幕間【小早川 樹の考察】2 橘 千宗について

橘 千宗について


20歳 男性 祖父母は他界しており両親、3人兄妹の次男。今は別居して1人暮らし。


 産まれてくる事を預言者に預言された天才。『強い験力げんりきを持ち衆生しゅうじょうの救済を成す者』


『橘家』は凜や千宗の祖父である橘 宗常むねときが札幌に寺院を開山かいざんするまでは、本州で修験道の実践者、山伏をしていと聞いている。ちなみに千宗の母と私の母が姉妹なので私は橘の血を継いではいない。


山伏は在家ざいけであるため一族で行動することが多い。橘家を含めた『橘一族』はを静め、封印、もしくは討伐する事に長けた一族であったという。


しかし、一族の中で宗常の息子、つまり千宗の父の代から能力者が一切産まれなくなった。清祓協会の中には『鬼の呪いだ』などと言う者もいたようだが、真相は凜を鏡花が解析した際に明らかになった。


宗常やその兄弟が産まれてきた子供達全員にオーラを反転させる術をかけていたのだろう。そうして表向き能力を失った橘家は全国各地に散り、開山して寺院を開く者も居れば、まったく無関係な職種に就く者もいたようだ。


ではなぜ千宗はオーラを反転する術を受けていないのか?これについては、預言者に預言され清祓協会に存在がばれていたということもあるが、宗常の代の人間が全員亡くなって居なくなった際にそれ以降に産まれた子孫に術をかける能力者が必要だったからだろう。


鏡花が凜を解析した数日後、千宗に凜を解析した事、橘一族に千宗以外の能力者が産まれなくなった理由を私なりに考察した内容を話すと、「あの鏡、余計な事をしやがって」と鏡花に対する恨み事と、凜に反転術の事を話していないかを何度か確認されながらも話してくれた。


その内容として、私の考察はおおむね正しく、一族の族長である曾祖父が鬼の出現がほぼ無くなったことで、役割を終えた橘一族を解散する事にした。その際に子孫の幸福を考えて一族全員に指示を出して反転術を行った。


反転術を行ったのにはもう一つ理由があり、怪異の中でも特段に危険度の高い存在であるを討伐出来るほど高い能力を持った一族の解散を清祓協会の前身となった同業組合の、『はら屋組合やくみあい』が諸手もろてを挙げて許すとは思えない。そのため、『子の代に能力者が産まれなかった』という事にしてしまえば良い口実となると考えたようだ。


その後、『鬼の呪いで能力者が産まれなくなった』と考えて同情した祓い屋組合の構成員の支援で一族は寺院を開山したり、一般社会に溶け込めたり出来たようだ。つまり、本意か不本意かに関わらず橘一族は嘘をついて利を得てしまったのだ。


曾祖父が亡くなり、自分たちも年を重ねた宗常世代の一族の家長達も反転術を受け継いで貰う人物が必要だと考えてはいるが、怪異に触れず平穏に生きている自分たちの可愛い子孫を見ていると自分から手を挙げる事など出来るはずもない。話合いはまとまらず、有耶無耶になりかけた時、預言者の預言で橘千宗の高い能力が清祓協会に見つかってしまう。


宗常以外の一族の家長は渡りに船と思っていたようだが、清祓協会から千宗の能力を解析するために派遣された能力者によって凜と千宗の兄のオーラが異質な事に気が付かれてしまう。その後、一族は順々に解析されて反転術の事が清祓協会に露呈する。


当然、一族に同情し支援した協会員は激怒して寺院の廃院や金銭の返却を求め橘一族に詰め寄る。そこで、仲裁を行った清祓協会から一つの案が出される。


『修験道の開祖であるえんの 小角おづぬの生まれ変わりではないかと称されるほど高い力を持つ。橘千宗に清祓協会への生涯の忠誠と献身を誓わせる』


 もちろん宗常は猛抗議をするが、他の家長達の泣き落としにも近い懇願、凜や千宗の兄のことを考えて泣く泣く引き下がるしか無かった。しかし、宗常は引き下がる代わりに千宗の修行は自分がつけるという条件を出す。千宗に対して非人道的な修行を行わせ無い為でもあったが、何よりとして孫を差し出して自分自身は何も知らないような顔で生活することなど出来なかったのだろうと千宗は語っていた。


 何も知らない幼い千宗を不憫だと感じながらも、をも討伐できる能力者となるよう、宗常自身も心をにして千宗の修行を行った。


 千宗が中学校に上る頃、修行中の山小屋で宗常から反転術の事、一族がついた嘘、それにより千宗が責任を負わされる形になってしまった事を聞かされ、宗常から泣きながら土下座し謝罪され、出来る事なら平穏に暮らす他の家族には言わないで欲しいと懇願される。

それについて千宗は、


「なんで俺ばかり辛い修行を行わなければいけないのかと考えた事もありますけど、俺が産まれ無かったら嘘がばれる事は無かったって考えたら責められないですよ。嘘をついた事が正しかったとも思えませんけどね。それに、何も知らない家族に言う訳が無いじゃないですか、姉ちゃんなんか変に責任を感じそうですからね」


と語った。本当に優しい自慢の従弟だ。


 それから時は流れて千宗が17歳になった年、清祓協会から橘一族にある鬼の再封印が命じられる。鬼は山奥の首塚に封印されていたが、その首塚を軽い気持ちで訪れた若者達がふざけて首塚を破壊したのだという。若者達は行方不明となり、捜索を行なった清祓協会所属の山伏により若者達の食い荒らされた死体が発見された。その際、捜索を行なった山伏が鬼と遭遇し怪我を負いながらも逃げおおせて鬼の出現を協会に報告した。


 橘一族からは宗常を含む3人の家長と千宗で鬼と対することとなった。顔も知らなかった家長2人は顔を合わせるなり開口一番、「君にばかりこんな役回りをさせてすまない」と千宗に土下座し謝罪したそうだ。そうして、山に入り鬼の痕跡を探す。家長達の昔取った杵柄きねづかであろうか、鬼は半日もしない内に見つかったそうだ。


 鬼は2.5m前後で牛のような角が頭の左右から生えているがその内の一本が半分折れており、下顎からは大きな牙が見えていて体表は青く、腰に虎柄の腰巻を巻いている。幸いなことに金棒などの武器は持っていないようだった。


 封印の流れは、家長3人で鬼に捕縛術ほばくじゅつをかけて、安定した所で交代しながら1人が術を維持する。その間に首塚の修復を行い、鬼が弱るのを待って塚まで引きずって行き、封印術で鬼を塚に封印する。というものだった。


 その時の鬼の封印では千宗は修行の一環として家長達が封印するのを見学するということだが、鬼と対峙たいじするのは初めてだったので緊張したそうだ。鬼を見て緊張したで済む辺り、彼の特異性が伺える。私を含め普通の能力者なら恐怖が先にくるだろう。


 家長3人が鬼を取り囲み捕縛術を行う。しかし、無名の鬼だが力が強かったのか、家長の能力が落ちていたのか捕縛術は安定しない。次第に鬼の動きが抑えられなくなり、捕縛術は決壊する。まずは正面に居た家長が瓦でも割るように鬼に叩き潰される。即死だった。

次に鬼の後ろに居たもう一人の家長が鬼の裏拳で吹き飛ばされ、宗常は蹴り飛ばされ近くの木に激突した。2人は深手を負い行動不能となる。


 千宗は九字を切り能力を解放すると鬼の正面に立ち鬼の鳩尾みぞおちに正拳突きを打ち込む。そして、痛みと衝撃でうずくまる鬼の折れていない方の角を掴むと顔面を何度も、何度も殴打する。鬼の牙は折れ、頬骨は潰れ眼球が飛び出し、顔の形が変わり、掴んでいた角が折れる頃、気がつくと鬼は消滅していたという。その様子を朦朧とする意識で見ていた家長は「鬼を無心で殴り続ける様子はまるでのようだった」と後述していたという。


 無名の鬼とは言え『髭切ひげきり』などの神器や儀式を用いず、無傷で単独での鬼の討伐を成してしまったのだ。それは、鬼を専門として扱ってきた橘一族の中でも前例の無いことだったようだ。


私が千宗に鬼の前に立つのに恐怖は無かったかを聞くと、

「別に怖くは無かったですね。爺ちゃん達がやられて頭に血がのぼってたんだと思います。とにかくコイツを野放しには出来ないと思って殴り続けました」

と語っていた。鏡花が初見で千宗の事をグリズリーと例えたのは的を射ていたのかもしれない。人に対する彼は少し人付き合いに不器用さはあるが、家族を思う優しい青年である。しかし、対怪異となると強大な力で容赦の無い冷酷な決断が出来る。相手は人を喰った鬼ではあるが、私には対象の眼球が飛び出るほど無心で殴ることは出来無い。


 この鬼の討伐により、千宗の修行は完了したと見做みなされ、一時の猶予が与えられた。鬼に負わされた怪我が原因で死亡した宗常の代わりに従兄である私が身柄を預かり大学に通える事になったのだ。


 宗常が亡くなり49日も過ぎぬ頃に清祓協会の幹部が私の元を訪れ、千宗の大学在学中だけでも構わないから、橘千宗を助手として在籍させて清祓協会所属の事業所として怪異依頼を受けて貰えないかと打診された。これが命令では無く打診だったのは、私が橘一族では無いこともあるが、鬼をも殺す千宗に対しての畏怖いふもあったのだろう。しかし、ここで私が断れば千宗の身柄はどこに移されるかは分からない。私はこの話を快諾した。


 正直な話、これは私にとって好都合でもあった。大学を卒業して1年で探偵事務所を設立し、ホスト時代のお客さんの伝手つてで依頼人はそれなりにいて、探偵業で食べていく事に問題は無かった。しかし、私のような元々の能力が低い神職見習いでは清祓協会認定の事業所となることは難しかったからだ。


 が私の事務所設立の目的である以上、清祓協会からの情報は今後重要になってくるだろう。


 千宗は意図せず探偵助手となったが、木花咲耶や凜と楽しそうに過ごせているようなのは幸いだ。大学卒業後の彼の身柄がどうなるかは不明ではあるが、彼が不幸になるような事が無いようにしたい。


 扱いが助手となっている千宗だが、清祓協会からの依頼人を介さない定期的な心霊スポットの浄化などの依頼に関しては、千宗単独で行く事が多い。おそらく今の私では強力な怪異が出現すれば足手纏あしでまといになるからと置いて行かれるだろう。それでは、どちらが助手か分からない。どうにかして彼の力になれるような怪異の対抗策を得ることが今後の私の課題だ。


 最後に一つだけ分からない事がある。


 清祓協会は現状ではぶつける相手も居ない千宗の強い力を欲しているのか、預言された衆生しゅうじょうとは何を意味しているのか、かあるいはなのか・・・これは単なる探偵としての感に過ぎないが、おそらく協会は何かを隠しているのではないだろうか。

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