第1話~出会いはいつもネット空間~

 ボクがあの女と出会ったのはネットだった。


 そのとき、ボクは何を血迷ったかネット掲示板に入り浸る生活をしていたのだ。


 掲示板じたいはそのへんによくある下らないヤツだった。


 どこかの国でこんなことが起きた。日本でこんな事件が起きた。G7が会合してイスラム諸国とその関連国へ断固とした措置をとると宣言した、など。


 そういった何十年も前から変わっていなさそうなニュースをピックアップしてどう思うかを利用者に問うのだ。(もちろん、それ以外にもさまざまな分野を広く扱っていた)


 当時のボクは三十歳前後。

 とっくに大人として自立していなければならない年齢だ。


 でも、ボクは圧倒的多数の同世代がそうであったようにこの歪な社会構造(それはしばしば電車の走るレールに例えられる)というものにうまく馴染めず、定職に就かずアルバイトをしていた。


 そんなときに見つけたのがその掲示板だった。


 利用者の多くがボクと同世代のため意見や価値観が驚くほど似ていた。


 ボクはいつしかその掲示板にのめり込むようになった。


 そして、掲示板に入り浸るようになってから半年ほど経過したある日のこと。ボクは、ふとこのサイトを運営しているのが誰なのか猛烈に知りたくなった。それは純粋な好奇心だったと思う。


 さっそく掲示板で質問してみることにした。

 

 「どなたかこの掲示板の管理人を知っている方はいませんか?」


 馬鹿げた質問だと思うし、冷静に考えるとかなりヤバイことを訊いていたのだが、それなりに回答は集まった。

 

 「hじゃね?」


 「いや、pだよ」


 「確かoだって聞いたことがある」

 

 hもpもoもボクは知らなかった。そこで、ボクは補足としてこう書き込んだ。


 "できれば本名を教えてください"

 

 その補足を書いてからしばらく回答がなかったが、一ヶ月ほど経ったある日。ついに一人の管理人を名乗る人物が現れこう回答してきた。


 「管理人ですが、そういう質問はお問い合わせフォームのほうでお願いします。それから、この質問は規約にあるプライバシーの侵害にあたるため一週間後に削除させていただきますね。取急ぎご報告まで」


 ボクはすぐに掲示板の端にあるお問い合わせフォームに移った。


 お問い合わせフォームには不具合の報告や規約違反者の通報などがズラリと並んでいた。


 一番下までスクロールすると、管理人へメールと題されたプラットフォームを見つけた。

 

 ボクはすかさずクリックした。 


 すると、管理人のメールアドレスとともに要件を記入する欄がたちあらわれた。


 ボクは要件を入力して送った。


 内容についてはあまり覚えていない。


 多分、「いつも楽しく利用させていただいております。つかぬことをお尋ねしますが…」とかそういったありふれた内容だったと思う。

 

 返事はすぐにはこずそんなメールを送ったことすら忘れかけた頃になってようやく返ってきた。


 「いつも利用してくださりありがとうございます。私の情報を知りたいとのことなのでプライバシーに関わらない範囲で答えさせていただきます」

 

 管理人はそう前置きした上で自己紹介をした。


 「私の性別は女で年齢は四十五歳です。趣味は温泉巡りと建築物を探訪することです。ネットで建築物を漁って気に入ったものがあれば実際に行ったりします。こんな回答でいいですかね?また何か質問があればメール送ってくださいね。ではでは」


 ボクはすかさず返信した。


 「こちらこそわざわざ質問に答えていただきありがとうございます。趣味は温泉巡りと建築物を探訪することですか!意外とアクティブなんですね!ボクはネットサーフィンとゲームと読書が趣味です。ちなみに温泉巡りと建築物探訪はどれぐらいの頻度で行くんですか?」


 管理人からの返事は一週間後に返ってきた。


 「建築物探訪は週に一度で温泉巡りは暇さえあれば行く感じですね。そういう友達がいるので。ゲームと読書もいいですね。私も読書には少しだけ興味があります。ちなみにどんな本を読むんですか?」

 

 ボクは一日程度マをあけてから再度返信した。


 「読むのはほとんど小説ですね。夏目漱石とかサリンジャーが特に好きです。あと、吉川英治さんの歴史小説なんかも読みますね」


 それから、一週間後にまた管理人からメールがきて…。と、まあこんな具合にボクと彼女は飽きもせず一年間もメールのやりとりをした。

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