2.おおむね好評な高校生活初日と一抹の不安な点
「かっ……」
「かっ…………」
「かっこいいーーー!!」
桜咲き乱れる校舎への登り道でのことだった。それまでは遠巻きにながめるだけだったけれど、ここにきてついにハイパー義足に対し直接感想を述べてくる生徒に遭遇した。背の高い女の子だった。
坂道を後ろから追いついてきたその子は、
「あなたも新入生さんですか?」
と、まっすぐな黒髪のポニーテールを揺らしてあたしの顔を覗き込んできた。明るく歯切れの良い口調から陽キャの香りがする。ただでさえ保護区外デビューとあってド緊張していたあたしは、バチバチに目を見開いてこくこくと首を縦にふることしかできなかった。
「あ、ごめんなさい、わたし、対異形脚部陸空両用ユニット搭載ハイパー義足のホンモノをみたのはじめてで……つい……ジロジロ見て失礼でしたよね」
わかっている。ずっとひしひしとかんじていた。あたしの下半身に向けられる視線。いやエロい意味じゃまったくなくて。マジでなくて。なぜなら制服であるチェックのミニ丈スカートから伸びるのは金属素材の硬殻ボディだから。芸術と呼ぶにふさわしい流線型のデザインは対異形脚部用の証とも言える。メタリックなサクラピンクの塗装はこのあたし、楠木アイラのトレードマーク。生身の脚に似せてシリコンコーティングされた義肢も市場には出回っているけれど、このハイパー義足はメカ感丸出しである。いちばん脚が長く見えるからという理由でヒールモードにしている足底部には、ジェット噴射とローラーブレードを搭載。陸空両用である。機能面は言わずもがな、デザインも、総合的にもとの生脚よりカッコよくてかわいいのはたしかだ。
しかしこうも素敵なナリをしていると、どうあがいても目立ってしまうということに、あたしは今日の初登校をもって否応なく気づかされた。
「すげぇ、あれがハイパー義足ってヤツか」
「超高速で走れるんだろ?」
「メンテナンスに金かかるんだろうな」
横を通り過ぎていく男子生徒たちの一団の会話も、がっつり聞こえてくる。ちなみにメンテの費用は税金でまかなわれている。なにもムダ使いしているわけではないんだけど、そこ突っ込まれるとドキドキしちゃうな。
「あの、いつもありがとうございます!」
ポニテの子は目をキラキラさせながら、あたしの両手をがしっと掴んで握手。ウロタエマックスのあたしは金魚みたいに口をぱくぱくさせるばかり。
「えっえっあっ?」
「だって脚バスターズのおかげじゃないですか! わたしたちがいまも無事に暮らせてるの!」
「うぇ、いえ、そん、な、ぜんぜんぜんぜん」
「わたし、海原ミナホって言います」
「く、くすにょひアイラでぶ……っ」
噛みすぎじゃよ。
こうしてあたしは、せっかくの保護区外でのはじめての同級生との邂逅を、テンパりぐだぐだ大失敗に終わらせてしまった。
と思いきや昇降口で自分の所属クラスを確認すると……。
「楠木さんっ! 同じクラスですよ!」
ミナホちゃん(――とお呼びしていいのかわからないけれど、保護区ではみんな下の名前呼びだったから心の中ではそう呼んでおく。)があたしの名前を見つけてくれた。
うれしい。すっごい良い子だなぁ。保護区外の同年代って、駆除任務中にちょこっと見かける程度だったけれど、ウチらとなんら変わらなさそう。
ただ周りも見渡すかぎり、脚は二本ともそろっている子が多い。成長期だし、経済的な理由もあるし、未成年のうちはまだ切らない派が主流って聞く。
「うちも小さい頃脚みたことあるけど、脚バスターズに駆除してもらったよー」
「たいへんだと思うけどこれからもがんばってね」
教室でもミナホちゃんと話していると、周りにクラスメイトたちが集まってきてやいのやいの話に混じりはじめた。小さな人だかり。そんなに見ないでぇ、照れちゃうから。
「ふぇえ……こちらこそあ、ありがとうごじゃりましゅ」
そして噛むな。
恥ずかしい本人とは裏腹に、「かわいい〜」と好意的な笑いが起こる。
ま、まあね。ピンクツインテールのよく似合う外跳ねカールの髪質とキュートな顔面だけパパとママがあたしに遺してくれたものですし。多少はね? かわいいことは自認してます。でも注目されるのには慣れていないの。だからあたしは終始噛み倒しだった。かっこわるっ。
「やっぱおまえはできるだけ黙っておいたほうがいいな」
笑いをこらえながらとなりでゴーマが言った。あ、急に出現したみたいになってしまったけどこの人、じつはさっきからずっとあたしのそばにいました。東京第六保護区で育った孤児にして脚バスターズの一員。磐手ゴーマ。あたしと同じ年で、同じように両親と両脚を一度に失っている。ただちがうのは、彼はこう見えて理系の頭脳派で、このハイパー義足を瞬時にメンテしてつねに最速最新最高のコンディションに仕上げてくれる、メカニック担当だ。同じクラスなのは偶然ではなく学校側の配慮だと思う。
「なんでぇ?」
「ポンコツがバレる」
「ぐぎぎっ!」
っていうか! あなたのような見た目平成マイルドヤンキーの幼なじみがくっついているせいで、いまのところ男の子からの声かけがいっさい皆無なんですけどぉ!?
せっかく保護区の外でのフリーダムハッピースクールライフのチャンスなんだから、あたしだって青春謳歌したいのに。恋だってしたいのに!
嘆いていると、ミナホちゃんが目をキラキラさせて言った。
「それにしても彼氏さんとふたりで入学だなんて、すごいですね」
「へ?」
あたしは首を四十五度肩の方へかたむけた。
「しかもふたりとも脚バスターズだなんてかっこいいし……あこがれます」
「ふぇへっ??」
さらに二十五度。
「早くもクラスの名物カップルの誕生だねって、みんな言ってますよ」
グギィッ! 九十度首が曲がって激痛とともに、
「ちがいます! 誤解です!」
「顔赤くなってるよぉ、かわいい〜」
それは首を曲げすぎた痛みによるものです!
「ゴーマからも否定して!」
ここで変な誤認が広まったら、あたしの青春が台無しだわ。涙目を向けると、へーいへいと、ゴーマはへらへら笑いながらミナホちゃんたちにウチらの関係をを説明した。「幼なじみの腐れ縁でぇ保護区の同期でぇ、俺はコイツの保護者的な存在でぇ〜」(は?)とかなんとかかんとか。そしてことなきを得た。(一部容認しがたいところはあったけれども。)
ともかく、脚バスターズはおおむね外の世界で歓迎されているみたいだ。それはよかった。ほっとした。
ただひとつ、不安なことがあるとしたら……これはたぶん新入生のみんなはまだ知らない事実。
保護区の外の高校にウチら脚バスターズの人間が入学したのには、じつはワケがある。
この高校の近辺では最近、「脚」の目撃情報が増えているのだ。三月だけで五件。ほとんどは付近の脚バスターズが駆除できたものの、人的被害は死亡一件、負傷一件。さらに――これが最大のイレギュラーなのだけれど――逃走が一件。いままでの脚とは別種の形状を持つ、異端な脚の報告が確認されている。
つまりあたしとゴーマは、脚の対応と詳しい調査のために、この高校に派遣されたというわけなのだ。
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