LEG_脚バスターズと曰くのない怪物

鉈手璃彩子

第一章 曰くのない怪物と、ゆかいな高校生活

1.脚に関する諸情報とアイラの基本的な考え方

 人間の本質は脳だ。


 内臓もほとんどが上半身にある。だから人体のうち「脚」という部位は最悪いらない。切り捨てても大丈夫。


 実際、自己判断により自分の脚の切断手術を受ける人の割合は年々増えていて、いまや日本国内の脚なし人口は全体の二十五パーセント。四人にひとりは脚がない。

 ところが、ほんの十五年前までこれは常識ではなかったらしい。


 転換点となった事件が起きたのは、十六年前の九月十七日。

 場所は東京都内。

 突如として「脚」のバケモノが大量に現れた。

 脚の質感とか色とかは、象のそれだった。一本の象の脚のカタチをしたバケモノ。実際の象の脚よりもずっと太くて、高さはだいたい成人男性と同じぐらい。そしてなにより異様なのは、てっぺんから、人間の白い生脚が――いわゆる太ももからつま先までの脚の部分が――何十本か、髪の毛みたいに逆さに生えていること。遠くからみると脚でできた「木」のような見た目をしている……というのが個人的には的を射た表現だと思うのだけれど、どうだろうか。

 専門家のあいだでも意見が割れており、宇宙生命体だとか妖怪だとかいまも議論が交わされているけれど、その正体は十六年経ったいまでもほとんど解明されていない。謎につつまれた魑魅魍魎だ。

 魑魅魍魎どもは、現代都市を未曾有の混乱に陥れた。なにせ、ただたんに現れたというだけでなくそいつらは、進行方向に障害物を認識するとその下半分を吹き飛ばすという、明確にして凶悪な実害を持っていたのだ。

 しかも常識がまったく通用しない強靭なボディを持ちあわせていた。

 ただちに非常事態宣言が出され、警察や消防隊、自衛隊が総出動して対応にあたったけれど、あらゆる武器は跳ね返され、必死の抵抗もむなしく、わけもわからないまま、多数の犠牲者が出た。


 あたしが生まれたのはちょうどそんな混乱が一年弱ほどつづいた頃。

 両親の顔は知らない。おぼえていない。

 ある日のこと、街中に脚のバケモノが現れて、(ヤツらはいつも突然現れる。)両親は運悪くそのバケモノどもの進行方向に立っていて、運悪くその行進の犠牲になってしまったのだ。助かったのは、あたしだけ。ぜんぜん記憶にはないけれど、そのときあたしも両脚を失ったらしい。とはいえ痛みも衝撃もまったくおぼえていないからあたしにとっては、脚なんて最初からなかったにひとしい。


 十六年間のあいだに、人の生身の脚に代わる義足やメカスーツ、その他移動用ユニット構造の技術は飛躍的に進化した。これはほんとに人類の叡智。あたしも物心ついたときには義足に慣れ親しんでいたから、生活になんら不便はない。いまじゃ、対異形脚部型の陸空両用ユニット搭載ハイパー義足などという便利を通り越して危険なシロモノを使いこんでいる。おかげで、かの伝説的な陸上選手、ウサイン・ボルトよりも三秒速く百メートルを疾走することさえ可能だ。


 なにが言いたいかというと結論、人間に、生身の脚は必要不可欠……というほどではないと思う。

 人類の敵となってしまった脚のことを、見た目で忌み嫌う人がいるのもしかたのないことだと思うし。

 いらなそうだったらぜんぜん切っちゃってOKだと思う。

 ただまあ、ほしい人は持っていてもいいと思う。

 そういう人の脚を守るのも、脚バスターズの役目だし……これがあたし、楠木アイラの考えだ。


 脚禍が起きた当時、「脚」に家族を奪われたあたしみたいな人はいっぱいいて、政府が用意した保護管理地区でリハビリ治療と生活の援助を受けていた。

 数年後、ようやく日本は新しい敵に対抗する仕組みを整えて、できるだけの抵抗を試みながら、どうにか生き延びて今日に至る。

 脚のバケモノはいまも日本全土を蹂躙していて、悔しいことに脚バスターズがどんなにがんばっても全部駆逐しきれているわけではなくて、残念ながら、少しずつ犠牲者は増えつづけている。


 「対異形脚部駆除対策本部」通称「脚バスターズ」は、その名の通り人類の脅威である「脚」を駆除するために編成された特殊部隊だ。

 入隊条件は、「生後一年以内に親を脚に殺された人間」。対異形脚部用ユニット義足に慣れているからだ。

 つまりあたしもこれにもれなく該当し、当然のごとく脚バスターズとして活動している。

 そして同時に人間生活も送っている。

 で、今日から女子高生なわけなのだけれど……。


 はじめて保護区の外の学校に入学することになったあたしを待ち受けていたのは、たくさんの脚のある人間たちから向けられる――視線まなざしだった。

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