第3話 記憶の欠片と、裏切りの剣

 夜。

 闇の底で、誰かが俺を呼んでいた。


> 『目を覚ませ、我が主。封印は崩れ始めている――』


 その声に導かれるように、俺は手を伸ばした。

 けれど掴んだのは、冷たい風だけだった。


 目を覚ますと、寮の部屋は静まり返っていた。

 ただ、胸の奥がずっと疼いている。

 まるで何かが目覚めようとしているように。


「……なんなんだ、俺は。」


 鏡に映る自分の瞳が、一瞬だけ赤く光った気がした。



 放課後の屋上。

 咲希が携帯型の魔導通信機を開くと、聖教会本部の紋章が浮かんだ。


> 『報告を。対象の覚醒状況は?』


「……魔力反応、上昇傾向。封印は確実に弱まっています。」


> 『では、討伐の準備を進めろ。』


 通信が切れる。

 咲希は目を閉じ、風に顔を向けた。


> 「……でも、彼は……優しい人なんです。」


 その呟きは、夜風に消えた。


---


 一方その頃、校舎裏の旧礼拝堂。

 リリカが魔法陣の前で祈るように立っていた。

 その背後から、エリカが現れる。


> エリカ:「……彼の封印、完全に解けかけています。」

> リリカ:「わかってる。でも、あの人を“魔王”に戻すわけにはいかない。」

> エリカ:「では、いずれ殺す覚悟はありますか?」


 リリカは沈黙した。

 その横顔は悲しみと決意の狭間にあった。



 夕暮れの屋上。

 咲希が一人、フェンスに寄りかかっていた。

 そこへ俺がやってきた。


「最近、よくここにいるよな。」


「うん……風が気持ちいいから。」


 沈む夕陽が、彼女の横顔を黄金色に染めていた。


「ねぇ、レオン君。」

「ん?」

「もしも、自分が“誰かを傷つける存在”だったら……どうする?」


「……傷つけたくない。

 でも、もしそうなってしまうなら――誰にも触れないように生きる。」


 咲希が小さく笑った。

 少し泣きそうな笑顔だった。


「あなたは優しすぎるね。」


 その瞬間、胸の奥で“何か”が震えた。

 風が止まり、空気が重くなる。


 そして――空から光の矢が降り注いだ。


> 咲希:「危ないっ!」


 彼女が俺を突き飛ばし、代わりに光の矢が肩をかすめた。

 空中に聖印の紋章が浮かび、複数の人影が降り立つ。


> 「討伐対象、確認。天城レオンを排除せよ!」


 聖教会の刺客たち。

 その中心に、銀の甲冑を纏った騎士が立っていた。


> 騎士:「魔王ルシフェルの転生体、貴様の存在はこの世界の脅威だ!」



 咲希が剣を構える。


> 咲希:「やめてください! 彼は――ただの人間です!」

> 騎士:「貴様、情けをかけるのか? 勇者の血が泣くぞ!」


 その言葉に、咲希の手が震える。

 騎士たちが一斉に魔法陣を展開。


「……逃げろ、咲希!」


 俺がそう叫んだ瞬間、体の奥から黒い炎が噴き出した。

 視界が反転し、世界が赤く染まる。


> (……我が名を……誰が呼んだ?)


 意識が溶けていく。

 そして俺の中から、別の“俺”が現れた。


> レオン(低い声):「貴様らが、我の領域に踏み込むか。」


 黒い翼が背中から広がり、風が轟く。

 騎士たちは恐怖で後ずさった。


> 騎士:「な、なんだこの魔力……!」

> リリカ:「ルシフェル様……っ!」


 彼女が駆け寄り、抱きしめるように俺の胸に手を当てる。


> リリカ:「戻ってください、“今”のあなたに!」

> (涙をこぼしながら)「お願い……もう一度、私を“リリカ”と呼んで!」


 その声が、暗闇を切り裂いた。


 黒い翼が崩れ、光が散る。

 気づけば、俺は彼女の腕の中で倒れていた。




 戦いのあと。

 聖騎士たちは撤退し、校舎は半壊状態。

 咲希は傷を負いながらも、俺の手を握っていた。


> 咲希:「……あなたが、魔王……なの?」

> レオン:「……そうらしい。けど、俺はもう……誰も傷つけたくない。」

> 咲希:「……それなら、私はあなたを信じる。」


 涙が頬を伝い、彼女は微笑んだ。


---


 一方その頃、

 崩れた礼拝堂の地下。

 リリカとエリカが向かい合っていた。


> エリカ:「やはり……あなたは彼の覚醒を望んでいたのね。」

> リリカ:「違う。私は彼を“救いたい”だけ。」

> エリカ:「その想いが、彼を再び魔王にするのです。」


 エリカの手には黒い短剣――「影翼の刃」。

 その刃がリリカの喉元に突きつけられる。


> エリカ:「……これが、私の任務です。

>  “魔王を覚醒させる者”を排除すること。」


 リリカは微笑んだ。


> リリカ:「……そう。なら、殺しなさい。

>  でも、彼のことだけは傷つけないで。」


 短剣が震える。

 エリカの瞳が揺れた。


> エリカ:「……あなたという人は、本当に……」


 闇の中で二人の影が重なり、光が消えた。


──第3章・完。

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