崔は見事に騙される
ミナミの昼は残酷だ。
夜の闇になら隠せる孤独も、弱さも、剥き出しの傷跡も、全て白日の下に炙りだされてしまう。
そんな真昼、気まぐれに崔は折りたたみ椅子を開いた。
理由などない。
だが夜の湿りや欲の粘りのない昼のミナミは、崔がとどまるには余りにも乾き過ぎていた。
風が崔を拒むかのように冷たく吹き抜けたその刹那、
男の指にねっとりと絡む女の指先が夜の匂いをわずかに残していた。
なんやねん。
胸の底から湧き上がる黒黒とした感情が崔を濁らせた。
やっぱりやめとこか。
崔が椅子から腰を上げようとした時だった。
小さな女の子が崔の前に立っていた。
頬には痣。その痣が昼の光の中でやけに生々しさを帯びていた。それは、痛みを知る者だけが身に纏う類の。
「おっちゃん、占いできるん?」
年齢の割に大人びた声を出す少女の声は、崔の砂漠にひとしずくの水分を落とした。
「おっちゃんやない。お兄さんや。できるで。」
少女の仕草が妙に艶めいて見えたのは、崔が夜の生き物だからなのかもしれない。
「お父ちゃんのこと、占って?」
怒声罵声落ちてくる拳の重み。リストラの闇が家を覆ってから、空気そのものが腐ってしまったと。
少女の瞳に浮かぶ涙に、崔は
「明日、親連れてこれるか?」
「うん」
少女はポケットから小さな青いビー玉をひとつ差し出した。
「おっちゃんごめんな。うち、お金ないねん。」
その瞬間、崔の左胸の奥がずんと痛んだ。崔の砂漠から水が止めどなく溢れ出す。
「おっちゃん、なんで泣いてるん?」
「おっちゃんやない。お兄さんや。なんでもない。明日、また来てな」
「うん!」
翌日。
女の子は何とも言えないくたびれた臭いを放つ男を連れてきた。
崔は男に静かに昼間の仕事の名刺を差し出した。昼間の崔は人材募集広告会社の営業マンなのだ。
そして、もう1枚。
崔がかつて勤めていた業界界隈の人事部長の名刺。
「月曜、人事部長に電話します。そのあと、あんたに連絡いれますわ。面接までは繋げられます。後はうまいことやってください」
男は名刺を両手で受け取りながら小刻みに震えた。それから何度も何度も、崔に頭を下げた。
「もうこの子泣かさんといてください」
男は、何度も何度も崔に頭を下げた。
崔は男に手を引かれて楽しそうに歩く少女の後ろ姿を見送った。心に穏やかな風を感じながら。
一方で。
女が男に言った。
「よかったなぁ。あんた。次の「仕事」決まりそうやな。こないな会社に入れてもらえるんや。」
男は言った。
「こないに簡単とはな。」
女は頬をメイク落としシートで拭いながら笑った。
「あいつ人を見る目ないんよ。情に
男が言った。
「童顔様々や」
痣を拭い落とした女が言った。
「まぁ気張ってや。」
男と女は親子ではない。夫婦でもない。彼らの正体は、反社の乗っ取り屋。真っ当な会社に入り込み、「キレイな経営権」を根こそぎ奪うのが彼らの仕事だ。
崔は、まだそのことを知らない。多分これからも。
元ネタの崔様の作品はこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/822139838244793120
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