東京ネオンシティアンダーグラウンド

羽月 秋

1:プロローグ

 この世界は、基本的にクソに塗れている。

 物事が思い通りに進むなんてことは滅多にないし、ある日いきなり理不尽に死んだりする。私欲のことしか考えない連中だってザラにいるし、些細なことで殺し合いにだって発展する。奪わなければ生きてはいけない。そんな世界だ。

 かくいう自分も、人から何かを奪って生きている。金とか情報とか命とか、最近だと大量の薬物だとか。お陰様でいろんな人から恨みを買っている。まぁたとえば....

「おいクソ野郎ども!大人しく死にやがれ!ウチに手ェ出してタダで済むと思うなよ!」

 あんな感じのヤクザたちから、とかね。

 僕はハセガワ、便利屋として働く27歳の青年だ。先日ある客に嵌められて多額の借金を背負うことになり、その工面のため、B地区とC地区同士の取引に使われる薬物をかっさらい、全部売っぱらってしまった。お陰様で奴らに追われることとなっている。流石に自分でもマズイことをしたとは思っているが、あれ以外に方法がなかったのだから仕方がない。

 今は一緒に盗みを働いた協力者と必死に逃げ回っている所だ、人数差では圧倒的不利。はたして生きて帰れるのだろうか。

 そう考えているうちに、気がつけば行き止まりまで追い詰められてしまった。逃げ道はどこにもないが、連中は容赦無く追いかけてくる。

「ハッ!こうなっちゃ暴れるしかねぇなぁ!腹括れお前ら!」

 そう意気込むのはジロキチ、腕の立つ傭兵だ。誰よりも早く懐から武器を抜き、連中に向き直った。

「背水の陣ってやつだね、よーしやってやる!」

 ジロキチに続いてやる気なのはレイ。彼に並んで臨戦体制に入った。

「戦闘は苦手だからなぁ....連中は二人に任せて、俺らは逃げ道を工面しなくちゃなぁ」

 あくびをしながら気だるそうにそう提案するのは、医者のクスノキ。こんな状況だっていうのに、呑気なものである。ツッコミでも入れておきたい所だが、今はそんな余裕なんてないのだ。二人が連中をあしらっている間に、なんとか逃げ道を見つけなきゃならない、じゃなきゃここで全員お陀仏だろう。

 ここは建物に挟まれた閉所、目の前には3mくらいの塀、乗り越えるのは至難の技。窓は全部塞がれて建物に入ることは叶わないだろう。上も横も無理、となれば残すは....下だ。都合のいいことにそこにはマンホールがある。

「下水道を使って逃げよう。クスノキ、手伝ってくれ」

 ハイハイと面倒くさそうにしながらも、彼はどこからともなく金属棒を引っ張り出してきて、マンホールの隙間に差し込んだ。息を合わせ棒を押し込むと、マンホールは穴から外れ、ガラガラと重苦しい音を鳴らしながら地面に転がり落ちた。

 その音を聞きつけたジロキチとレイは、僕らの意図を汲み取ったのか近くにいた連中を投げ飛ばしこちらに駆け込んできた。

「さっすが便利屋ァ!下水道とは考えたな!」

「褒めるのは後にしてください、ほらさっさと行きますよ」

 クスノキ、レイと下水道に飛び込んでいく。その後を追い、僕らも飛び込もうとしたとき、銃声が数発鳴り響いた。隙を狙って連中の一人が発砲してきたのだ。凶弾は僕に向かって降り注ぐ、しかしその弾は分厚い鉄板によって弾かれた。

 ジロキチがいち早く反応し、マンホールで僕を庇ったのだ。流石傭兵と言ったところだ、観察眼は並じゃない。だが銃撃されていては動きずらい、ならばと僕は一発の鉛玉を奴の脳天にぶち込んでやった。鮮血と共に奴が倒れ、同時に銃撃もおさまる、その隙に僕らは下水道へと飛び込んだ。

 真っ暗な下水道、向こうから響くは2つの足音。二人はひと足先に先へと向かったのだろう。僕らもその後に続き下水道を駆け抜けていく。

 やがて背後からドタドタと荒っぽい足音が響いてくる。連中もマンホールを降りてきたのだろう。足を止めている暇はない、このまま下水道を走り抜けていくが、なんてツいてないんだろう。向こう側からもいくつかの足音が響いてきた。このまま進めばまた連中に遭遇してしまう。どこか他に逃げ道はないかと周囲を見渡した時、上から声が聞こえた。

「ジロー、ハセガワ、こっちだ」

 上を見上げると、マンホールの穴から顔をのぞかせるクスノキがいた。他に道はない、僕ら二人は梯子を駆け上がり、下水道から外に出た。しかしその先に待っていたのはクスノキだけではなかった。なんともいえぬ若干歪んだ笑顔の彼の隣には、あまり見たくない顔ぶれがいた。

 白髪混じりの黒髪にシンプルなスーツ姿で、タバコをふかしながら感情のない目で僕らを睨んでいたのは、C地区のボス、エビネであった。引き金に指をかけようかと一瞬考えたが、周囲を見渡した後はそんな気になれなかった。

 エビネの部下に取り押さえられているのはレイ。そして僕らを取り囲むように数十人の部下がいた。クスノキはとっくのとうに諦めているようで、僕に申し訳なさそうな視線を向けてくる。外に出てくるよう手招いたのも被害を最低限に抑えるためなのだろう。彼の視線に僕は仕方ないかと表情で返した。ただジロキチはあまり納得していないようで、しかめっつらでクスノキのことを見ていた。だが状況的に不利だと判断したようで、さすがのジロキチも観念したようだった。

 投降したのを見て、エビネが煙を吐きかけながら僕らを一瞥する。

「さぁ、逃走劇もここまでだ。ここから先は大犯罪者の取り調べといこうじゃないか、ゆっくりウチらのアジトでな」

 その言葉の次に飛んできたのは、エビネの鋭いパンチだった。その一撃を受け、視界はぐらつきやがて暗闇へと落ちていった。

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