第5話

 美形の新人は、俺から視線を外さないまま、カウンター席に座った。ヴォルフがカウンター越しに彼に近づき、話しかける。新人はヴォルフと言葉を交わしながらも、ちらちらと俺に視線を投げていた。

 やがてヴォルフは、彼の前にコーヒーカップを置き、再び俺のもとへとやってきて、向かいの席に座った。

「分かっただろうが、あいつがさっき話した新人だ」

 ヴォルフは肩越しに、カウンターを指差した。俺は頷く。

「協調性は期待出来ねェが、〈セミナーハウス〉ではトップクラスの成績を収めた。何をやらせても、たいてい要領よくこなせる」

「そいつは、たしかに“将来有望”だな」

 俺は感心のつもりで肩をすくめた。次にヴォルフが何を言い出すのか、予測はついている。


「でだ、バージル。しばらくあいつを見てやってくれねェか」


 思った通りだった。俺は唇を結び、わざと間を空け、すぐに返事をしなかった。

 つまりはこういうことだ。

〈セミナーハウス〉帰りの新人が、本当に現場で使える人間なのか。長年裏社会で生きている者の下につけて試験する。

 要するに“試用期間”を設けるのだ。

 一定期間、新人の実力を見極め、監督者が合格と判断すれば、そいつは晴れて独り立ち出来る。この“試用期間”は時々行われる、慣習のようなものだ。

 裏稼業者バックワーカーの全員が、こんな風に試用期間を経て独立していったわけではない。だいたいが流されるままに裏稼業に手を出し、そのままその稼業に染まっていった者たちだ。

 だが、あまりに特殊な仕事を生業なりわいにしようとする場合は、その道のプロに師事し、基本的なノウハウを身に着けるのが通例である。

 ヴォルフは、あの新人を俺に監督しろ、と言っている。それはつまり――。


「〈異法者ペイガン〉志望なのか?」


 分かりきったことだが、俺は確認のためにそう口に出した。

「ああ、そうだ。あいつは〈異法者〉になりたがってる」

「どういう仕事か、分かって言ってるんだろうな? メメントのことは話したのか?」

「あいつは、裏のことなら大抵把握してるし、〈異法者〉の存在も、もっと前から知っている。どういうことになるか分かってるさ。それで敢えて、化け物と渡り合う道を選んだ。まあ、偏屈な野郎だ。お前さんと同じだろ」

 完全に否定は出来ないが、偏屈者と一緒くたにされるのも抵抗がある。

 俺はテーブルの上で両手を組み合わせ、少し身を乗り出した。

「ヴォルフ。監督者は俺でなくてもいいんじゃないか? たしかにアトランヴィルの〈異法者〉は数少ないが、俺より息の長いベテランなら、他にもいるだろう。グレンはどうだ? 彼の方が適任だと思うぞ。ダーシーは?」

 どうにかヴォルフを思いとどまらせようと、実力があって名も知られた同業者を幾人か挙げていった。が、ヴォルフはその誰にも首を縦に振らなかった。

 ヴォルフがかたくなに俺の意見を聞き入れないのは、結論を変えるつもりがさらさらないからだ。ヴォルフは俺以外の候補者を、頭に思い描いていないのだ。

 こうなると、俺がどうこう言ったところで、ヴォルフの考えが覆されることはないだろう。

「なにもボランティアでやれって言ってんじゃねえ。コーチング代ははずんでやるぞ」

 太い眉の片側だけを吊り上げるヴォルフ。俺はそんな彼を見て、少し大げさにため息をついた。

「俺は他人ひとにものを教えられるようなタイプの人間じゃない。むしろ、どう指導してやればいいのか、こっちが聞きたいくらいだ。誰かに師事して〈異法者〉になったわけじゃないんだから」

 ヴォルフは面白がるような表情で、俺の言い訳を聞いている。いや、聞き流している。

 俺は最後の足掻きのつもりで、拒否の意思を無言で表した。しかし、ヴォルフはまったく動じない。

 これ以上は無駄な抵抗か。

 やれやれ、まったく。今度は心の底からのため息を吐いた。

「あんたから返ってくる言葉はもう分かってるが、俺の自尊心のために一度は言わせてくれ。『断る』」

「駄目だ、やれ」

「………………分かった」

 承諾の言葉を口に出した俺は、テーブルに突っ伏して頭を掻き毟った。

 この俺が、後進の指導にあたるだと?

 表の世界にいた頃にだって、まるで出来ていなかったのに。

 急激にヤニが恋しくなった俺の片手は、無意識にジャケットの内側に差し入れられた。

「拳骨喰らいたくなきゃ、その手を出しなバージル」

 すかさず放たれたヴォルフの一言で、俺は我に返る。店内は禁煙だった。

 煙の補給も出来ず、憂鬱で顔をしかめる俺に、ヴォルフは口調をちょっとだけ和らげ、なだめるように言った。

「なあバージル。俺は、お前さんが他人の頼みを断りきれねェお人好しだからって理由で、今回の話を持ち出したわけじゃねえぞ」

「少しは打算もあったんだろう?」

「まあな。だが、適任者はお前さんしかいねェと判断したからこそだ。グレンもダーシーも有能なワーカーだが、あいつを任せるにゃあ不安がある」

 ヴォルフは首を少し傾け、カウンターの様子を探った。

「あいつは危なっかしい奴なんだ。ちゃんと見ててやらねェと、一人でどんどん行っちまう。命を落とす方向にな。俺はあいつを、つまらねェ理由で早死にさせるわけにはいかねェんだよ」

 俺は奇妙な心持ちで、ヴォルフを見つめた。

 ヴォルフは不器用だが、人情に厚く面倒見がいいので、裏でも表でも、多くの信頼を寄せている。彼は公平な人物であり、特定の誰かに必要以上に肩入れすることはほとんどない。

 そんなヴォルフ・グラジオスだが、カウンターで一人所在無げに座る若い新人は、かなり気にかけている様子である。ただの顔見知り程度の思い入れではなさそうだ。

「何かあったのか?」

 声を潜めて訊いてみる。答えてくれる可能性は低いと見ていたが、ヴォルフはゆっくりと口を開いた。

「あいつは以前、ラッズマイヤーの部下だった。奴に大切な人を奪われたんだ」

 その男の名を聞いて、俺は目を細めた。

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