第2話「入国」
「だから、このバッジが偽造ではないことを証明してください!」
怒気を含んだ声が、東門の前に響き渡った。
門の前では、シュウトが門番と激しく言い争っていた。
背には抜き身の剣。普通の観光客や商人なら、そんな武器を持っての入国など許されない。
だが、彼の胸元にはペドラー帝国軍事任務学校の新入生バッジがついていた。
本来なら、封筒とこのバッジを持っていれば、武器を所持していても通過できるはずだ。
「入学案内の封筒は無くしてしまったと、何度も言っているが……」
「なら探しにいけばいいじゃないですか! 何度も言っているのはこっちですよ!」
門番は苛立ちを隠しながら言い返す。シュウトもそれに反発するように口を開いた。
「封筒がないだけで、バッジを偽造と言われるのは違うと思うのだが」
シュウトと門番の睨み合いが続く。
そのときだった。
「おい、一体なにを騒いでいるんだ?」
一つの声が二人の動きを止め、声の方向へと顔を向ける。
黄色の髪に黄金の鎧に身を包み、腰に佩く剣は周囲の騎士たちのものよりも清廉で、重々しく、そして圧倒的な威圧感を纏っていた。
「バーミヤン団長! ちょうどいいところに!」
門番が、神にすがるかのように声を上げる。
その間にも、周囲には小さな人だかりができ始めていた。
「おいおい、あの人……聖騎士団第一団長のリトダ・バーミヤンじゃないか?」
「ほんとだ! ペドラー帝国最強の聖騎士でしょ? 有名人じゃん」
人だかりが出来、その中からそんな聞こえてくる。
バーミヤンは眉一つ動かさぬまま、門番に問いかけた。
「何があったのか話してみろ」
門番は息を整えると、一息に説明した。
剣を持った黒ジャージの男、提示された新入生バッジ、だが封筒がない――そのため身分証明ができず、男が騒ぎ立てているのだと。
静かに話を聞いていたバーミヤンは、深くため息を吐いた。そしてシュウトの方を向き、冷ややかに言い放つ。
「すまないが君、どこの蛮族か知らないが、ここは君のような愚かな人間が来るところではない。今すぐ帰りたまえ」
「いや、騒ぎ立ててはないんだが……」
シュウトは困った顔でそう答えた。バーミヤンはシュウトを睨みつけ、右手を動かして鞘から聖剣を抜いた。
「貴様、この俺に反抗する気なら、今ここであの世に送ってやってもいいんだぞ」
「おい、何だこのやばい奴は。一方的すぎるだろ」
シュウトが門番に、少し問い詰めるように聞いた。するとバーミヤンがシュウトに怒号を飛ばす。
「おい貴様! 俺を無視するんじゃない!」
シュウトは黙ってバーミヤンの方を見た。その視線はとても冷ややかで、『大人としてその幼稚さはどうなんだ』という意味が込められていた。
その視線を受け取ったバーミヤンの怒りはさらに増した。
「貴様。ここで今、切り捨ててくれるわ!」
そしてそのまま、剣がシュウトの首めがけて飛んでくる。その時、シュウトはバーミヤンの背後から、とてつもないオーラを感じ取った。
バーミヤンも同じくオーラを感じ取り、聖剣をシュウトの首元でピタリと止めた。聖剣を止めた反動で風が発生し、シュウトの方へ吹きつける。
「バーミヤン君、やめなさい。こんな公共の場でみっともないですよ」
静かに呆れながら放たれた声は、その場全体の時間を止めるかのように場を凍らせた。白髪の老人が杖をつきながら、ゆっくりと歩み寄る。青いローブに身を包み、右目にモノクルをかけたその姿には、老いの弱さは微塵もなかった。
「申し訳ありません、レナードさん」
バーミヤンは後ろを振り向かずに謝った。周りの人だかりから驚きの声が上がる。
「マジかよ、帝国最高戦力が来ちゃったよ」
「レナードって、ペドラー帝国五大将の一人だよな」
その名を聞いたシュウトは、突然、白髪の老人の元へ歩み寄った。
「あなたが、俺をここに呼んだレナード校長で間違いないでしょうか?」
白髪の老人にそう尋ねる。
「ん?君は……誰かね」
「俺はロバート・シュウトと言います」
「ほう、君がシュウト君か……」
老人はその名を聞いた途端、シュウトを強く睨みつける。数秒シュウトを睨みつけた後、老人の顔には温容が浮かんだ。
「失礼したね。私の名前はレナード・リヒターといいます。以後お見知り置きを」
レナードはそう言い、深くお辞儀をした。お辞儀をした後、バーミヤンの方を見て話し出した。
「バーミヤン君、前に話したシュウト君だ」
バーミヤンは何が何だか分からず、混乱しているようだった。彼は尋ねる。
「それって、あの例の件の生き残り……のことですよね?」
「ああ」
バーミヤンは少し考えた後、シュウトの方を見つめた。
「すまない、ロバート・シュウト。ここで先ほどの無礼を謝らせてくれ」
シュウトはレナードに、自分はどうすればいいのかを聞いた。レナードは答える。
「私についてくるだけでいい。そうすればお前さんは強くなれる」
バーミヤンは完全に無視されており、ピキッとイラついてた。彼がシュウトに話しかける。
「おい、ロバート・シュウト。なぜ俺を無視する。許してくれないのか?」
「当たり前だろ。剣で切りつけられそうになったからな」
こうして、レナードはシュウトの保護者として入国の許可を得た。そのまま門をくぐり、目的の場所へ向かうはずだった。
「待ってください、レナードさん」
バーミヤンがレナードに待ったをかける。
レナードはゆっくりと振り向く。バーミヤンは真剣な眼差しでレナードを見ていた。
「ロバート・シュウト、そいつと手合わせをしたいのですが」
「手合わせをしたいだと?」
レナードはバーミヤンを見つめた後、シュウトに問いかける。
「シュウト君、君はどうしたい?」
「俺は今の自分の実力がどれぐらいなのか気になります。この手合わやらせてください。」
シュウトも、バーミヤンと同じ眼差しでレナードを見つめた。
「そうか」
レナードは少し考え、決意する。
「二人ともついてきなさい」
レナードがそう言い、歩き出す。バーミヤンとシュウトはレナードの後ろをついて行った。
やがてたどり着いたのは、東門近くにある使い古された道場だった。
外見は小学校の少し広めのボロい体育館といったところで、中も同じくボロかった。
壁には穴が空いており、酷いものは外から丸見えだ。木の床は使い込まれて艶を失っており、激しく動けば折れそうなほど脆く見える。
「ここは昔、多くの英雄を生み出してきた道場だった」
レナードはここがどういう場所かを語り出す。バーミヤンが木剣を静かにシュウトに渡す。
「だが、師範が犯罪を犯した後は、何十年も放置されてしまい、誰も手をつけないまま時は過ぎて今やこの道場は過去の遺物になってしまった」
シュウトとバーミヤンは木剣を構えて向かい合っていた。爽やかな風が通り過ぎていく。
「ルールは、どちらかが相手に一発でも攻撃を当てたら、その時点で当てた方の勝利とする」
レナードが語り終えると、静かに、そして強く開始の合図を言い放った。
「始め!」
先に飛び出したのはシュウトだった。凄まじい踏み込みでバーミヤン目掛けて突進する。そのままの勢いで木剣を振るうが、バーミヤンの姿がかき消えた。
(消えた!?)
シュウトの一瞬の隙を見逃さず、バーミヤンが背後から攻撃する。シュウトはそれに気付き、振り向きざまにガードした。
ガンッ!!
その音は木剣同士がぶつかり合ったとは思えないほどの重い音だった。間一髪で防いだシュウトは、そのままバーミヤンに木剣を振るう。しかし、再びバーミヤンの姿が消える。
「いい攻撃だ。だが、当たらなければ意味はない」
どこからともなく空間全体に響き渡るバーミヤンの声。
(やつは一体どこにいるんだ?)
そのとき、彼の目が見開かれた。バーミヤンがいつの間にか懐に入り込んでいたのだ。
バーミヤンは勢いよく木剣で突こうとする。シュウトは反射的に受け止めるが、そのまま後ろへと大きく滑らされた。
体勢を素早く立て直すシュウトに、バーミヤンが追撃を仕掛けようと迫る。シュウトは横薙ぎを繰り出すが、バーミヤンの姿はすでに消えていた。
消えたかと思えば、あらゆる方向から攻撃が飛んでくる。シュウトはそれを受け止めるだけで精一杯だった。
「中々しぶといな。では、そろそろ終わらせるとしよう」
余裕を見せるバーミヤン。シュウトの呼吸は荒く、限界が近い。
「奥義『朧』」
その言葉がバーミヤンの口から発せられた刹那——目の前のバーミヤンが二人に増えた。
「なんだと」
そう言い終える頃には、二人のバーミヤンがシュウト目掛けて突進していた。同時に迫る脅威に、シュウトは「姿を消されたらなす術はない」と判断する。そして一瞬の隙を狙った。
二人のバーミヤンが上に跳び、一斉に飛びかかろうとしたその瞬間——シュウトは自分の木剣を一人のバーミヤン目掛けてぶん投げた。
「……!?」
バーミヤンは猛スピードで迫る木剣を、体を限界までねじってギリギリで回避するも、頬をかすめられてしまう。そのまま地面に転がった。
「勝負あり! 勝者……ロバート・シュウト!」
レナードの声が辺りに響く。この手合わせ、シュウトの勝利だった。
立ち上がったバーミヤンが、少し悔しそうに言った。
「この勝負、俺の負けだ」
だがシュウトは、自分がなぜ勝ったのか理解できていないようだった。
「なぜ、俺の勝ちなのだ? まだ手合わせは続いているはずだが……」
レナードが歩み寄りながら答える。
「君が投げた木剣が、バーミヤン君の頬を掠ったのだよ」
「攻撃を当てた方の勝ち、とレナードさんは最初に言っていた。戦場では少しの擦り傷も命に関わるからな」
バーミヤンの補足もあり、シュウトはようやく納得したように頷いた。
「全力ではないにしろ、よく俺と互角に渡り合った」
バーミヤンがそう褒めると、シュウトは煽るように言う。
「負け惜しみか?」
再びイラッとするバーミヤン。レナードが問いかけた。
「一つ聞きたい。シュウト君、どうやって本物のバーミヤンだと気付いたのかね?」
「……勘ですね」
その答えに、レナードは思わず驚き沈黙する。
「……まぁよい。ともかく、お疲れ様」
レナードは微笑を浮かべ、柔らかい声で言った。
「バーミヤン君はこれからどうするのかね?」
「俺はこれから、東門の騎士達と会議を行います」
「そうか、頑張りたまえ」
レナードは今度はシュウトを見た後、真っ直ぐ前を向いた。
「ここから真っ直ぐ行ったところに馬車を用意している。一緒に行こうか」
レナードとシュウトはそのまま馬車へ向かって歩き出した。
「馬車に乗ったら、どこに行くのですか?」
「ペドラー帝国で最強の兵士を生み出し続けている『ペドラー帝国軍事任務学校』だよ」
こうして人知れず行われた手合わせは終わったのだった。
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