第6話 もうふざけた真似はさせない

私は声を張り上げ、すぐさま瓦礫前の空き地に人を集めた。

治癒士には最重症者を、回復魔法の得意不得意を確認しながら三班に分ける。

魔法が苦手な者や一般市民には、布と水を持たせ、簡単な手順を伝える。


「布を強く巻いて! 止血するんです!」


そう叫ぶと、隣の若者がためらわずに腕に布を巻き付けた。

冷水が滲む白い布。現場に命をつなぐ手が増えていく。


その間、イリス陛下は的確に指示を飛ばしていた。


「軽傷者はこちら! 子どもを先に! 怪我のない者は水を運べ!」


その声が、混乱していた現場をひとつにまとめていく。

誰もが幼い王の姿を見て、思わず足を止めた。


陛下の声には、王としての威圧や傲慢さなど一切なかった。

ただ、必死に誰かを助けたいという思いだけがこもっていた。

人々もそれを感じ取っているようだった。


指示をすべて出し終えた陛下は、救護班に合流すると躊躇なく膝をついた。

泥と血にまみれた石畳に、白い衣が濡れるのも構わず、包帯を手に取る。


「陛下……!? おやめください……! お召し物が汚れます……!」


近くにいた平民の男性が慌てて止めに入る。


「服など構うものか! 王が民を救わずして、誰が救う!」

「王が……手ずから包帯を……」


誰かの一言が、周囲の空気を変えた。


「くそ、こうしちゃいられねえ。俺にも手伝いをさせてくれ……!」

「私も!」

「俺もだ!!」


次第に、現場には流れが生まれていった。

誰かが走れば、誰かが続く。

混乱は、秩序へと変わっていく。


◇◇◇


夜が白み始めるころ、最後の重傷者がようやく搬送されていった。

傷は深かったが、治癒士たちの懸命な手で命は繋がったのだ。


焦げた空気の中に、ようやく風の通り道ができた。


「……これで終わったのか?」

「ええ。一人として死傷者を出さずに」


イリス陛下が息をつく。

手は煤に汚れ、包帯の端が血に染まっていた。

それでも、その表情は晴れやかだった。


「助かった……」

「陛下、お付きの方、本当にありがとうございました……!」


瓦礫の向こうから、市民たちの声が次々と上がる。

泣きながら礼を言う老人、子を抱きしめる母。

その一つひとつが、夜明け前の空気に溶けていく。


イリス陛下は短く頷き、微笑んだ。

その顔を眺めながら、私はふうっと息を吐いた。


計算も指揮も、結局は一つの目的のためにある。

――誰かの笑顔を守るため。

今だけは、それが報われた気がした。


(悪くない仕事だった。――だが、まだ成すべきことは残っている)


書庫を襲撃したときと同じ火による攻撃。

同じ手口を繰り返すのは偶然ではない。

間違いなく脅しだ。


「嗅ぎまわるな。次はもっと大きく燃やすぞ」


財務大臣が、そう言外に告げているのだ。


国庫を私物化し、邪魔は焼き捨てる。

人命は、会計の行に過ぎない。

そんな男をこれ以上、野放しにはできない。


胸の奥が冷たくなる。

怒りは静かな決意に変わった。


そのとき、背後から重い足音が聞こえてきた。

包帯を巻いた大柄な男、商人ギルドのマスターだ。


「……陛下、そしてユーマ殿。あなたたちのおかげで、仲間や街の人々の命が助かりました。本当に感謝いたします」


ギルドマスターは一度拳を握りしめ、深く息を吐いた。

だが、その表情はすぐに硬くなり、目に怒りが滲む。


「――だからこそ、頼みたい。この火を放った者を、必ず見つけてください……!」


私は瓦礫の山を見つめた。

焦げた木材の匂い、濡れた石畳、ここに駆けつけた直後に聞いた悲痛な泣き声。


あの光景を、もう二度と繰り返させるわけにはいかない。


「見つけ出すだけでは終わらせません」


私は瓦礫のそばに残る半焼けの布切れを摘まみ上げた。

焦げた繊維の隙間に、薄く残る紋章。

見覚えのある二頭の獅子が寄り添っていた。


「二度とふざけた真似ができぬよう、根から絶ちます」

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