殺戮のリリエスー異端を断つ白銀の聖女ー

Aria

幕間⓪【起結】


 話をしよう。

 卑しい少女の、後悔と懺悔の話だ。


 身構える必要は無い。君達は観客なのだから。


 ……私が誰か?


 そうだな。【観測者かんそくしゃ】とでも呼んでくれ。

 それ以外の何者でもないよ。強いて言えば語り手だ。

 他に名前なんて必要だろうか?



 さて、始まりの喪失の話をしよう。


 どんな話か?

 少女にとって、世界より大事な――失ってしまったものについてだ。


 君たちにとっては大したものでは無いのかもしれない。

 だがそれは、少女が世界を手に掛けてまでこいねがっていたものだったのだ。


 何よりも尊く、何よりも美しいもの。

 そして、何よりも儚いものだ。



 しかし、幼い少女は知らなかった。


 少女が何よりも愛していた『ソレ』は、

 哀楽の知れぬ少女より幾分も脆く、

 一度失ってしまえば、二度と手の届かぬ所にあるという事を。


 ふふっ、不幸とは唐突に降ってくるものだよ。

 まるで鳥が排便でもするかのように、ね?



 悪意は分散し、瞬く間に平和を飲み込んでいくものさ。

 真実を知れば、君は耐えられないかもしれない。


 ……だけど、どうか覚えていて欲しい。


 これも、ひとつの愛なのだよ。



 さて、少女は一人、果敢に立ち向かったさ。


 迫り来る終焉にただ独り、

 全ては愛する平穏の為に。


 だが、その顛末は残酷なものだった。


 決して誰も悪くはなかったのだろう。

 ただ、少女の力不足だっただけのことだ。

 一体、誰が彼女を責められようか。



 そうして降りかかった不幸によって、少女は全てを失った。


 平穏を享受する者達は彼女を残して灰に。

 残された少女は、ひたすらに己の無力を悔やんだ。


 悔やんで、悔やんで。

 それでも満たされることのない少女は、

 懺悔以外に歩む道はなかったのだ。



 ……友よ。教えてはくれないか?


 神がもっと慈悲深くあらせられたのなら、

 嘗て君は同じように、全てを失わずに済んだのだろうか?


 ……なんて、ね。

 請うべき神さえ、君は殺したんだ。

 なら、それが答えなのだろう。



 では友よ。もう一つだけ教えて欲しい。


 君の望む『平穏』とやらは、

 どうして君を修羅の道へと追い込んだのだ?


「何故、私を置いていってしまったのか?」


 私はね。

 ただ、君が普通の少女のように、穏やかに幸福を謳歌していてくれれば、それで良かったのだよ。


 そうしたなら、私もこの手を掴まずにいられた。

 君を望まずにいられたというのに。



 ……さて、結末の話をしよう。


 なんのことか?

 少女が世界を裏切ってまで成し遂げた懺悔の話だ。


 ふふふ。嗚呼ああ、実に嘆かわしい。


 何故、誰も彼女の理想を受け入れられなかったのだろう。

 家族を殺した。同胞を手に掛けた。そして、挙句には友を。


 全てを失ってなお、彼女の歩みは止められなかった。



 こうして少女の手によって、一つの世界は終わりを告げたのだ。


 もう、誰も彼女の平穏に異を唱えることもない。

 宿願は叶い、理想郷は成った。



 おめでとう、そしてありがとう。


 私を、私だけを連れてきてくれて。



 ——だが、友よ。


 果たしてそれが君の願いだったのだろうか?

 君が渇望した『平穏』とは、そんなものだったのだろうか?


 あぁ、すまない。

 そんなこと、今更聞いても栓の無いことだ。


 何故ならこの世界は、既に腐り切っているのだから。



 そうだろう?


 だから君は、生きとし生けるあまねくを殺めたのだから。



 ならば、せめて私だけは君を赦そう。

 その罪も、後悔も。

 ただ一人、私だけを殺めなかった事も。


 せめて、私の腕の中でだけは、君に平穏を齎すと約束しよう。


 君がその役目を投げ捨てたいと願うなら、そうすればいい。

 私が叶えてあげよう。

 また贖罪を求めて破壊し尽くす事もないのだ。



 だが、酷なことに君はそれを望まないだろう。

 最後まで、私の気持ち一つにも気が付かないのだから。


 故に君の歩みには鮮血が伴う。

 君ある所に死が生まれる。



 平等なる屍を踏み越え、

 死体の山の上にて独り泣き叫ぶ。


 君の名は殺戮。


 殺す事でしか罪を償えない者。

 ただ一つの理想を追い求め、

 無窮の怨嗟を生み続ける者。



 だから、どうか憶えていて欲しい。


 これから君が歩むのは、


 後悔と懺悔と——


 


 「愛の話だ。」

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