭に、稲荷家に仕える管狐くだぎつねが暮らしている。通称を管寮くだりょうという。今回の任務についての会議の為に、座敷には任務中の管を除いた全匹が揃っていた。


銀鈴

「遅くなりました。其れでは会議を始めましょう。ずは此度こたびの天花様の長期任務に伴う屋敷内の配置変更についてです。私、銀鈴の代わりに琉々を頭目代理とします。平時へいじ有事ゆうじに関わらず御当主の元に居るように」


琉々

「畏まりました」


銀鈴

「頼みますね。そして通常、御当主に付いてる夜莉殿には頭目代理補佐を兼任して頂きます。また、輝夜様の遣いは変わらず飯綱殿に御願いします」


飯綱

「了解しました」


銀鈴

此処迄ここまでで何かある者は?」


 了解の沈黙。


銀鈴

「では、私からは以上です。以降は琉々に任せます。此度こたびの任務は今迄のどんな任務よりも厳しい戦況がいられるでしょう。みな此迄これまで以上にくにの少しの変化も見逃さない様に気を張って頂きたい。夕刻ノ國此処が無くなってしまったら天花様も私も帰って来られなくなってしまいますから。改めて宜しく御願いします」



 「では琉々」と声を掛け、寮を出た銀鈴は任務の準備をする為に管寮から少し山を登った竹林に入り、寮よりも少し小さな屋敷へと入る。この屋敷には中心部に坪庭つぼにわがある。廊下に座りその柵に寄りかかって小さな雪景色を眺めながらようやっと銀鈴はひと息ついた。


「やっぱりここに居た」


銀鈴

「飯綱様?」


飯綱

「もぉ〜…自宅ここでの呼び方はそれじゃないでしょー?」


 頬を膨らませながら黒髪の少年が銀鈴の隣に座る。


銀鈴

「…父上、ねないで下さい」


飯綱

「そう!それがいい!それからすねてないよーだ!会議は琉々に任せてきたよ」


銀鈴

「……。何か御用でしたか?」


飯綱

「ん?んふふ」


 普段と変わらず凛とした姿勢を崩さない銀鈴。しかし、飯綱は息子の癖を見てんだ。


飯綱

「銀はさ?おっきな任務の前とか、悩みがある時とか、考え事をしたい時とか。必ずここへ来るよね。あとそれ、顔。一生懸命顔に出さないようにしてるでしょ?瑞袮ちゃんお母さんにそっくり!」クスクス


銀鈴

「…」


 「まだまだ修行が足りませんね」と呟きながらため息を吐き出す。


飯綱

「……。ねぇ、銀。ごめんね…」


銀鈴

「はい?」


飯綱

「キミの命を縛り付けて…さ」


 「嗚呼」と、銀鈴は心底くだらないという顔をすると父を見据えた。


銀鈴

「何を言い出すかと思えば。…此は誰かがやらねばならぬ事。殊更ことさらの御方が立ち向かわれる事ならば他のどの管にも、例え父上にも譲れません」


飯綱

「…ふふ。そう。銀がそう強く決意してるなら、良い…のかな…」


銀鈴

「…」


飯綱

「…っでも!!おとーさんとしては!!」クワッ


銀鈴

「……父上?」


飯綱

「たとえ、どんなに忠誠を誓った主人でも!!キミを、たったひとりの銀鈴我が子を今回の任務に!!絶対に!!ぜぇーったいに参加させたくないです!!」フンスッ


銀鈴

「……」


飯綱

「でも銀が決めた事なら止められない。止めちゃいけないって思ってる。管狐ボク達という種族は所詮は使い魔。主の意思に付き従うモノだ。その中でキミがキミの意思で望むのならばそれは大切にして欲しい。だからと言って無理はしちゃいけないよ?」


銀鈴

「心得て居ります」


飯綱

「あとこれね!あげる!おとーさんお手製の御守りの数珠!銀が無事である様にたくさんたっくさん気持ちをめて作ったんだよ!持って行ってくれる?」


銀鈴

「…有難う御座います…父上。身に着けさせて頂きます」


 「それじゃあ会議に戻るね!」と飯綱は嬉しそうに手を振りながら駆け足で寮へと戻って行った。


銀鈴

「……」


申し訳ありません父上。

貴方の其の願いには、応えられません。



◈◈◈



【稲荷邸 大庭】

 数ある庭の中で一番大きな庭。雪は止み、風は凪いで、雲は無く。空には満天の星と満月。降り積もった雪は月明かりを返して淡く輝いている。その庭で天花と輝夜は並び月を見上げていた。


輝夜

「影の話で未だ役目が終わった訳では無い事も、薄れていた記憶もはっきりと思い出したわ。ふふ」


天花

「ふはっw オメェがか?珍しい事もあったもんだ」カカカ


輝夜

うではない。此処の此迄これまでは御前の耳にも届いていようて」


天花

「わかってらァ。冗談だよ」


輝夜

「一段落着いてしばしの休息にすっかり気が抜けてしもうておったわ」


天花

「んーまぁ、面子めんつがだいぶ変わったと思ったし?そもそも外で迦穂かほとも何度か会ったしたな」


輝夜

「で、あろう?」


 何とも言い難い表情で笑う輝夜。

 なんとなくそちらを見ないようにしていると、ふと、背後に気配を感じた天花は静かにその場を離れた。


「…誰か、そこに居るのですか…?」


輝夜

「!」


天花

「夜莉のヤツ帰ってきたのか。ふーん?」


 興味津々に見ながら笑い、縁側の戸に手をかけて眩しそうに目をこする少女に寄り、ひょいとその体を抱き上げた。目が慣れ、徐々に意識がはっきりとした少女は間近に見る天花の顔と自分の状況に気付いて急に腕から逃れようと暴れ出した。


少女

「っあ、あの…!ごめんなさい!ごめんなさい!放してください…っ!」


天花

「∑あででででで!!こらこら!!暴れるな!?落としちまうだろ!?」イテテテ!!;;;


輝夜

(ふふ。まるで猫の仔の様な娘じゃ)クスクス


 抱かれた少女は天花の両肩を真っ直ぐ腕で突っ張って押し返し、思いっきり仰け反って半泣きになっている。そんな少女に天花は空いてる片腕で軽く羽織っていた羽織りで自分ごと少女を思いっきり包んだ。


少女

「∑わぁ!?;;;」


天花

「ふははっw これで暴れられねぇな!」


少女

「っあの、本当に、わたしの…わたしっ、汚いので…っ」


ーすり…。


少女

「!?」ビクッ


天花

「オマエは綺麗だよ。汚れてなんかねぇ」


 固まる少女の髪に鼻先を擦り寄せて微笑む天花。


少女

「……」


輝夜

「急に訳も判らず連れて来られて不安で眠れなんだか。しかし疲れているであろう?其奴そやつは温かかろうて。其のままお眠りや」ナデナデ…


少女

「…え、あの…」


 少女を髪を慈しむように撫でると途端に少女はゆるゆると眠りに落ちた。そのままふたりで穏やかに寝息をたてる少女の寝顔を見ていると不意に声がした。「ここに居られたのですか」と振り返れば困り顔の飯綱が立っている。


飯綱

「全く…あまり気侭きままに行動さらないで下さいませ。私が頭目に叱られてしまうではないですか」


輝夜

其方等そなたら 親子はほんに融通が利かぬのぅ」


天花

「…息子、オマエにそっくりだぞ…」


飯綱

「似てますか!?///(喜)」


天花

「あははw そーいうとこは似てねぇなw アイツはオマエと瑞祢みずねの良いとこ半々のおとこだよ」カカカ


 笑う天花に飯綱は一層嬉しそうに、でもどこか哀しげに目元を細める。


天花

「!あ、ちょうどいいや。そこ開けてくれ。この娘を寝かせてやらねぇと」


飯綱

「?おや、その子は夜莉くんが」


輝夜

わらわ達が眠りを妨げてしもうてな。気になって顔を出したのであろう」


飯綱

「!」


輝夜

「無論、今の出来事は有耶うや無耶むやにしてある。次に目覚めれば "何やら可笑しな夢を見た" と思うであろうよ。一応、千代には話しておいてくりゃれ」


 話しながら天花と飯綱は部屋へと上がり、布団に少女を寝かせてやると眠る少女の髪を撫でて音を立てないように気をつけながら部屋を出る。


天花

「飯綱」


飯綱

「?はい」


天花

「またオマエの息子借りてくな」


飯綱

「…あの子は、お役に立てておりますか?」


天花

「当たりめぇだろ?」


飯綱

「…そう、ですか」


天花

「あ、そうそう!その輝夜アホのことよろしくな!」ニッ


 それだけ言うと天花は屋敷の奥へと消えて行った。見送った輝夜は小さくため息をこぼし、飯綱を連れて自室である座敷牢へと戻って行った。

 翌早朝ー。

 輝夜の牢の前には天花、銀鈴、飯綱、夜莉、影法師が揃っている。


影法師

各々おのおの、準備は宜しいか」


天花

「オレはいつでも構わんぞー」


銀鈴

「私もです」


影法師

左様さようか。ならば始めよう」


 影法師が目線をやると飯綱が牢の鍵を外す。大きな金属音を立てて外れた錠を除け、静かに戸を開く。


影法師

「此の奥に儂の域が在る。其処から主等を送る故 付いて参れ」


 そう言ってさっさと奥に消える影法師に続いて天花が牢に入る。そこでふと思い出した様に輝夜を振り返った。


輝夜

「?なんだ」


天花

「んーじゃ、ま!いってくらぁね!こっちよろしくな!」


輝夜

「誰に向かって物を言っている。全く。緊張感の無い奴よなぁ。さっさと行くがよい」クスクス


 その言葉に振り返らず手を振りながら天花も奥へと消えた。


銀鈴

「…」


夜莉

「頭目?」


 座ったまま動かない銀鈴に飯綱が声を掛けようとしたその時ー


銀鈴

「父上。昨夜はしっかりと挨拶出来なかったので、しばし銀鈴に御付き合い下さい」


飯綱

「っ…ならぬ。主を待たせるな」


銀鈴

「銀鈴を此処まで育てて下さり、有難う御座いました。の任務、しっかりと果たして参ります。父上の御健勝を遠方の地より御祈り申し上げます」


飯綱

「!…っぎん」


銀鈴

「行って参ります。父上」


飯綱

「…っうん、うん!行ってらっしゃい!銀鈴!」


 「では」と輝夜に一礼をして銀鈴も奥へと消えた。


 静かになった座敷。


 微かに鳴る畳を打つ音。


輝夜

「済まぬ、では許されまいな。此度こたびの任務、天花あれには内容を。理由は言うまい。故、昨日さくじつからの天花の失言。奴に代わってわらわが謝らせておくれ。済まなんだ」


 姿勢を正して、深く頭を下げる輝夜。


飯綱

「!っ御顔を上げて下さいませ輝夜様…! 確かにこの任務、あの子が重要な鍵と成ります。寂しいのも、悔しいのも、ただただ見送る事しか出来ない歯痒さもあります。ありますが、総てはあの子が己の意志で選んだ道で御座います。さすれば父がすべきは笑顔で送り出す事と思って…思って、おります…のに…っ」


輝夜

「…確か、其方そなたわらわ付きであったな。今宵は此のこのまま 此処ここで過ごすが良い。夜莉、其方そなたも」


夜莉

「畏まりました」


輝夜

「綾狐へはわらわから式を飛ばそう」



◈◈◈



【座敷牢最奥/影法師の領域】


天花

「あいっかわらず真っ暗だなここ」


影法師

「別れは済んだのか」


天花

昨夜ゆうべのうちにな」


影法師

左様さようか」


銀鈴

「遅くなりました」


天花

「ちゃんと飯綱親父に挨拶してきたか?」


銀鈴

「はい」


 「そうか」と少し寂しそうに笑う天花。いつもは見ない表情に戸惑う。


影法師

「では送りを始める。く初手を打つべき場所の近くへ送る様にはする。だが、障壁が強くてな。途中 座標を飛ばされる可能性が有るのだ」


天花

「オマエが弾かれる?マジで?」


影法師

「儂は全能では無い。現地での行動は総て御主に任せる。其の中でもし、儂の息の掛かった者だと思う者に出会でおうたならば "極東より遣いで参った" と問うてみよ。其の答えを知る者が儂の撒いた種へのしるべだ」


天花

「ほーん?」


影法師

「飛んだ先の付近に "ルノマの集落跡" という名の場所が在る筈だ。ずは其処へ向かってくれ」


天花

「行き当たりばったりってか」


影法師

「そういう事だ。頼んだぞ銀鈴」


銀鈴

「承知致しました」


天花

「おい、なんでそっちに振る」


 「では始める」と影法師はあらかじめ用意した魔法陣に二人を立たせ、その陣の一部に足を乗せ、一気に魔力を注ぎながら踏み込むと中心部に立った二人はあっという間に噴き出した闇に呑まれて消えた。


 それはほんの一瞬の出来事。


影法師

「―――ふむ。割と近くへは送れたか」


 目閉じ意識を集中させる。


影法師

「…しまった。奴を呼び寄せるのを忘れておった」



◈◈◈

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