第9話かぶりつく二人。作戦会議。

 一日の授業を終えた俺と氷織は当面の作戦会議ついでに近所にあるハンバーガーショップに足を運んでいた。


 ここは普段から俺が通う馴染みのある場所。全国のどこにでもあるものとなんらかわりのないチェーン店だが、俺がこの店に寄せる信頼は厚い。

 いつでもどこでも同じパフォーマンスを出すことは難しい。それも、こんなに高いレベルのモノを出すのはさらに困難を極めるだろう。


 どこでも変わらずこのおいしさを提供してくれるこの店にはいつも感謝してばかりだ。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「テリヤキバーガーのセットを一つ。……氷織は?」

「えっと……どれがいいのかしら?」

「……もしかしてお前、来たことない?」


 氷織はこくりと頷いた。


「お嬢様か」

「まぁそれほどには可愛いわね」

「やかましいわ。……そうだな、オススメはダブルチーズかな」

「じゃあそのセットで」


 注文を終え、窓際の席を取ってから戻るとすぐに注文の品が提供される。この提供の速さもこの店の大きな武器だ。

 手頃な価格で手早く提供。それでいてジャンクな味わい。ファストフードの沼にずぶずぶと浸かっていく音がする。だが、悪くはない。


「これってどうやって食べるの?箸?フォーク?」

「お前マジでお嬢様かよ。……ハンバーガーはこのまま手で持ってかぶりつくの」


 この時代にハンバーガーを食べたことのない人間が存在していることに驚きつつも、俺は氷織に食べ方をやって見せた。

 氷織は少しぎこちない動きでハンバーガーにかぶりついた。口にソースをつけた氷織の瞳はきらりと輝いた。悪い感想は出てこないだろう。


「これがハンバーガー……!悪くない味ね」

「庶民の味が口にあって何よりだ。……口、ソースついてるぞ?」


 氷織の頬に人差し指を這わせてソースを絡めとる。硬直した氷織は動揺していたのか、思考ごと停止してしまっている様子だった。

 俺はそこで自分がとても恥ずかしい事をしていることに気が付いた。途端に頬が熱を帯びていき、胸の辺りが急激にむず痒くなってくる。


(な、何をやってるんだ俺は……!?というか、このソースどうするんだ……?)


 舐めとるのはちょっと変態だし、引かれること間違いなしだ。かといってナプキンで拭くのはなんか潔癖性みたいじゃないか……?いや、考えすぎか?

 しかし、相手は氷織。これから長い付き合いになる相手だ。できるだけ嫌われるようなことは避けたい……


 そんな風に思考して硬直していると、唐突に俺の人差し指が生暖かい感触に襲われる。

 現実に戻った俺は、指にしゃぶりついた氷織を見て驚愕した。


「な゛っ、お、お前!?」

「何?私が買ったチーズバーガーのソースなのだから、私が舐めてもなんら問題はないでしょう?」

「そうじゃなくて!人の指にしゃぶりつくことに抵抗はないのか!?」

「……もしかして、手洗ってないの……?」

「そういうことではなく!……あ゛ー、なんか考えてた俺が馬鹿みたいだ……」


 がっくしと肩を落とした俺を見て、氷織は疑問符を浮かべた様子だった。

 

「……まぁいいや。とりあえず、例の事件について話そう」

「そうね。……どう?なにか調べてみて分かったことはある?」

 

 氷織の問いかけに、俺は首を横に振った。


「残念ながら」

「まぁそう簡単に情報が出てきたら苦労しないわね。……私も今まで調べてはみたけど、出てくるのはどれも噂の域を出ないモノばかり。警察に知り合いがいるわけでもないし、いたとしても情報はくれないでしょうね」

「……刑事の一人や二人、パンツで釣ったりできないのか?」

「誰かさんみたいに欲に正直な人ばかりじゃないのよ。……とにかく、現状はあちらからの接触を待つか、ひたすらに情報を集めるしかないわね」


 現状、進捗はゼロに等しいらしかった。俺の写真が消えるのはいつになるのやら。


「……というか、私のパンツは今どこにあるのかしら?」

「えっと、それは……」

「……正直に言ってくれたらをあげる」

「家にあります……」

「……ヘンタイ」


 氷織とはいえ、さすがに下着を取られることに対しては羞恥心が残っていたらしく、頬をほんのりと朱に染める。

 しょうがないじゃないか。高校生男子はパンツに目がないんだ。


▼▽


 ハンバーガーを食べ終えた俺は氷織を家の付近まで送り届けるべく、彼女の隣を歩いていた。

 この時間帯となると可愛い我が妹との遭遇が懸念されるが、まぁ多分大丈夫だろう。いざとなったらを使えばいい。


「おい、いいから出せって」

「いや、ちょっと、そういうのは困りますよ……」

「おいおい、早くしてくんねぇかなァ~?俺達暇じゃないんだけど?」


 駅前の通りに差し掛かると、薄暗い路地の方から声が聞こえてくる。

 数人の体格の良い男がか弱そうな線の細い男を取り囲んでいた。


「ねぇ、あれって……」

「時代にそぐわないカツアゲってやつだな」


 この時代にカツアゲなんて古典的なモノをやる奴がいるとは。

 そしてあの制服、どこかで見覚えがある。双月とは離れた場所にある残月ざんげつ学園の制服だ。近所ではヤンキー校として有名なところである。


「どうするの?残月の生徒が相手だけど」

「バールあるんだから余裕だろ?」


 氷織はふっと笑った。

 俺は意を決して眼鏡を外し、路地へと踏み込む。

 

「おいアンタら、そこまでにしときな」

「あ?なんだお前……おいおい、女連れかよ。彼女にかっこいいところ見せようってか?」

「まぁそんなところだ。だからアンタらには早急にぶっ飛ばされていただきたいんだが」

「金づるが増えちまったなァ~?やっちまうか!」


 野郎共の余裕綽々な表情を見るに、自分たちが俺に負けるとは微塵も思っていないらしい。

 まぁ有名なヤンキー校なのだから、多少の喧嘩は経験しているのだろう。頬の擦り傷や生傷の手を見ればそれが分かる。


 ただ、場数なら間違いなく俺の方が上だろう。


「後悔すんなよ!」


 金髪の男が襲い掛かってくる。

 拳が鼻を掠めるが、ギリギリのところで躱す。靴底がアスファルトを蹴る音が耳に残った。

 続いて顔に飛んでくる拳は首の動きだけで躱し、腹に一撃。怯んだところで回し蹴りを叩きこむ。


「がはっ!?……て、テメェ……!」


 俺のセンサーが殺気を察知した。

 跳んできた跳び蹴りを反射的に躱し、すれ違いざまに腹部に拳を一発。男の口から肺の空気が抜ける音が聞こえた。

 苦し紛れの抵抗を見せる金髪には顔面に蹴りをお見舞いした。


「な、なんだこいつ……!?こんな奴がいるなんて紫雲から聞いてねぇぞ!」

「……紫雲?」

「おい、ずらかるぞ!」


 聞き覚えのある名前を言い残して、野郎共は去って行った。 

 体を引きずりながら去っていく後ろ姿を見て、俺は構えを解いた。後ろで見ていた氷織が駆け寄ってくる。


「お疲れ様。相変わらずの強さね」

「まぁこのぐらいはな。……大丈夫ですか?」


 呆然とした様子の男に話しかけると、はっと我を取り戻したようでペコペコと頭を下げてきた。


「ありがとうございます!助かりました!……もうなんと言ったらいいのやら」

「無事ならよかったです。ここら辺は残月の生徒がうろついてることが多いので、気を付けたほうがいいですよ」

「肝に銘じておきます……あっ、やべ、もうこんな時間!?すいません、このお礼は必ずどこかで!」


 そう言い残してそそくさと男は去って行った。

 名前も年齢も分からなかったが、なんだか妙に記憶に残る男だった。

 翌日の通り魔報道も合わせて、男の姿は強く印象にこびりついていた。

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真夜中に学園一の美少女に襲われた結果、独占欲全開の彼女ができた。 餅餠 @mochimochi0824

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