第10話 観測者たち

海から現れた潜水艦の乗組員たちは、無言だった。

彼らはゆっくりと港に歩み寄り、救助に駆けつけた隊員たちに何も語らず、ただ静かに立ち尽くしていた。


だが、彼らの瞳は違っていた。

人間のそれではない。

冷たい光を宿し、感情の揺らぎが一切ない。

まるで、何かを“記録”しているような眼差しだった。


「彼らは……観測者になった」


石川は、報道映像を見ながら呟いた。

田中も隣で画面を見つめていた。

乗組員たちは、まるで人間の“ふり”をしているようだった。

動きは滑らかで、言葉も発するが、その内容は空虚だった。


「彼らは、模倣している。人間の行動、言語、表情……だが、そこに“意味”がない」


田中は、研究者の言葉を思い出していた。


「魂は、器から引き剥がすことが可能だ」


つまり、乗組員たちの“魂”は、すでに消失している。

残っているのは、器だけ。

そして、その器を使って、彼らは人間社会に“溶け込もう”としている。


数日後、世界各地で同様の報告が相次いだ。

沈黙していた潜水艦が次々と浮上し、乗組員たちが地上に現れ始めた。

彼らは病院に搬送され、検査を受けたが、すべて正常。

だが、誰もが同じ違和感を訴えた。


「彼らは……見ている。話しているようで、何も伝えていない」


石川は、政府の緊急対策会議に呼ばれた。

彼女は、佐藤の事例をもとに、現在の状況を説明した。


「彼らは、観測者です。人間の“個”を模倣し、社会に入り込むことで、次の段階──“融合”──への準備を進めています」


会議室は静まり返った。

誰もが、その言葉の意味を理解していた。


「つまり……彼らは、もう“侵入”を終えている」


田中は、施設の屋上に立っていた。

海を見下ろしながら、脳内に響く声を待っていた。


そして、静かに届いた。


「融合の準備は整いました。次は、選定です」

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