第12話「辺境に咲く、二つの花」

 領主としての日々が板についてきた頃僕たちの領地は以前とは比べ物にならないほど豊かになっていた。

 僕の農業指導と『神の農具』の力で痩せた土地は次々と実り豊かな畑へと変わり食料の生産量は飛躍的に増加した。

 カイが指揮を執って整備した街道のおかげで王都との交易も盛んになり村は活気に満ち溢れている。

 人々は僕のことを「豊穣の若き領主」と呼びカイのことを「領主様を守る無敵の黒騎士」と呼んで心から慕ってくれた。

 僕の生活は執務と農業そしてカイとの穏やかな時間で満たされていた。

 執務室の窓から僕が品種改良した新しい花が咲き誇る庭園を眺めるのが最近のお気に入りだ。

 その花は太陽の光を浴びると七色に輝く不思議な花で僕は『ニジイロソウ』と名付けた。


「綺麗だね、カイさん」


 僕がうっとりと呟くと後ろに控えていたカイが「ああ」と短く相槌を打った。


「お前が作ったものはなんでも綺麗だ」


 さらりとそんなことを言う。

 もういちいち赤面したりはしない。

 慣れってすごい。


「今度この花を王都にも出荷してみようと思うんだ。きっとみんな喜んでくれると思う」


「いい考えだ。輸送ルートは俺が確保しよう」


 こんな風に僕が何かを思いつくとカイがすぐにそれを実現するための具体的な方法を考えてくれる。

 僕たちは最高のパートナーだった。

 この領地は僕とカイ二人の力で作り上げてきた僕たちの宝物だ。

 そんなある日王都から一人の意外な人物が僕たちを訪ねてきた。

 国王陛下の名代としてやってきたのはなんとあのロイドを失脚させるきっかけを作ってくれた大神官オルバスだった。

 彼は僕の前に深々と頭を下げた。


「ミナト殿、先日は我々の不手際で大変なご迷惑をおかけしました。改めてお詫び申し上げます」


「い、いえ、もう気にしてませんから頭を上げてください!」


 まさか国で一番偉い神官様に頭を下げられるなんて恐縮してしまう。

 オルバスは僕とカイを交互に見ると穏やかな笑みを浮かべた。


「お二人のご活躍は王都にも届いております。この辺境の地をこれほど見事に復興させた手腕、実に見事です。陛下も大変お喜びでした」


 そして彼は一通の書状を僕に差し出した。


「これは陛下からの親書です。ミナト殿とカイ殿を正式に宮中へ招待したい、と」


 宮中への招待。

 それは僕たちがアステル王国の貴族として正式に認められたことを意味していた。

 断る理由なんてどこにもなかった。


 数週間後僕とカイは生まれて初めて王都の土を踏んだ。

 どこまでも続く白い石畳、天にそびえる壮麗な建物、行き交う人々の活気。

 何もかもが僕が暮らす辺境の地とは別世界だ。

 お城はまるでおとぎ話に出てくるような豪華絢爛な場所だった。

 僕たちは少し緊張しながらも案内に従って玉座の間へと向かう。

 そこにいたのは威厳がありながらもどこか人の好さそうな壮年の男性――アステル王国の国王陛下だった。


「面を上げよ、ミナト、カイ」


 優しい声に促され僕たちは顔を上げた。

 国王陛下は僕たちのこれまでの功績を労い正式に僕を辺境伯、カイをその騎士団長に任命すると宣言した。

 僕たちの領地はこれからは『ミナト辺境伯領』と呼ばれることになるらしい。

 叙任式が終わった後僕たちは国王陛下から個人的にお茶会に招かれた。


「ミナト殿の作る作物は実に素晴らしい。我が娘もそなたの野菜がなければもう食事をしてくれぬほどだ」


 陛下は気さくに笑いながら話してくれた。

 どうやら僕の作った作物は王族の食卓にも並んでいるらしい。


「カイ、お主にも苦労をかけたな。だがお主のような誠実な騎士がミナト殿のそばにいてくれるのなら私も安心だ」


「もったいないお言葉です」


 カイは静かに頭を下げた。

 お茶会の後僕たちは王城の庭園を散策する時間を与えられた。

 手入れの行き届いた美しい庭園。

 色とりどりの花が咲き乱れ甘い香りが風に乗って運ばれてくる。

 僕たちは二人きりでゆっくりと小道を歩いた。


「すごいね、王都って。僕、ちょっと気後れしちゃった」


「お前は、お前のままでいい。その方が領地の民も喜ぶ」


 カイは僕の手をそっと握った。

 その温かさに緊張していた心がふっと和らぐ。


「ミナト」


「うん?」


「俺は、お前と出会えて本当によかった」


 改まってカイがそんなことを言う。


「俺は全てを失ってこの先の人生に何の希望も持てずにいた。だがお前がくれた温かいスープが凍てついていた俺の心を溶かしてくれた。お前が育てた野菜が乾ききっていた俺の体に再び生きる力を与えてくれたんだ」


 彼の真剣な告白に僕は胸がいっぱいになった。


「僕の方こそカイさんに出会えてよかった。一人ぼっちで心細かった僕のそばにカイさんがいてくれたから。だから僕、ここまで頑張れたんだよ」


 僕たちはどちらからともなく互いを引き寄せた。

 庭園の大きな花のアーチの下で僕たちはそっと唇を重ねる。

 それは誰に見せるためでもない僕たちのささやかな誓いのキス。

 辺境の荒れ地で出会った孤独だった二つの魂。

 僕たちは互いを支え合い愛し合うことで自分たちの居場所を見つけた。

 これから先どんな未来が待っているかは分からない。

 でもこの人の手がそばにある限り僕たちはきっとどんな困難も乗り越えていける。

 僕たちのスローライフはたくさんの人を巻き込んで国さえも動かす大きな物語になった。

 でも僕たちの幸せの原点は今も昔も変わらない。

 あの小さな畑と温かいスープ。

 そして不愛想だけど世界で一番優しい僕だけの騎士様。

 辺境の地に咲いた僕という花はカイという太陽があったからこそこんなにも色鮮やかに輝くことができたんだ。

 僕たちの物語はまだ始まったばかり。

 これからもたくさんの美味しい野菜とたくさんの愛をこの土地で育てていこう。

 愛するカイと二人で一緒に。

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