第6話

 ヴェン・ラッズマイヤー。アトランヴィルの裏社会において、奴の存在を知らない者はいない。帝王ジェラルド・ブラッドリーから、支配地域ゾーンの一部を任される〈管理者〉という地位にあった、権力者の一人だ。

 俺はラッズマイヤーに直接会ったことはないが、轟く悪名はしばしば耳にしていた。

 彼は〈管理者〉としては決して無能ではないが、そのやり方は非常に残忍で凶悪だったという。自分の“所有物”に対して、異常なまでの執着心を持ち、これを奪う者には容赦のない制裁を与えたそうだ。

 帝王の指示さえ、時には無視するほど、自己中心的で野心に満ちた男だ。そのために危険分子と見なされ、ブラッドリーの粛清を受けるはずだった。だが、粛清が執行される前に、ラッズマイヤーはアトランヴィルから姿を消した。それが二年前のことだと聞いている。

 大切な人を奪われた、か。

 それがどういうことなのか、想像にかたくない。おそらく新人は、家族か恋人を、ラッズマイヤーに殺されたのだろう。


「俺はおおまかな事情しか知らねェ。あいつは、なかなか他人に自分のことを話さねェ奴だからな。ラッズとの間に何があったのか、そういう部分は俺にも分からねェ」

 と、ヴォルフ。

「もともと愛想のない奴だったが、ラッズに地獄の底に叩き落されてから、ますます自分の殻に篭もるようになッちまった。ラッズがアトランヴィルから消えた後、あいつは俺の店にふらっとやってきてな、〈セミナーハウス〉に行きてェと言ったんだ。俺は理由を訊かず、その望みを叶えてやった。戻ってくるなり、〈異法者ペイガン〉になりてェと言い出した。俺は、その理由も訊かねェことにした」

 理由は訊かなくても分かるから、だろう。

 俺は、カウンターでおとなしく待っている新人を一瞥した。整いすぎているくらい整った横顔には、年齢に不釣合いなかげりと疲れが透けて見えた。穏やかとも言える表情ではあるが、内面には計り知れない憎悪を溜め込んでいるに違いない。俺の勝手な想像だが。

 大切な人を奪われて、平然としていられる人間はそうそういない。たとえ、憎しみは何も生み出さない、と分かってはいても。

 憎悪、というのは強烈な感情だ。そうした強い感情を支えにでもしなければ、生きていくこともままならない。そんなことだってあるだろう。

 俺には、新人の気持ちを理解することは出来ないが、察してやることくらいは出来る。

 憎い相手は行方が知れず、怒りの矛先は失われた。腹の底でマグマのように煮えたぎる憎悪を、いったいどこに向ければいい。〈セミナーハウス〉で己を苛め抜き、訓練に没頭することで、一時いっとき忘れることは出来たかもしれない。だが、訓練が終わってからはどうだ。一人になれば、また押し寄せてくる怒りと悲しみに埋没する。

 ぶつけどころが必要だ。

 そのぶつけどころに、怪物退治を選んだ。

 あくまでも俺の想像だ。だが、ありえないとも限らない。

 とは思うものの、あの新人が何を思って〈異法者〉の道を選んだのか、そこのところは結局、俺には何の関係もないことだ。

 余計な詮索は無用である。

「まあ実際、あいつのような目に遭ってきた奴なら、他にいくらでもいるがな」

 ヴォルフは、重そうな身体を傾けて、カウンターを振り返る。そして、それ以上は語らなかった。

 思うところはまだあるのだろう。だが、ヴォルフの真意のすべてを、俺が知る必要はない。

「話してみるよ」

 俺が言うと、ヴォルフは軽く頷き、席を立った。彼は新人に話しかけてから、もう一度俺を振り返り、再度頷く。

 新人がこちらに向かってくる。俺をじっと見ながら歩き、ヴォルフに代わって向かいの席に腰掛けた。

 真正面に迎えた新人の顔立ちは、二枚目と称賛される映画俳優も霞むほど整っていた。だが、印象は最初と変わらない。誰も近づかせない、氷の剣をその身に纏ったかのような空気を発している。

「やあ」

 右手を差し出した。声がかすれていることには、気づかれていないだろうか。

「バージル・キルチャーズだ」

 握手を求める俺の手を、新人は胡散臭そうな目つきで静かに睨む。

「馴れ合いは嫌いだとしても、挨拶だけはしておいてくれ」

 そう言うと、新人は肩をすくめ、俺の手を軽く触れる程度に握り返した。

「レジーニ」

 名乗った新人――レジーニは、品定めするように、黙って俺を見つめている。

 見られる側の俺は、少々居心地の悪さを感じながらも、レジーニに話しかけた。気が進まなかったとはいえ、一度引き受けた仕事だ。やるべきことはやらなければならない。まず、互いの関係を円滑なものにするために、対話が必要である。

 まったくもって、この俺には不向きな仕事だ。

「先週〈セミナーハウス〉から帰ったそうだな。トップクラスの成績だったと聞いたが、どんなだった?」

 レジーニはぶっきらぼうに鼻で笑う。

「別に。どうってことはなかった。課題を与えられて、こなす。それの繰り返し。難しいことじゃないだろ」

 ふむ。たしかに協調性には乏しいようだ。まあ、大した問題ではない。俺も他人ひとのことは言えた義理じゃないからな。

 レジーニはさも苦労がなかったかのように答えたが、〈セミナーハウス〉の訓練カリキュラムは、どんなに甘く見積もっても“どうってことはない”などと言えるレベルのものではない。訓練の辛さを微塵も態度に出さないのは、他人オレに対して心を開くつもり毛頭ない、という現われなのだろう。

 俺はレジーニをよく観察してみた。〈セミナーハウス〉帰りというわりに、肉体はあまりに細すぎた。付くべき箇所にはしっかり筋肉が付いているようには見えるものの、俺よりもずっと線が細い。俺でさえ他の裏稼業者バックワーカーからしてみれば、“細い”部類に入るらしいというのに。

「そうか。それじゃあレジーニ。君は、その、何が得意だ? 何が出来る?」

 アルバイトの面接官にでもなった気分だ。

 レジーニは、またしても鼻で笑った。

「弱者に手を出す以外なら何でも」

 なるほど。

 俺は次の質問をひねり出すために、一旦口を閉ざした。俺が喋らないと、二人の間に気まずい沈黙が流れるだけになる。何か聞け。そうだな、〈異法者ペイガン〉の志望動機でも聞いてみるか。ますます面接っぽくなってきた。

 俺が質問しようとするより先に、レジーニの口が開いた。

「あんたは?」

「ん?」

「あんたは何が得意なんだ? 何が出来る?」

 レジーニは俺の目を覗き見る。

 俺に出来ることは、一つだけだ。

「化け物を殺せる」

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