第2話 2
私が大陸に渡ったのは、露国との大戦直後である。膨大な戦費と人命を失い賠償すらされなかった国は、大陸での利権獲得に動いていた。
吉澤
私の放蕩は生まれつきである。大陸へ渡れば、それこそ辺境の果てまで道楽旅行に出掛けて大陸政府すら知らないことまで見聞きしてくるだろう。吉澤の当主たる父がそれを利用した。私の生き方が、その役目に合致した。それだけのことだ。
吉澤家には男子が二人いる。長兄の私と弟の
後継者であるはずの私は、父を説得して早くから家を出て軍の学校に入った。右から左へ、西から東へ、物を流すだけで金を生む。そんなことに興味はなかった。軍人に憧れたわけではないが、幼い私は家を出る方法を他に思いつかなかった。
家を継ぐ気も戻る気もない私を父は放っておいた。見知らぬ世界への興味が尽きず、刺激を求め、何でも自分でやって納得しないと気が済まない私の性質を父は良く知っていたのだろう。
学校を出て軍務に就き、外国との関わりを直接知るうちに、家業の貿易がどれほど国家の大事であるかに思い至った。国内での商いとは規模が違う。右から左へなどと一筋縄ではいかないのだ。ここにきて初めて父は私に戻って来ないかと連絡をよこし、大陸に駐在所を作ることを告げた。
私が軍に所属していた時分に身を置いたのは「軍参謀本部第二部」である。海外の情報を取り扱う諜報部門だ。
偶然か必然か。駐在貿易商として大陸へ渡ることになった私は、渡りに船とばかりに現地の情報を第二部へ送る任務を課せられた。
大陸に渡るための準備には相当の時間を費やした。国家と吉澤の名を
かくして私は、再び吉澤組の後継と目され大陸へ渡る。道楽息子は大陸の至る所へ観光に赴き、誰彼構わず現地の者と酒を酌み交わし、租界をはじめとする本国人の店で宴席を開き、その所業は瞬く間に同胞の知るところとなった。
私はただの貿易商である。大陸へ渡る際に軍籍は外れた。軍歴も軍の学校の在籍記録も全て抹消されている。第二部との関わりは何処を調べても出てこない。
現地情報を第二部へ送るのは、正確には任務ではなく、あくまでも民間人として要請された諜報支援活動だ。この先私に何が起ころうとも、それは私個人の問題として処理される。そうでなければ、私は自由に動けない。
第二部と、父と、私と。三者の思惑の合致が、今の私の立場を築いたといえる。
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