ハグミープリーズ!-ウチの孫が美少女幼馴染を抱きしめて優勝する話-
自爆霊
第1話_ヘルプミープリーズ
今の時間は金曜日の午後十一時、翌日の休みにかまけて夜更かしをする愚か者が最も増える時間です。某動画配信サービスで気になっていたアニメを一気見しているこの高校生、我が孫渡辺幸樹も例にもれず、十一時になっても画面に向かってアニメを見ていました。
風呂を済ませて後は歯を磨くだけで寝れる状態でダラダラとアニメを再生するいつも通りの日常、しかし今日は一つ、いつもと違う点があります。
「おぉーー」
そう、隣にいる幼馴染、京極直美ちゃんです。曰く何やら少々のっぴきならない事情があるとやらでお泊り会(二年ぶりくらい)を強行してきたこの女の子が、テレビに映るアニメを隣で見ているのです。
幸樹も高校生にもなって異性とお泊り会はアウトだと思ったようですが、『今更そんなこと気にしないって』等の建前で押し切られてしまったようです。まあ本当は好きな女の子に頼られたから断れなかっただけなんですけどね、大事なものを大事にできるのは良いことだと私も思います。
「はぁ……」
「何ため息ついてるのさ」
「ああうん、ちょっと関係ないこと考えてた」
このため息はこんなに仲の良い幼馴染が脈無しだという思い込みに絶望しているため息です、彼はアホなので直美ちゃんの『そういう目で見てないからセーフ』って嘘を本気にしているのです、本当にアホですね。
そして今二人が見ているのは十年前くらいに放送されていたニチアサの女の子向けアニメ、幸樹がアニメのサブスクをしてると知った直美ちゃんに「久しぶりに見たいから見して」と言われて視聴することとなったのです。
「もしかしてつまんなかった? やっぱ女児アニメはキツイ?」
「いや普通に面白いぞ、何なら戦隊ヒーローくらい面白い」
「じゃあ何のため息だったのさ、課題のことでも考えてた?」
「昨日学校で終わらせてあるから大丈夫」
「……いつも思うんだけど早くない? 帰る前に済ませるって」
「家でダラダラするためならこれくらいは出来る」
分かる、分かりますよ、同じ宿題でも家でやるのと学校でやるのではかかるストレスが大違いです。幸樹はおばあちゃんの知恵を今でも覚えているようですね、ちゃんと宿題もしているようでよかったよかった。
「幸樹は真面目だねぇ」
「だろ~?」
「あとほら、手が止まってるよ」
「はいはい」
そんな雑な返事と共に頭にのせていた右手を動かして、再び直美ちゃんを撫で始めました。確か小学校に入ったくらいの頃からだったか、彼女は幸樹に頭を撫でさせるようになりました。落ち込んでる直美ちゃんをどう元気づければいいか聞いてきた幸樹に、おばあちゃんが「仲良いんだから抱きしめて頭撫でまわせばいいのよ、ばあちゃんの若い頃はしょっちゅうじいちゃんにやってたわ」と言ったのが原因だった気もしますが、まあ些細なことです。
流石にハグは中学校あたりで自重するようになりましたが、それ以外は今も続いているようです。特に今日はのっぴきならない事情とやらでかなりストレスがたまったようで、アニメを見始めてからの三十分間ずっと直美ちゃんは頭を撫でさせ続けています。
「あ~~しあわせぇ、QOLの向上を実感できる~~」
「喜び方の癖が強い……そんな実感できるモンじゃないでしょQOLは」
「何を言うか! このあふれ出る幸福感と緩み切った口角を見れば私の人生の質がブチ上がっていることは一目瞭然であろう」
「確かにとてつもなくニッコニコしてるな」
実際直美ちゃんはすごくニコニコしています、具体的に言うと五分間わしゃわしゃされ続けた柴犬くらいニッコニコです。まあそういう幸樹も人のことは言えませんけどね、こーんなに幸せそうな顔してるのに全く自覚してないんですよこの子、やっぱアホですよアホ、クソボケですわ。
そもそもねぇフツーの女の子は付き合ったぐらいじゃこんなにベタベタさせてくれないんですよそういうのは結婚するくらい好感度上げたうえでそれを数年キープしてようやく解禁されるくらいのことなのにそれを何この孫は「幼馴染だからなー」って流してるんですか野次馬してるばあちゃんの気持ちも考えろってんですよとっとと告って付き合って■■■■とか■■■■を■■■して■■■■■■■■ーーーー!!!
こほん。失礼、取り乱しました。まあとにかくこやつらは割と昔からずっとこの調子なのですよ、仲が良いまま続いているのは良いことですが見ている側からすればまあもどかしいこともどかしいこと。高校生になって環境も変わったわけですし、何か進展が起きてほしいものです。
「ふへへ、たまったストレスが浄化されるよ」
「そりゃ良かった」
「……何があったか聞かないんだ?」
「言いたかったらそっちから言うでしょ、それに言いたくなさそうだし」
「優しいねー。んじゃさ、話したいから聞いてくんない?」
「はいよ」
ほほう、あの直美ちゃんが無理言ってお泊まり強行するくらいですしきっとさぞかし深刻な事情があるのでしょう、それにしては割と元気な気もしますが。
「まあ言っちゃえば親の喧嘩なんだけどね」
「そういう割には辛そうな顔してるけど」
「そうなんだ喧嘩は喧嘩でも見ててゴリゴリ精神削れるタイプの喧嘩なんだよね。具体的にはお互いが露骨に相手を見下してる」
あー……そりゃキツイですね、居合わせると一番疲れるタイプの喧嘩です。しかも子供の前でやり始めるってんだからロクでもないです、せめて子供がいないとこでやりましょうよそういうのは。
「しかもいっつもそんな感じでさー、今日なんか『旅行するならどこ行きたい?』って飯食いながら話してたら喧嘩し始めたんだよ、やってられんわ」
「そんなことでガチの喧嘩始めるのか、ダルいな」
「だよね、ダルいよね、もし行くとしてそんな喧嘩で決めた場所に行って楽しいかっていう。いつもなら私が頑張って仲裁してあげるんだけどさ、昔からずっとこの調子だからなんかもう真面目に取り合うのが馬鹿らしくなってきちゃったんだ」
「そうだな、やってられんな」
「で、親の不機嫌な声の聞こえる家に居たくないから幸樹の家に突っ込んできたってワケ、頭も撫でてもらえるし本当に助かってるよ」
「あーなるほど、友達の家に避難する的なアレだったわけね…………普通に女の友達の家行けばよかったんじゃ」
「貴様ー! この暗い時間に女の子一人で遠出しろと申すか!」
「誰か近くに住んでないの?」
「多分ない、いても知らない、仮にいてもここよりは遠い」
「そりゃまあ徒歩三分よりは遠いわな」
おい孫納得するな、どう考えても建前だぞしかもかなりガバいぞ、具体的に言うとチャットとかで友達に近くに住んでないか聞くだけで音を立てて崩れるくらいガバガバな建前だぞ。昔の直美ちゃんならともかく今はそんくらい頼める友達が普通にいるぞこの子。
「それにこうやって思いっきり甘やかしてもらえるのはここだけだからね、コレが一番早いと思います」
「では完走した感想をどうぞ」
「最高、生きててよかった」
「また大げさな」
「いいじゃんいいじゃん、こういうのは言い得だよ。ほらほら幸樹も美少女を撫でまわせて幸せじゃろ?人生の幸福度がブチ上がってるじゃろ?」
「はいはい、直美は可愛いし甘やかせて俺は幸せだよ」
こういうことは素直に言えるんですけどねぇ、もうちょっと頑張って告ってくれればもっといいんですけどねぇ……まあでもうまく行ってるようでよかったですよ、ばあちゃんたちとパパママが鬱陶しいくらい愛してるだの大好きだの言ってきた甲斐もあったというものです。
正直なところ幸樹はもう少しひねくれた子に育つと思っていたんですよね、パパとママは年に一か月しか帰ってきませんし小三からは私くらいしか家に居ませんでしたし、じいちゃんがもうちょっと長生きしてくれればまだマシだったんですけどね、おのれじいちゃん。まあそんなわけで孫が元気に育ってくれてばあちゃんは嬉しいですよ、是非ともこのまま健やかに過ごしてちょうだいね。
「んじゃ遅いしそろそろ寝るよ」
「えっもう? まだ零時だよ」
「最近は夜更かしし過ぎないようにしてるの、零時過ぎると睡眠効率が激下がりするんだわ」
「健康生活じゃん」
若いんだしもうちょっと夜更かししても良いんじゃない? いや成長期だし健康的な生活を送るのは大事ですけどね、若いんだからせっかくの金曜の夜くらいもうちょっと不摂生な生活を送っておいたほうが良いんじゃないかしら?
「布団出してあげるから、直美も早寝早起き健康生活しましょ」
「まあ仕方ない、郷に入らば郷に従えともいうしたまには早寝してやろう」
ちなみにこの布団は幸樹のお母さんの布団です、使わないと悪くなるからって理由で機会があれば積極的に使うよう言いつけてあるのです。昔はばあちゃんとじいちゃんが使ってたんですけどね、この通り死んじゃったので今では押し入れの肥やしとなってしまっているのですよ。一応月一で乾燥機をかけてるみたいだし使っても問題はない……ハズです、ホコリ臭かったらごめんね。
「んじゃ部屋戻って寝るわ、おやすみー」
「……おやす……いや……むぅ」
「……? なんだその微妙そうな顔は」
「い……いやでも、しかし……むぅ」
「直美? 直美さん?」
「んぇっ!? はいっ!」
「はい。急に静かになっちゃって、どうした?」
なんですかね、今更野郎の家に泊まることに怖気づいたんですかね?そんなんじゃだめですよ直美ちゃん、意中の男をモノにしたければもっとガツガツいかねばなりません。いや厳密には好きか分からないそうですが、この前部屋で「好きなのか……? いやでもマンガみたいにドキドキする感じはないし違う…………いやでも他の女に盗られるのは、しかし……」とかボソボソ言ってるのを盗み聞きしましたからね、そんなもん四捨五入するまでもなく好意ですよ、ラブコメで主人公がくっついた後部屋で「私の方が一緒にいたのにっ……!」とか言ってすすり泣く幼馴染負けヒロインのテンプレートです。
は? 私はNTR嫌いですけど? 幼馴染キャラを安直にナーフして負けヒロインにする作者に名状しがたき憤怒を抱いてきた人間ですが?? おらやれ直美ちゃん! そのまま布団に引きずり込んで同衾してしまえ! 数多の敗北幼馴染キャラ達とおばあちゃんの憤怒をあなたが勝利することで晴らすのですよ! さあ! ドゥーイッ!
「いやあのですね、そのですね」
「ですね」
「……………………ハグミー」
「なに?」
「ハグミープリーズ! 私はハグを所望します!」
「ダメです、結構前にダメって言ったでしょ」
「クソッまだ覚えていたかっ!」
……まあ頑張った方でしょう、はい。それはそれとしてこの堅物孫がよぉ~そこで外堀を埋めに行く根性が無いからお前はダメなんだ、もっと倫理観を軽んじて目の前の幸運に飛びつきなさい。
「いーじゃーんギュっとしようぜギュっと、こーんな美少女を思いっきり抱きしめる機会なんて十回転生して一回あるかどうかだぜ~?」
「美少女だから駄目なの、成長期を過ぎた女の子としてもっと慎みとプライドを持ちなさい、プライドを」
「かーっ分かんねぇか! 私が清水の舞台から飛び降りる思いで一世一代の大決断の元ハグを求めていることが理解できないか!」
「嘘つけ、少なくとも清水はないだろ清水は」
「まあ確かに清水は誇張し過ぎたよね」
そうですね清水寺は流石に誇張し過ぎです、精々が法隆寺レベルでしょう。五重塔からバンジージャンプするくらいの決心です。
「そもそもこんな貧相な胸に成長期も古事記もあったもんじゃないじゃん、何を気にしてるんだお前は」
「いやまあ……俺は気にするよ、はい」
「やめて、気を使われると辛くなってくる」
ちなみにこれは本気で言ってます、「貧乳にも一応需要はあるよね、本当に一応は」と思ってるので仮に押し付けたとしても何の問題もないとほとんど本気で思っているのです、気持ちは分かりますけど。
しかしそれは間違った認識というものです、着物が広く着用されていた時代豊満な胸は身体の線を乱す為好ましくないものとされていました、胸の価値というのは実のところ時代によって移り変わる者であり、絶対的なものではないのです。そして腹立たしくも魅力的な女性像に豊満さが含まれるようになった昨今、薄い胸は淘汰され続けました、しかし言い換えれば発育が少なくとも淘汰されず生き残っている者にはそれを覆すほどの強み、言い換えれば顔の良さがあるということでもあるのです。さる人曰く「貧乳はステータスだ、希少価値だ」とのこと、これは現代日本において純然たる事実であり我々はレア度が高い人間なのですよ。過ぎたるは猶及ばざるが如しとはよく言ったもので、身長が高すぎれば電車の乗り口に頭をぶつけてしまうように、大きすぎる胸というものは肩こり・視界不良・汗疹など多くの問題を引き起こしてしまうものであり、生活の質という観点で見れば好ましいとは言い難い物なのですよ。
まあ要するに直美ちゃんはお婆ちゃんを見習って、自分のプロポーションにもっと自信をもってほしいということです、ウチの孫も慎ましい胸の方が好きみたいですし。
「まあとにかく私は性別的な諸々をちゃんと承知した上で言ってるってコトなんだよ、だからほら、いいでしょ?」
「大丈夫? ホントに分かってる?」
「わかってるわかってる! もう全てを理解したハムスターくらい分かってるから!」
「だったらまあ、ちょっとくらいならいいぞ」
「やった!」
「わっ」
許可が出るや否や、直美ちゃんはおやつを待たされたワンコのように勢いよく飛びつきました。身長差があった昔ならともかく今の背はほとんど同じくらい、58kgの同体格に突進されて三歩ほど後ろに下がりましたが……なんとか倒れずに堪えたようですね、よく耐えたぞ孫よ、倒れたら(私って重い……?)って不安を覚えさせてしまうところでしたから。
「~~~~っ!! 幸せ! 二年ぶりのハグで心がこの上なく満たされる!」
「そんなに? そんな名状しがたい声を上げるほどに……?」
「ほらはよ! 抱き返して、何なら頭も撫でて!」
「これでいい……?」
「ふはぁ~~……!」
幸せそうな声上げおってからに、ちょっと羨ましくなるじゃないのさ。そんなお腹がくっつくくらい引っ付いちゃって、遠慮ってモンが足りないんじゃないです? 脈無し(と思い込んでる)女に情緒と性癖をぐちゃぐちゃにされるウチの孫の気持ち考えたことあるんですか? これで他の男のトコ行ったらお婆ちゃん末代まで祟りますからね、責任を持って死んで抱きしめてやれなくなったお婆ちゃんの分まで抱きしめてやってくださいよ
しかしまぁこうやって野次馬してると私も久しぶりに人を甘やかしたくなってきましたね、今度野次馬するときはおじいちゃん呼んでひざにでも乗せましょうかね。じいちゃんが早く死んだせいで私は死ぬまでの六年近くずっとじいちゃんを甘やかせなかったんですよ、あやつには埋め合わせとして私に好き放題される義務があると思いませんか? 思いますよね? 思え。よし、そうと決まれば今度はじいちゃんも呼びましょう、我が恵体高身長パワーでオモチャにしてくれるわぁ……
「あ~~……最高、幸せ、歓喜の極み」
「はいはい、そりゃよかった」
「ちょっと素っ気無くない? もっと嬉しそうに『ひゃ~~……』みたいな歓声を上げても良いんだよ?」
「上げんわそんなの」
「そんなこと言って~本当は嬉しいんじゃろ? 直美ちゃんを久しぶりに思いっきり甘やかせて幸せじゃろ? なぁ?」
「それはまあ…………はい」
「だよね、幸樹は私を甘やかすの好きだもんね? ほら、もっと力入れても良いんだよ?」
「はいはい、ぎゅーっと」
「んみぃーー……」
さっきから出てくる声がヘンテコ過ぎません? 何で幸樹はスルーしてるの? もしかして突っ込んだら負けなヤツ? 『ふはぁ~』はまだ分かりますよ、風呂上りにフルーツ牛乳飲んだ時とかそんな感じの声が出ますからね、リラックスしてるのだと思えばまあ分かりますよ。でも『ひゃ~』はないでしょうひゃーは、それどっちかというと困った時に出る声ですよね? 最寄りのバス停が1キロ先とか言われた時に「ひゃ~~……」って感じで出る声ですよね。『んみぃー』に至っては意味不明ですからね、ニチアサ女児アニメのマスコットがギリギリ言わないくらいのレベルで意味不明ですからね、どう考えても普通言いませんからね。
いや知ってますよ? 直美ちゃんがイロモノ枠の言動を心掛けているのは知ってますよ? それでもこれは流石におかしいでしょうふざけすぎですよ。いや逆か? 直美ちゃんの言動に慣れ切った幸樹相手ならこれくらいしないと話にもならないということなのか? おばあちゃん若者の文化が良く分からないよ、コレがイマドキってヤツなの?
「満足した?」
「うん、満足」
「んじゃそろそろ離れてね」
「じゃあ満足してない」
「手のひら返すな、ちょっとって言ったでしょ」
「嫌じゃー、千載一遇の好機を逃しとうないんじゃー」
「じゃあまたやってあげるから離れなさい、そろそろ倫理的にヤバいんじゃ」
「っしゃ! そう言ってくれるなら離れてやろう」
あっ最後まで突っ込まないのね、そうなのね。あと幸樹またやってあげるって言ってましたね、言質取られたから多分これからしょっちゅうやることになりますよ、いいぞもっとやれ。幸樹が部屋に戻って直美ちゃんもお布団に入りました。おやすみなさい直美ちゃん、思いっきり距離詰めてくれておばあちゃん嬉しかったわよ、この調子でお願いね。
「うへへ、幸せ、生きててよかった」
それはそれとして、できるだけでいいから早く告ってくださいね、時間がかかるほど盗られる確率は上がるんですから。
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