理系的な要素を取り入れたホラーは『パラサイトイヴ』をはじめとし、案外少なくない印象があります。
しかしまさか、「食用の魚を養殖する際、骨を柔らかくして食べやすくする技術」に着目した小説に出会うとは、さすがに少し虚を衝かれました。念のために調べてみたところ、本当にリン酸カルシウムのリンを減らした餌を使う手法が存在しているようで、これをホラーに応用しようとした時点で「勝ち確」の設定が成立しています。
閉鎖的な空間の危機的状況から開幕するストーリーは、「狭い穴を無理やり通ることができれば切り抜けられるかもしれない」という切迫した動機を登場人物二人に与えます。さて、そこで手の届く場所に骨を柔らかくする餌があったら、彼らはどうするか?
……もう、明らかに嫌な予感しかしない流れで、お話の動かし方と構成が非常に巧みなのですね。
とはいえ、この作品の一番の見所は、実は何より主要キャラクターたちの心の動きそのものではないでしょうか。倉田と小鳥遊には、それぞれ内に秘めた深い葛藤があり、それが極限状態の先で複雑に変化していきます。この人間心理の描写が本当に達者なんです。とても文芸らしいのですが、それでいてホラーで描かれる意義のあるものになっています。良い小説を読ませて頂きました。