第10話「暴かれる罪と、騎士の誓い」

「だ、団長だと…?馬鹿な!カイ、お前は三年前のあの事件で騎士の位も名誉も全て剥奪されたはずだ!」


 ロイドが狼狽しながら叫ぶ。

 それに応えたのはカイではなくカイの前に膝をついていた騎士の一人だった。


「我々にとって騎士団長はカイ様ただ一人!貴様のような卑劣な手段でその座を奪った男ではない!」


 騎士の言葉にロイドの顔が青ざめていく。

 カイはゆっくりと剣の切っ先をロイドに向けた。


「三年前、俺は王太子暗殺未遂の濡れ衣を着せられこの辺境の地に追いやられた。その計画を裏で操り俺を陥れたのが貴様だということはとうに調べがついている」


「なっ…!そ、そんなものはでっち上げだ!」


「ほう?では貴様が密かに隣国と通じ武器を横流ししていた証拠がここにあると言っても同じことが言えるかな?」


 カイが懐から取り出した一通の書状をひらひらと見せる。

 それを見た瞬間ロイドの顔から完全に血の気が引いた。


「な、なぜそれを…!」


「俺を慕ってくれる部下たちが命がけで手に入れてくれた。貴様が辺境伯の地位を得たのもその密輸で得た金で私腹を肥やした大臣たちに取り入った結果だろう」


 カイの言葉は淡々としていた。

 けれどその一つ一つがロイドの罪を暴き立てる鋭い刃となっていた。


「そして今回のこの一件。ミナトの畑を奪いその利益を独占しようとしたのも全てはさらなる軍資金を得るため。違うか?」


「ひっ…!」


 ロイドはもはや反論する言葉も持たないようだった。

 がくがくと膝を震わせ後ずさりしている。

 カイは僕の方を一度だけ振り返った。

 その瞳は「もう大丈夫だ」とそう語りかけているようだった。

 僕はこくりと力強くうなずき返した。

 カイが静かに号令を下す。


「全員武器を捨てて投降しろ。さすれば命までは取らん」


 その言葉にロイドが連れてきた兵士たちは顔を見合わせやがて次々と武器を地面に投げ出した。

 彼らもただ命令に従っていただけでロイドに心酔していたわけではないのだろう。


「き、貴様ら!何を…!」


 ロイドが叫ぶがもう彼に従う者は一人もいなかった。

 カイのかつての部下である騎士たちがロイドと最後まで抵抗しようとした役人を素早く取り押さえる。

 あっけないほどの幕切れだった。

 全てが終わった後カイは僕の元へ歩み寄ってきた。


「…すまない、ミナト。俺の過去にお前を巻き込んでしまった」


 そう言って深く頭を下げるカイ。


「そんなことないです!カイさんが僕を守ってくれたじゃないですか」


 僕は慌てて彼の顔を上げさせた。

 彼のせいじゃない。

 僕の力が彼の過去の因縁を呼び寄せてしまっただけだ。


「それにしても…カイさん本当に騎士団長だったんですね。すごいなあ」


 僕が素直な感想を言うとカイは少しだけ照れたように視線をそらした。


「…もう過去の話だ」


「そんなことありません。あの人たち今でもカイさんのことを『団長』って呼んでましたよ。それだけみんなに慕われてるってことじゃないですか」


 僕の言葉にカイは何も言わなかった。

 でもその表情は少しだけ和らいで見えた。

 騎士たちを率いていた副団長だという真面目そうな青年が僕たちの前に進み出て改めて敬礼した。


「カイ団長の潔白を証明する証拠はこれで全て揃いました。王都に戻ればすぐにでも団長の復権が叶うでしょう。そしてミナト殿、あなた様のことも報告させていただきました。この辺境の地を一代でこれほど豊かにしたその功績は国王陛下も高く評価しておられます」


「え、僕が…?」


 話がどんどん大きくなっていくことに僕は戸惑いを隠せない。

 副団長はにこやかに続けた。


「はい。陛下はミナト殿をこの辺境一帯の領主として正式に任命したいと仰せです。カイ団長にはその領主様を護衛する専属の騎士として引き続きこの地に留まっていただきたい、と」


 領主。

 そして専属の騎士。

 それは国王からの最大限の配慮だったのだろう。

 カイの名誉を回復させつつ僕と引き離すことのないように。

 僕はカイの顔を見た。

 彼は驚いたような顔で僕を見ていた。


「カイさん…」


「…いいのか、ミナト。俺はお前のそばにいても」


 その問いは彼の不安の表れだった。

 自分がそばにいることでまた僕を危険な目に遭わせてしまうのではないかと。

 僕は彼の大きな手を両手でぎゅっと握りしめた。


「当たり前じゃないですか。カイさんがいなきゃダメです。僕のそばにずっといてください。僕のたった一人の騎士様でいてください」


 僕の言葉にカイの瞳がわずかに潤んだように見えた。

 彼は僕の手を強く握り返すと僕の前に片膝をついた。

 騎士が主君に忠誠を誓う時の最も丁寧な礼。


「このカイ、生涯をかけて我が主ミナト様をお守りすることをここに誓います」


 その声は真摯で力強く僕の心の奥深くまで響いた。

 周りにいた騎士たちが一斉に喝采の声を上げる。

 クロも僕たちの足元で嬉しそうに尻尾を振っていた。

 こうして僕たちの畑を巡る騒動は幕を閉じた。

 そして僕とカイは領主と騎士という新しい関係でこの地で生きていくことになったのだ。

 もちろん僕たちの本当の関係はそんな肩書きだけでは言い表せないもっと深くて温かいもので結ばれているのだけれど。

 それは僕とカイだけの秘密だ。

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