第4話【犬神】 中編

 待ち合わせ場所のJR琴似駅へはタクシーで向かい、依頼人の小林さんを乗せてから小林宅へ向かう。そこでふと事務所所有の黒色のセダンがあるのになぜ使わないのか気になり尋ねてみた。


「尾行や張り込みに使いますから、依頼者さんであっても車のナンバーや車種を覚えられるとまずいんですよ。車種は販売台数が多い物、色は黒を選んで購入しています。そういった事もあって事務所の横に月極駐車場があるのに少し離れた所に駐車場を借りています。面倒に思う事もありますがこの業種では仕方のない事ですね」


 ドラマの探偵さんは普段見ないようなカッコいい外車を乗っていることが多いのに、小早川さんには似合わない地味でおじさんくさい車なのはそういった理由があったのかと感心しているとタクシーが到着したようだ。


「さぁ、乗り込みますよ」

小早川さんの掛け声とともにスポーツバックをトランクにいれ、橘くんは助手席へ、後部座席運転席側に私、最後に小早川さんが乗り込む。


一番安全な席は運転席の後ろだと聞いたことがあり、そこに自然に誘導してくれる小早川さんの気遣いは流石、元ホストだなと思った。スマートなレディファーストは女の子なら誰でもキュンとするものだ。私じゃなきゃ惚れていたね。


 タクシーはJR琴似駅に向かい走り出す。私は1年半札幌市に住んでいるが琴似のある西区へは行ったことが無い。というか、大学がある厚別あつべつ区、元バイト先のレストランのある白石しろいし区、あとは瞳達と買い物や遊びに札幌駅や大通りへ行くくらいで、同じ中央区でも円山まるやまへは探偵事務所に来るまで行ったことがなかった。この依頼に同行し、行った事のない場所へ行く。自分の世界が広がっていくようで、困っている依頼者さんがいるのに不謹慎ではないかと思いながらもワクワクしていた。橘くんはその間、凜さんにされた最近の仕打ちを樹さんに愚痴っている。


 地下鉄で行くと6分程度の距離ではあるが、タクシーでは信号待ちもあり20分程度の時間がかかる。それでも外を見ているとアッという間にJR琴似駅へ到着した。


 道中で小早川さんが電話で詳細な待ち合わせ場所の打合せを行っていた事もあり、すぐに小林さんを見つけると「止まって下さい」とタクシーの運転手さんにお願いして、小早川さんは降車し少し小林さんと話をしてから再び乗車した。


「小林さんの説明がお上手だったので、すぐに合流することができました。ありがとうございます。こちら助手の橘と木花です」

私と橘くんは軽く会釈をする。


「それではご自宅に向かいましょう。申し訳ありませんが小林さん、運転手さんに道案内をお願いします」

そう言われた小林さんは自宅の住所を運転手さんに伝え、タクシーは走り出す。


 タクシーが小林さんの自宅に着いた頃には日が傾き始めていた。日が沈む前に小林さんの指示のもと対“犬”の準備を始める。小早川さんは北東の方角から自宅敷地の四角、玄関前に日本酒を撒き、盛り塩を行う。私と橘くんはフクロウの爪に紐を通した物を玄関と1階の全ての窓に吊るす。


道具を準備する際に小早川さんになぜフクロウの爪と置物が必要なのか質問してみると『犬神が一番嫌うのがフクロウで、フクロウは犬神を捕って食べると信じられているようです』とのことであった。


「屋外での準備はこれくらいですね。それではお宅の中にお邪魔しましょう」


小林さんの案内の元でリビングに通される。そこには40代中頃の女性と“犬”の標的になっていると言われている中学生の少女がいた。二人とも目の下の隈が痛々しく、不安そうな表情をしている。


「妻の貴子と娘の由依です」

そう言われた二人は軽く会釈する。


「初めまして小早川探偵事務所所長の小早川です。こちらは助手の橘と木花です。ご依頼を解決出来るよう尽力させていただきますのでよろしくお願いいたします」

私たちも軽く会釈する。


「それでは屋内の準備を行いましょう。橘くん、木花さん、四方と玄関の盛塩と由依さんの部屋のドアにフクロウの爪と置物をお願いします。着替えを行いたいのでトイレをお借りしてもよろしいですか?」


「お着替えならこちらで」

貴子さんが和室の襖を空けて小早川さんを案内する。


 私と橘くんは小早川さんの指示通りに準備を行いリビングに戻ると、薄い黄色の袴と白衣を着て、烏帽子を被った小早川さんが居た。後で聞いた話だが、小早川さんは大学生時に清祓協会に所属している神社に勤務しており、神職講習を受けていて下位の階位を持っているということだった。


「お宅に神棚があって良かったです。これから私が大祓詞おおはらえのことばという祝詞のりとを唱えますので、少しの間正座、低頭でお聞き下さい」

小早川さんは神棚の前で正座をして紙を広げる。小林さん家族が小早川さんの後ろに座り、私と橘くんはその後ろに座る。


大祓詞おほはらへのことば

高天原たかまのはら神留かむづます すめらがむつかむ かむみことちて 萬󠄄よろづのかみたちかむつどへにつどたまひ かむはかりにはかたまひて すめまのみことは とよ葦󠄂あしはらの水穗國みづほのくにを 安國やすくに平󠄁たひらけくろし食󠄁せと ことさしまつりき さしまつりし國中くぬちに 荒󠄄あら神等かみたちをば かむはしにはしたまひ 神掃かむはらひにはらたまひて ことひし磐根いはね 樹根きねたち 草󠄂くさかき葉󠄂をもことめて あめ磐座放いはくらはなち あめ八重やへぐもを 伊頭いつ千別ちわきに千別ちわきて 天降あまくださしまつりき さしまつりし四方よも國中くになかと おほやまと高見國だかみのくに安國やすくにさだまつりて した磐根いはねみやばしらふとて 高天原たかまのはら千木ちぎたかりて すめまのみことみづ殿あらかつかまつりて あめかげ かげかくして 安國やすくに平󠄁たひらけくろし食󠄁さむ國中くぬちでむあめ益人ますひとが 過󠄁あやまをかしけむ種種くさぐさ罪事つみごとは あまつみ くにつみ 許許太久ここだくつみでむ でば あま宮事みやごとちて あま金木かなぎもとり すゑちて くら置座おきくららはして あま菅麻󠄁すがそもとち すゑりて 八針やはりきて あま祝詞のりとふと祝詞のりとごと

らば あまかみあめ磐門いはとひらきて あめ八重やへぐも伊頭いつ千別ちわきに千別ちわきて こし食󠄁さむ くにかみ高山たかやますゑ 短山ひきやますゑのぼして 高山たかやま伊褒理いほり 短山ひきやま伊褒理いほりけてこし食󠄁さむ こし食󠄁してば つみつみらじと しなかぜあめ八重やへぐもはなことごとく 朝󠄁あしたぎり ゆふべぎりを 朝󠄁あさかぜ 夕風ゆふかぜはらことごとく おほ津邊つべ大船おほふねを 舳解へとはなち ともはなちて 大海原おほうなばらはなことごとく 彼方をちかたしげもとを 燒鎌󠄁やきがま鎌󠄁がまちて はらことごとく 遺󠄁のこつみらじと はらたまきよたまことを 高山たかやますゑ 短山ひきやますゑより 佐久那󠄁太理さくなだり多岐たぎつ 速󠄁はやかはおり津比賣つひめかみ 大海原おほうなばらでなむ なば 荒󠄄潮󠄀あらしほ潮󠄀しほ八百道󠄁やほぢ潮󠄀道󠄁しほぢ潮󠄀しほ八百やほあひす速󠄁はやあき都比賣つひめかみ 加加呑かかのみてむ 加加呑かかのみてば ぶきぶきぬしかみ 根國ねのくに 底國そこのくにはなちてむ はなちてば 根國ねのくに 底國そこのくに速󠄁はや佐須良比賣さすらひめかみ 佐須良さすらうしなひてむ 佐須良さすらうしなひてば つみつみらじと はらたまきよたまことを あまかみ くにかみ 八百やほ萬󠄄よろづの神等共かみたちともに こし食󠄁せとまをす」

小早川さんは祝詞を唱え終わり低頭する。それに続き頭を下げて目を閉じる。


「よい祝詞であった。これで少しだけ干渉できる。愛し子よ、我が加護を受け取るがよい」

頭の上の方から誰かの声が聞こえた。優しくて暖かい春の風のような声、できる事ならずつと聞いていたいような・・・


 私はハッと頭を上げる。不思議そうな顔で全員が私の顔を見ている。


「木花?まさか寝てたわけじゃないよな?」

橘くんが小声で私にささやきかける。


「違うよ!祝詞が終わったら声が聞こえて、ご加護を下さるって」

慌てて説明するが、橘くんは訝しんだ目で私を見た。


「本当だって、信じてよ」

そう言っても橘くんは訝しんだ目を辞めない。嘘なんて言ってないのに失礼な人だ。


「その話は後でゆっくり聞くとして、配置について対策を始めましょう。ご両親は私とリビングに待機、標的にされていると思われる由依さんは木花さんと自室で待機、橘くんは屋外で“犬”がきたら追い払って下さい。橘くん、可能なら消滅させてもかまいません。」

私と橘くんの諍いを遮るように小早川さんが次の指示をだした。


「はい」

そう言って私たちは持ち場に移動する。立ち上がった際に橘くんと目が合い睨みつけると、目を反らして速足で玄関に向かい歩いて行った。これは後で凜さんに言いつけて何とかしてもらおう。


 私は由依ちゃんの後を付いて階段を昇る。自室の前に着くと由依ちゃんは不思議そうな顔でドアに吊るされたフクロウの爪と、床に置かれたフクロウの置物を見ている。


「それはフクロウの爪と置物だよ。フクロウは犬を食べちゃうから怖がって近づかなくなるんだって。あと、このフクロウのネックレスを着けておいてね」

私はそう言って木彫りでフクロウを模ったペンダントトップが付いたペンダントを渡す。その際に長谷川さんのほほ笑みをイメージしてほほ笑んでみる。


 なぜ長谷川さんかと言うと、長谷川さんのほほ笑みは万物を癒すと前のバイト先のレストラン内では信じられていたからだ。私が失敗する度に『大丈夫だよ。咲耶ちゃん』とほほ笑みかけられて救われてきた。今の由依ちゃんを少しでも安心させてあげたい。出来る出来ないじゃないやるんだという思いだった。


「あ、はい・・・」

由依ちゃんは半身半疑といった感じだ。私のほほ笑みでは癒されていないようだ。まだまだ長谷川さんへの道は遠いようだ。


 由依ちゃんに案内され部屋に入る。由依ちゃんの部屋は正方形の7畳間で、左奥にベッド、右奥には勉強机と本棚が置かれ、入口ドアの横にテレビが置かれ、部屋の真ん中に円形のローテーブルとそれを囲むようにクッションが置いてある。ベッドと勉強机の間に1.5mほどの窓があり隣家が見えている。全体的にピンクと白を基調とした女の子らしい部屋で部屋の所々に『鋼の錬金術師』の人形やポスターが張られ、本棚には『鋼の錬金術師』の漫画や少女漫画が並んでいる。

 

「座って下さい・・・」

由依ちゃんに促されクッションの上に腰を下ろす。


「改めまして、私は木花 咲耶、20歳の大学生で、この探偵事務所で普段は事務の仕事をしているよ。中学生の女の子が男の人と二人っきりは抵抗あるだろうから、私も一緒に来たの」ここも長谷川さんスマイルで大人として由依ちゃんを安心させなくては。


「大学生なんですね。私より少し上の高校生くらいだと思ってました」

中学生にとって高校生は大人に見えるからね。低身長の私が子供に見えたわけじゃないと思うよ。


「よく言われるんだよ。私としては大人のレディを目指して日々精進してるんだけどね」

由依ちゃんの表情が少し緩んだ。


「“犬”の鳴き声が聞こえて不安だと思うけど、大丈夫だよ。前に私、真っ黒い影みたいなのに襲われそうになったんだけど、金髪の橘くんっていたでしょ?あの人が『破ぁ!!』ってパンチしたら消えちゃったんだよ。だから今回もすぐに“犬”も追い払ってくれるよ。」

私はパンチングポーズをする。


「そういう不思議な事ってやっぱりあるんですね・・・」

由依ちゃんは何か含みのある言い方で言う。何か気になる事でもあるのだろうか。


「うん。でも小早川さんのお祓いと橘くんがいれば平気だよ。そんな事よりお菓子でも食べない?」

私は自分のバッグからスナック菓子とチョコレート、オレンジジュースと紙コップを取り出した。決して自分のお腹がすいたからではない。場を和ませるために準備したものだ。


「はい・・・」

由依ちゃんの表情は依然として硬い。


「ところで由依ちゃんも『鋼の錬金術師』好きなんだね。私も好き。マスタング大佐、カッコいいよね」

そう言うと由依ちゃんの表情が緩んだ。相手の心を開かせる第一歩は相手に寄り添い共感することがまず必要なのだ。


「そうなんですよ!冷たいようで優しくて、渋い大人の男性って感じですよね!」


 そうして少しだけ心を開いてくれた由依ちゃんとお菓子を食べながらアニメや漫画の話をする。所々笑顔も見えて少し不安も解消していってくれている様子だ。


「所で、木花さん?少しワイルドで少年のような橘さんとクールで冷静な大人の魅力溢れる小早川さん、どっちもカッコいいけど木花さんはどちらと付き合ってるんですか?」

由依ちゃんがニコニコしながら訊ねてくる。女子中学生は三度の飯より他人の恋バナが好きなのである。私も自分の事になると黙りこくるのに同級生の話には耳を大きくして聞いていた方なので気持ちはわかる。


「そんなのじゃないよ。前に話した怪奇現象にあった時から色々な物が見えるようになっちゃって、見えているのに何の自衛も出来ないから探偵事務所で働きながら保護してもらってるんだよ」

それを聞いた由依ちゃんは少し暗い顔をして、私は「どうしたの?」と尋ねる。


「私と同じグループに錦川にしきがわさんって子がいたんですけど、その子が所謂霊感少女で、駅のホームや学校で『黒いのが動いてる』って言うから、最初は聞き流してたんですけど田中さんって女子と一緒に『その嘘、気持ち悪いから辞めた方が良いよ。私達の気を引きたいなら別の方法考えたら?』って言っちゃんたんです。それ以来その子とは疎遠になっちゃって・・・。嘘だって決めつけてあんな酷い事言っちゃった罰が当たったんですかね」

由依ちゃんは苦笑いをしながら話してくれた。


「今の状況が解決して学校に行ったら謝らないとね」

私はほほ笑みながらいった。


 その話が終わってすぐに遠くの方から犬の遠吠えが聞こえてきた。遠吠えは屋外から聞こえているはずなのだがまるで遮蔽物など無いようにクリアに聞こえる。その遠吠えはどんどん家に近づいてくるのが分かると、由依ちゃんはベッドで布団に潜り震えている。私は布団ごと由依ちゃんを抱き寄せ『大丈夫だよ』と耳元で静かに言った。


 ついに“犬”は家の前まで来たようだ。『ヴーっ、ヴーっ』と低く唸り声が聞こえかと思うと、『ドゴン!!』と車が衝突したような大きな音がする。『キャン!』と大きく吠えると、『キャンキャンキャンキャン』と鳴き声は遠ざかっていく。


「橘くんが追い払ってくれたみたいだね」

そう言って私は由依ちゃんの顔を見た。


「もう大丈夫なんですかね?」

震えながら由依ちゃんが尋ねてくる。


 間もなくして、少し遠くの方から『ワンワン』と吠えながら近づいてくる音が聞こえる。なぜか、先ほどまでと違い音は真横より少し上の方からだ。そうしている内に音が近づき『ガチャン』と窓ガラスを割り大きな黒い犬が目の前に現れた。突然の出来事に私と由依ちゃんは固まってしまう。


 犬は『ヴーっ、ヴーっ』と唸り、牙をむき出しにして口からは涎が垂れている。身を屈め今にも飛び掛かってくる様子だ。


「来ないで!!」

私は左腕で由依ちゃんを守り、右手を広げて犬のいる前方に突き出しながら、今出る目いっぱいの声で叫ぶ。


 その瞬間、胸に下げた勾玉がじんわりと熱を持ったかと思うと、広げた右の手の平から桜の花びらが次々と出てくる。花びらはふわりと舞うと炎を纏い次々と燃えていく。炎は天井まで届きベッドを囲んだが、不思議なことに燃え広がるどころか物が焦げる匂いも無い。むしろ桜の良い匂いがする。


 犬は何度も後ろ足で床を蹴ろうとしているが、炎の壁に躊躇している様子だ。私はあまりの展開に気が動転していたが、由依ちゃんだけども守らないとという思いで一杯だった。

犬と炎の壁越し睨みあう時間は一瞬であったが体感時間では15分くらいに感じた。一瞬であった理由は誰かが階段を勢いよく駆け上ってきたからだ。


「大丈夫か!!木花!!えっ、何だ?」

勢いよくドアを開けて橘くんが現れ、天井に届く炎の壁を見て驚いている。


 犬は体の向きを変えて低く屈んで橘くんに飛び掛かる。


「破ぁーっ!!破ぁ!!」


 橘くんは飛び掛かってくる犬を左手で瓦でも割るように地面にたたきつけ、跳ね上がった犬の腹部に右手で正拳突きを叩きこむ。その際に犬の体の大きさが一撃入る度に小さくなり正拳突きを受け、窓から外に吹き飛ばされていく姿はフェレット程度の大きさになっていた。


 犬が室内から消えて気が付くと燃え殻一つ残さず炎の壁は消えていた。それよりも気になることが私にはあった。


「橘くん!!今のって瓦割り崩拳だよね!!」

瓦割り崩拳とは格闘ゲーム『鉄拳』のポールフェニックスが出す技である。私が田舎にいる時に弟とよくやっていたゲームの技が目の前でとてもキレのある動きで再現されたのでとても興奮していた。


「道場で練習してて・・・って、そんな事よりあの炎は何だったんだ?」

橘くんにそう言われ正気に戻る。左にいる由依ちゃんと橘くんを追いかけてきた小早川さんが呆れた顔で私を見ている。


「たぶんだけど、ご加護かな?右手の手の平から桜の花びらが出て気が付いた炎の壁になってたんだけど」

あれは不思議な感覚だった。勾玉の暖かさが胸から腕を通り手の平から出ていく感じ、嫌な感じは全くなくて少し心地良い。


「すいませんが由依さんは桜の花びらや炎が見えましたか?

小早川さんが由依ちゃんに訊ねる。


「はい、見えました」

由依ちゃんは大きく頷いた。


「そうですか、由依さんがこの件を通して見える側になった可能性はありますが、そうでなければ実体があったということで・・・」

小早川さんは小声でつぶやきながら顎に手を当てて何か考え事をしているようだ。


「じゃあさっき祝詞の後で言ってたことは嘘じゃなかったんだな」

橘くんは気まずそうな顔をしている。


「嘘じゃないって言ったよね」

私が真顔で言うと、橘くんはまた目を反らした。


「ところで小早川さん、犬はどうなったんでしょうか?」

私は様子を見にきた小林さん夫婦に目配せしながら訊ねた。


「皆さんの話を聞く限りでは橘くんから三発も破邪の拳を受けながら存在できていること、最後に見せた姿が伝承にある“犬神”に近いので、やはり“犬神”であったと断定できます。消滅していなくても、かなりの力を失っていると考えられるので飼い主である“犬神持ち”の所へ帰ったのではないでしょうか。しばらくは心配いらないと思いますが、何かありましたらすぐに連絡を下さい」


 朝まで念のため様子を見てから私たちはタクシーで帰宅する。道中、小早川さんに小さくても良いので神棚を購入して咲耶姫様にご加護のお礼をすることを勧められた。咲耶姫様のお札と神棚は小早川さんが懇意にしている神具店で用意して下さるようだ。それにしても今日は色々な事があって疲れたので早くベッドに横になりたい。

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