第11話
ヴォルフがなぜ、あれほどレジーニを気にかけていたのか。
ちゃんと見ててやらねばと案じていたのか。
その理由を理解するのに、大して時間はかからなかった。
試用期間が始まって一ヶ月。俺はこの間、引き受けたメメント退治の仕事に、必ずレジーニを連れて行った。
駆除対象は様々だ。先日のホッパーやゲブロッブのような雑魚レベルのメメントから、俺でもあまりお目にかからない大型タイプまで。これから〈
レジーニは非常に“仕事熱心”だった。俺より先に敵に向かって飛び出し、愛剣〈ブリゼバルトゥ〉を振るう。
訓練によって身体に叩き込まれた格闘技に、実践の中で独自に身につけただろう剣術を加えた戦闘スタイルは、攻撃性、回避能力、機動力、俊敏さを兼ね備え、戦いに関するレジーニの高いセンスを体現していた。
俺は〈スティングリング〉の特性を活かした“
肉体を鍛え上げ、ひたすらに動き回るだけが“戦い”ではない。“戦う”ためには、知識と知恵が必要だ。その頭脳明晰さこそが、レジーニの強さの中核だろう。
〈異法者〉として歩み始めたばかりのレジーニだが、総合的に見て、彼は俺より強い。まだ駆け出し中の駆け出しだが、経験を積めばいずれ俺を追い越していくに違いない。
だが、問題は別にある。
レジーニは自分自身を省みていなかった。的確な判断力を持ちながら、それを自己防衛手段に用いない。
つまりヴォルフの言っていたとおり、「命を落とす方向に、一人でどんどん行って」しまうのだ。
一見、無駄のない身のこなしでメメントと戦ってはいるが、その実、敢えて我が身を危険に晒すような行動をとっている。無謀としか言いようがないレジーニの振る舞いに、俺は何度肝を冷やしたか分からない。
もちろん注意はした。いくら優れた能力を持とうが、命を落としては元も子もない。
俺の言葉に素直に耳を傾ける気があるなら、ここまで扱いに苦労することはないのだが。
レジーニには、誰の言葉も届かないのかもしれない。少なくとも今は、どんなに親身になって発した言葉でも、煩わしい説教にしか聞こえないだろう。
ダイヤモンドのように硬く氷結した心は、何者をも近づけず、触れようとする者を、むしろ傷つけてしまう。
絶対零度に閉ざされた心は、俺にはどうすることも出来ない。風は氷を更に硬くするだけだ。
試用期間も二ヶ月目に突入した、十月二週目の土曜日。
俺とレジーニは夕方にひと仕事を終え、〈パープルヘイズ〉で早めの夕食をとった。
時間があるなら、俺はレジーニを晩飯に誘うことにしている。といっても、いつも〈パープルヘイズ〉なのだが。
先輩風を吹かせるつもりはない。ただ、レジーニを一人にしておけないという、ヴォルフの言葉の意味が、なんとなく理解できたからだ。目を離している間に、何か危ういことに飛び込んで行きはしないか。そんな風に考えさせるのだ。それにたびたび〈パープルヘイズ〉にレジーニが顔を出せば、ヴォルフが安心するだろう。
レジーニが俺の思惑を察しているのかどうかは分からない。男二人で向かい合って食事など、むさ苦しい以外の何ものでもない、と思っているかもしれない。
それでも、初めは断り続けていた食事の誘いを、最近では受けてくれるようになった。少しは気を許す気になってくれたらしい。俺の、
食事中の会話は、まあ、弾まない。だいたい俺ばかり喋っている。喋るといっても、俺も話し上手ではないから、当たり障りのない適当な話題を、途切れ途切れに投げかける程度だ。レジーニはたいてい黙っているが、たまに気が向いて返事をすることもある。その、たまに返される返事が、回数を重ねるごとに増えているような気がした。
「監督者が板についてきたんじゃねェのか」
カウンターの向こうでコーヒー豆を挽きながら、ヴォルフそんなことを、冗談交じりで言っていた。
〈パープルヘイズ〉での食事を終えた俺たちは、サウンドベルの大通りを歩いた。この近くにレジーニの自宅アパートがあり、俺はもう少し先に電動車を停めてある。だから、行く方向は同じだ。
レジーニは先に立ち、俺から数歩分の距離を置いている。隣に立つことも、これ以上近づくことも、無言で拒否していた。
レジーニの、荒涼とした氷原を思わせる寂しげな背中を見ながら、少し前にヴォルフが漏らした言葉を思い出す。
「あいつには相棒が必要だ」
ヴォルフは常々、そう思っているという。
レジーニを信頼し、理解し、共に立って、背中を預け合えるパートナーが必要なのだ、と。そしてレジーニもまた信用できる、そんな誰かを。
一度裏切られたからこそ、新しい仲間が必要だ。それは、俺にも分かる。
けれど、その相棒とは、たぶん俺のことではない。俺はレジーニの仲間にはなれるが、――今ではそう思っている。少なくとも俺は――相棒にはなれない。俺が相棒では、足りないのだ。
俺に出来るのは、冷たい氷に閉じ籠ったレジーニの側についていてやることだけだ。氷を打ち砕き、中で
そんな奴がいるだろうか。
きっと、どこかにはいる。
その誰かと、レジーニの歩く道が、きっとどこかで交わる。
俺はそう信じたい。
飲み屋街に入る手前の交差点で、俺たちはいつも別れる。レジーニはここから西側へ向かうが、どこに住んでいるのかは知らない。住処まで把握する必要があるのかどうか判断しかねていたから、ずっと訊かずじまいだった。
レジーニが交差点を渡ろうと、身体の向きを変える。俺に別れの挨拶はしない。いつものことだ。
俺もそのまま、車を停めている場所へと向かおうとした。
その時だった。
飲み屋街の通りの方から、声らしきものが聞こえたのだ。
街の中で人の声がするのは当たり前だ。どこからでも耳に入ってくる。
しかし俺が聞いたのは、不穏な空気を漂わせた、くぐもったトーンの声だ。
悲鳴。しかも……、
女の悲鳴だ。
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