第3話_ゴートゥーホームウィズミー!
「ヘーイ渡辺、元気してるぅ?」
「ヘーイ松本、なんだその欧米な挨拶は」
今日は平日金曜日の早朝、人の少ない教室で、幸樹は友達の松本君に珍妙な挨拶をされていました。
「いやぁ仲良くなってきたからふざけたくなって、欧米っぽくて意外とイケてるだろ?」
「面白いけどイケてはないと思うぞ、面白いけど」
「渡辺もダメかぁ、まっウケたならそれでいいや」
欧米っぽければイケてるというのはちょっと雑な発想じゃありませんこと? 明治とか大正時代ならハイカラってことで良い感じだったかもしれませんが、残念ながら今は令和、ハイカラブームも遠い過去のことなのです。ちなみにおばあちゃんは昭和の戦後生まれなので文明開化とかハイカラブームは知らないですよ、街角でカラーテレビに群がってたくらいの世代です。
「で、ボケが通じるくらい仲良くなった渡辺に折り入って聞きたいことがあるんだよ」
「ほほう? よろしい、言ってみなさい。大抵のことは答えてあげましょう」
改まって何を聞こうというのでしょうか?こう言うと何ですけどウチの幸樹に話題になるような強烈な特徴があるとは……あ、身長か。幸樹は私の血を継ぐだけあって身長が高いです、具体的には彼の今の身長が172cmです、ようやく私の死んだときの身長に並んだようですね。まあ全盛期のおばあちゃんにはまだまだ遠く及びませんが、昔のお婆ちゃんはそれはもうモデルの如き高身長に可愛げとスゴみを兼ね備えたパーフェクトガハハ系ガールでしたからな! 牛乳飲んで出直してこいってヤツですよ! ガーッハッハッハッハ!!
……何の話だっけ?
「聞きたいことというのはズバリ、お前がいつも一緒に登校してる美少女はどういう関係なの!? ってことだ!」
「……そんだけ?」
ああそうだ、幸樹に聞きたいことがあるって話だった。そっか、そりゃ気になるか、若い子からすれば恋バナは好奇心のトップティアですよね、そういえばそうでした。ヤバイなちょっとおばあちゃん若者の心を忘れているかもしれん、やはりK-POP聞いてゆっくり実況見てても老化は避けられないか、無念。
「いやいや大事だから、少なくとも俺達の中ではメチャクチャ気になってることだから」
「おい待て俺達って言ったか、もしかして安達と中村も同じこと気にしてんのか」
「……ソウダヨ」
「何だその棒読みは……まあいいや、言っちゃうとただの友達だぞ、付き合ってるとかそういうのはない」
「えー、なんかその割には距離が近かったって聞いてるんだが」
「付き合いが長いからなー、幼稚園に入る前からの付き合いだからマジで十年来とかそういうレベル」
「は? 何お前ギャルゲの主人公だったの? 幼馴染ヒロインがいるとかゲームじゃん」
「残念ながらそういう目では見てないって直々に言われてるぞ、始まる前からフラグが折れてんだ」
「あっ……なんかごめんね……」
「いーよいーよ、気にすんな」
ちなみにネタバレすると幸樹と直美ちゃんの関係はそれぞれの友達グループの間で共通の話題となっていて、二つのグループによる男女混合野次馬集団が出来上がっていたりします。今頃直美ちゃんも二つ隣のクラスで尋問を受けていることでしょう。え? なんですおじいちゃん? なんでそんな話題になってるのかって? おじいちゃん高身長で顔の良い男と高身長でめっちゃ顔が良い女の子が並んでたらそりゃもう気になるに決まってるでしょ、ちょっと後で直美ちゃんのこと見てきなさい高校生になってすごいことになってるわよあの子。
ああ、そういえば言ってませんでしたね、今回は死後の世界からおじいちゃんを引っ張ってきて膝に乗せています、直美ちゃん風に言えばQOL稼ぎですね。うん? ああ、見た目を戻すのはダメですよ、私を甘やかす為と思って諦めてください。まったくもう、ちょっと中学生の頃の見た目になってもらっただけでおじいちゃんは気にし過ぎなんですよ、まあ確かに現世で二十五歳のお姉さんに中学生が捕まってたら事案かもしれませんが、今の私たちはご臨終済みの幽霊です、生者には見えないんだから気にしなくていいのに。それに死後の世界では年齢弄って遊んでる人たちなんていくらでもいるじゃないですか、某芸術家さんなんか嫁さん共々小学生になって自撮り上げまくってますからね、これくらい普通のことだというのにおじいちゃんには困ったものですよ、全く。
「んじゃ気にしないついでに聞くんだけどさ……ぶっちゃけ好きなの? どうなの?」
「いや別に……あー、まあいいか。直美には内緒な? 万が一聞かれたら「ノーコメントだった」って言えよ?」
「了解、生爪を剥がされても秘密にすると誓おう」
「いや別にそこまで過酷な誓いは立てなくてもいいから」
幸樹はマヌケですねぇ、直美ちゃん以外には言ってもいいなんてゆるゆるな条件にするんですから。この後野次馬グループで尊厳を損ねない程度に「脈ありだぜあれは」って情報共有されることになるというのに。
「まあうん、好きだよそりゃ、大好きです」
「ほうほう、いつ頃から好きになったんだ?」
「一緒に居たらいつの間にか、幼稚園に入る前から小中ずっと年中一緒に遊んでたからなー、いつからってのは無かったりする」
「ちなみに最初に会ったときはどんな感じだった?」
「近所の公園で暇してる時に『あ、暇そうなやついるじゃん、声かけよ』って話しかけた、その後近所に住んでたから遊びに行ったり来られたりしてそのまま今に至る感じ」
「コミュ力高くない? 俺だったらハードル高くて無理だわ」
「流石に今同じことやれって言われたら俺も無理、幼児特有の無敵感でゴリ押した感じだから」
「なるほどなー…………それで脈無しって言われたの……?」
「グハッ……!」
「ああっゴメン傷跡抉っちまった!」
ああ、可哀想な幸樹……一重にお前が建前なんぞを信じているせいだが……。
「そうだよそうなんだよ……ここまで良い感じなのにフラグへし折れてるんだよ……マジ病む」
「病むな病むな、あと良い感じって自分でもわかってるのね」
「うぅ……そりゃずっと一緒にいてくれたら好きになるに決まってるだろ……俺はチョロいんだよ……」
「いやいやそりゃ好きになるだろ、俺でもなるわ」
「……ありがとう」
「ちょっと酷なこと言うけど告らないの? 言ってみたら意識されて上手くいくとかもあるかもよ?」
「無理、度胸がないし万が一それでどっかいかれたら立ち直れなくなる」
「あーそりゃ確かにそうか、無茶言った、悪い」
「大丈夫、気にすんな」
実のところ、この“ずっと一緒にいてくれた”という言葉には結構重い思いがこもっています、重いだけに。あっごめんなさいおじいちゃん真面目な話でボケてごめんなさい謝るから耳たぶ引っ張らないでくださいっ。
えー、こほん。話を戻しますと、昔の幸樹にとってずっと一緒にいてくれる人というのは貴重なものだったんです。お父さんとお母さんは八月が終わったら仕事に行っちゃうし、ずっと一緒にいてくれると思っていたおじいちゃんはなんか起きたら死んじゃってたし。残ったおばあちゃんもいつ急に死んでもおかしくないですから、幸樹からすれば“いなくなるはずのない人”というのは家族には居なかったのですよね。
ですので幼稚園から年中ずっと一緒にいて、死んだり仕事に行ったりしない直美ちゃんは本当に大切な、下手をすれば両親や祖父母より大事かもしれない相手なのです。だからこそおばあちゃんは早く二人にくっついてほしいのですよ、直美ちゃんも直美ちゃんで割と重いとこありますし、万が一お別れすることになったら二人共洒落にならないダメージを負うでしょうから。
まあそれはそれとしておばあちゃんがイチャついてる人間を見て幸せな気持ちになりたいというのもあるんですけどね! 幸せそうなカップルはいつだって私の心を満たしてくれる……え? 良い感じだったのに台無しだって? いいんですよおじいちゃん、真面目ぶってると楽しさが無くなっちゃいますから、ちょっとふざけてるくらいでちょうど良いのです。
「答えてくれてありがとな、応援してるぜ」
「どーいたしまして、俺も俺で人に話してスッキリしたわ、もっかい言うけど直美には秘密な?」
「分かってる分かってる、火炙りにされても言わない」
「覚悟が重すぎんだわ」
「じゃあなー」
松本君が教室を去って幸樹も読んでいた本の続きを読み始めます、今どきの高校生にしては珍しく、幸樹は朝の通学中に紙の本を読む子です。朝からテレビを見ると目が疲れるって幸樹は昔言っていましたから、紙の本を読んでいるのはそれが理由かもしれませんね。
「お、来た来た、幸樹~帰るよ~」
「お待たせー」
西日の差す放課後の下駄箱前、スマホを弄って暇をつぶしていた直美ちゃんが幸樹を見つけて、少し大きな声で呼びました。
「ちょっと同級生との話が盛り上がっちゃって遅くなった、すまん」
「いーよいーよ気にしないで、何の話で盛り上がってたの?」
「この前カラオケ行った時の話、ポテトがヤバかったっていう」
「ポテトがヤバイ? 激辛ポテトでもあったの?」
自主練をする吹奏楽部のバラバラな音色、走り込む野球部や二分後に出発する電車に向かって全力疾走する少女、そんな学校の象徴たちとすれ違いながら、二人がゆっくり、人ひとりがギリギリ入れないくらいの距離を開けて歩いて行きます。
「いやさ、前みんなでカラオケ行ったら松本がテラ盛りポテトって2500円のポテトを頼んだんだよ」
「カラオケのポテトが2500円……? 手抜き冷凍食品の分際で高すぎない?」
「俺も思った、ただまあ奢りだって言うから喜んで食おうと思ってたんだよ、実物が届くまでは」
「どんな劇物が届いたのさ?」
「おでん煮るような鍋をイメージしてほしい、ガッツリ深いやつ」
「待って、ポテトとその鍋が全く結びつかないんだけど」
「俺もそう思った、カラオケルームに鍋が届いた時は誰がおでんなぞ頼んだのかと」
「ねえまさか中身がポテトとか言わないよね」
「そのまさかなんだよ、ポテトがな、鍋一杯に並々注がれているんだ」
「うっわぁ……ヤバすぎない……?」
「分かってくれたか、そうだよヤバいんだよ。しかも後からデッカイ金属トレーに乗って多種多様なケチャップやらコンソメパウダーやらが届いたんだ、それこそインドカレーのルーみたいな感じで」
「レ……レイドボス……」
「ちなみにソースと粉はお替わり自由だった、最終的にケチャップとマスタード以外使わなくなってたけど」
「ねえそれ大丈夫なの? 時間内に食べきれる気がしないんだけど」
「実は松本に昼飯抜いて来るよう言われてたからギリギリ何とかなった、とはいえマジで死ぬほどキツかったから二度とやらねぇ」
あのカラオケはヤバかったですね、見ているだけでお腹が苦しくなってくるような地獄でした。中村君なんか「奢りじゃなかったら殺してたからね松本……」とまで言ってましたよ、あの温厚な中村君がですよ、メロンパンをトンビに攫われてもキレないあの中村君が。
そうこう話している間に校門どころか改札を過ぎて、気づけば目の前に次の電車が来ています。いつもは大量の観光客で席が埋まっているのですが……おや、今日は運が良いようですね、丁度二人並んで座れる席が空いています。電車の窓越しにその席を見つけた直美ちゃん、ドアが開くや否やスルっと席に滑り込んで二人分の席を確保しました。幸樹はその機敏な動きを前に呆気に取られていましたが、早く座るよう呼ばれてそそくさと席に収まります。
「ラッキー、丁度二人分空いてたや」
「サンキュー助かった」
「ふふん、ドアが開く前に目星を付けてたんだよ、目ざといでしょ?」
「手前側の席で見えにくいのに、流石直美」
「でしょー?」
改札前に溜まった高校生たちが一両車に押し込まれるのを待って、電車のドアが閉まりました。窓から見える一両車の車内はまさにすし詰めといった惨状で、それなりに混んでいる二両車がまるで天国のように見えてきます。外国から来た観光客が多い車内には一人分の座席に収まらないような肩幅の外国人もおり、右隣に座るマッチョに気圧された直美ちゃんは左隣に座る幸樹に思いっきり肩を寄せていました。肩がぶつかるどころか肩に頭が乗るくらいの幅寄せを喰らう幸樹ですがそこは慣れたもの、読んでた本を左手に持ち替え、何事もなかったかのように読書を続行します。
実のところ二人は電車に乗っているときはほとんど話さないです、まあイマドキ電車で話している子の方が少ないですかね。幸樹は黙って本を読み進めていますし、直美ちゃんも黙々とスマホで漫画を読んでいます、大きな駅で観光客たちが降りても座っている二人には関係ありません、いえ、直美ちゃんは隣のマッチョが一般女子高生に入れ替わってリラックスしてますね、幅寄せから解放された幸樹も本を両手持ちに戻しました。それからは特に変化もなく、目的の駅まで同じことの繰り返しです、ページをめくってスマホに指を滑らせて、またページをめくってついでに意味も無く頭を撫でて……あ、仕返しにお腹ぐりぐりされてやんの。うんうん、別に嫌じゃないし普通に嬉しいとしてもやられっぱなしというのは少し気に食わないですからね、しっかりやり返してこそ快適な友人生活を送ることが出来るというもの、それにじゃれ合っていてお互い楽しそうですし。
そうやって時間を潰しているうちに、終点の乗換駅に着きました、ドアが開いて乗客の大半が降りるのを待ってから、人が掃けた駅のプラットフォームをゆったりと歩いて行きます。
「最近ちょっと暑くなってきてない?」
「それな、雨もあんま降らなくなってきたし梅雨明けの気配を感じるわ」
「夏が近いねぇ」
「今年こそはあんま暑くないといいなぁ」
「無理でしょ、地球温暖化進みまくってるし」
「無理かぁ」
最近の夏は本当に暑いですからね、命の危機を感じます。おばあちゃんが知ってる夏は30度超えたらヤバイとかそういう生存に支障が出ない程度の夏なんですよ、近年の『30度超えは当たり前! 地域によっては40度も!?』みたいな熱中症で人間を殺す為だけに存在するジェノサイドサマーはお呼びじゃないってんです。ちなみにおばあちゃんは昔幸樹に怒られたから夏場はちゃんとエアコンを使いますよ、前に「年寄りになると暑さに鈍くなっていいねぇ」とか抜かして35度の中エアコンをつけず氷入りの麦茶飲んでたら帰ってきた幸樹にガチで怒られましたから。後で聞いたらその時のおばあちゃんは顔色がもうヤバかったらしいです、気づいてなかったけどかなりボーっとしていたみたいで、エアコンをつけてスッキリした頭で「ガチでヤバかった」と遅ればせながら気づいたものです。
そんなことを言っている間に、二人は改札を抜けて乗り換え先の改札近くまで来ていました。
「ねえ幸樹、ちょっとアイス食べたいんだけど買っていいと思う?」
「いいんじゃない? ただ電車来てるから向こう着いてから買った方がいいと思う」
「あっマジじゃん、いそげー」
「おー」
小走りで電車に向かう直美ちゃんに、幸樹もやる気のない早足でついて行きます。ちなみに電車の出発まではあと四分あるので、急ぐ必要は特にありません。幸樹は分かってるようですが、特に教えるつもりはないようです、まあこういうの楽しいですからね、おばあちゃんも正月の福袋争奪戦とか好きですよ、開店前のデパートに並んで、入口が開くと同時に早足で目当ての店まで急ぐんです、店に着いて並んだ後に自分の後ろで伸びていく行列を見て「早く来て良かった~」と喜びと優越感に浸るのですよ。とはいえ、最近は福袋も地味な物が増えてきて、あまり買わなくなってしまいました、昔はパンが沢山入った袋や山ほどお菓子の詰まった袋なんかも売っていたのですが、最近はお皿やコップ、キーホルダーなどのグッズ類が中身の大半を占めるような袋ばかりです。そういう物が喜ばれるというのは理解しますが、私としてはグッズの分も食べ物を詰めてもらった方が嬉しいのです。洋服の福袋なんかも私は買いませんから、晩年はデパートに行ってもほとんど福袋を買わなくなってしまっていました。私あんまり自分が着る服に興味ないんですよね、そりゃクソダサセーターみたいなヤツは嫌ですけど最低限マトモに見えればそれで良くない? って感じなんです、おじいちゃんを着せ替え人形にしてるほうがずっと楽しいですし。それに私の服はおじいちゃんがいい感じに似合う物を買ってくれましたからね、自分で服を選ぶ習慣が無くなってしまうのも仕方のないことでしょう。ですよね? おじいちゃん、さっきから何も言ってきませんけど、おじいちゃんもそう思いますよね? おじいちゃん? …………し、死んでるっ!
はい、そりゃ幽霊なんだから死んでるだろってことでね。おじいちゃんは寝てますねコレ、マジか、いつの間に寝てたんだ全く気づかなかったぞ。……しかしまあ改めて見てると可愛い顔してますね、中学生のガワになってることもあって子猫のようです、こんなに油断してるんだし多少イタズラしても…………
いや、やめておきましょう、寝ている間に無断でそういうことをするのは良くないです、それに私には幸樹と直美ちゃんを野次馬するという崇高な使命があるのですから。いや別に野次馬に崇高さはないし使命とかじゃなく私が勝手にやってるだけですけど。
そうそう、少し脱線しますが前回の更新でも応援とレビューもらえちゃいました、連載物は継続して読んでもらえるかが肝ですからね、二話も読んでもらえて私、嬉しいです。気に入ってくれたなら、応援とかレビューとかくれると嬉しいです、というか読んでもらえてるだけで嬉しいです。ここまで読んでくれたあなたに感謝、サンキュー!
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