アストラリス:無力と出会い

「魔法が星のように輝く世界で、

ひとりの小さな少女の勇気が試される――」

✧──────────────────────────────✧

 


昨日の激しい訓練の疲れも癒えぬまま、

今朝、アストラリスの生徒たちは新たな試練に向き合っていた――

それは「魔法訓練」だった。


広々とした訓練場には、整列する生徒たちの姿。

その中で、ミラは緊張した面持ちでローブの裾をぎゅっと握っていた。

やがて、はっきりとした足音と共に一人の女性教師が姿を現す。


「えへん! 全員そろっているわね?

今日はみんなの魔法の基礎力を試す日よ。

失敗を恐れないこと――アストラリスでは、失敗さえも輝きになるのだから!」


彼女――教師のヴェガは、長いテーブルを指さす。

そこには、星の光を宿したような魔法の杖がずらりと並んでいた。

生徒たちは一人ずつ前に出て、それぞれの杖を手に取っていく。


ミラの番が来ると、彼女は震える手でおそるおそる杖を取った。

まるで落としてしまいそうなほどに、慎重に。


全員が取り終えると、ヴェガが声を張り上げた。


「さて、よく聞きなさい!

これから一対一の模擬戦を行います。

相手が『降参』するまで攻撃を続けること――

それが皆さんの魔力量を測る基準です。

ただし安心して。杖には出力制限が施されているし、

結界も張ってあるわ。怪我の心配はないわよ!」


「はーい、先生!!」


「よろしい。では最初の組、アレクサとシリウス! 前へ!」


二人の生徒が堂々と中央へ進む。

ヴェガが杖を掲げると、透明な魔法障壁が周囲を覆い、

青白い光を反射して星空のように輝いた。


「準備はいい? いち、に――」


杖が高く掲げられる。

模擬戦開始!


水と炎がぶつかり合い、

閃光のような魔力の火花が宙を走る。

ミラは息を呑みながら見つめ、鼓動が速くなる。


数分後、水は炎に飲まれた。


「勝者、シリウス! 火の制御は安定していたわ。

アレクサ、集中力をもっと高めなさい!」


次々と戦いが繰り広げられ、

観客席は歓声と魔力の爆音で満たされた。

そして――


「次、ミラ!」


その名が呼ばれた瞬間、

ミラの足取りが一段と重くなった。

中央に立った彼女の前に現れたのは、

まるで生きた岩のような巨体の男子生徒だった。


「相手、あの子?」

「かわいそうに……あんな大男と?」

「勝てるわけないよな……」


周囲の囁きが耳に刺さる。

男は鼻で笑い、ミラを見下ろした。


「はっ! 相手が子どもだと? 先生、システム間違ってんじゃねぇの?」

「間違ってないわ。これは訓練、戦争じゃないの。」

「チッ。」


杖が掲げられ――

試合開始!


巨大な火球が立て続けに放たれ、

ミラは慌てて逃げ回る。

息が荒く、額に汗が流れ落ちる。

(炎が……速い……息まで焼けそう……)


「おいガキ! 逃げてばっかか? さっさとかかってこい! ハハハハ!」


震える手で、ミラは杖を構えた。

空気が一瞬にして冷たく変わる。

杖の先から、小さな氷の粒が生まれ――儚くも美しく輝いた。


「――っ、いけぇぇぇ!!」


氷と炎が衝突。

轟音と共に煙が立ちこめる。

ミラは咳き込みながら前を見ようとする――その瞬間。


巨体の影が目前に迫っていた。

杖の先が彼女の顔を指す。


「――ストップ!!」


ヴェガの声が響き渡る。


「訓練終了! 二人とも退場!」


男は舌打ちしながら去っていった。

ミラはその場に座り込み、震える手を見つめる。


(わたし……一撃も……当てられなかった……)


彼女の心に、静かに「無力」という言葉が落ちた。


***


夕暮れのアストラリス。

空が紫に染まり、訓練を終えた生徒たちが寮へと帰っていく。

静かな廊下に、ミラの足音だけが響いていた。


「はぁ……今日は最悪。

どうして、私はこんなに弱いんだろう……」


うつむいたまま歩いていたその時。

廊下の先に、見覚えのある三つの人影が見えた。

橙色の髪をした青年と、二人の女性――。


「みんな!」


三人が同時に振り向く。


「ミラちゃん?」ユキナが驚く。

「あら、ミラちゃん?」リリアナが微笑む。

レンジは無言で見つめていた。


「どこ行くの?」

「図書館よ、ちょっと用事があってね。」ユキナが答える。


「そ、そうなんだ……あの、みんな服が違うけど?」

「私たち、実習中の教師なの。」リリアナが優しく説明する。

「えっ!? せ、先生!? ご、ごめんなさいっ!」

「気にしなくていいわ。」レンジが淡々と返す。


「ねぇ、ユキナが言ってた“オレンジ人間”ってあなたのこと?」

ミラが無邪気に尋ねると、レンジがピタリと動きを止めた。


「ユキナ……今なんて言った?」

「えっ、それは……うっかり……」

「理由を聞こうか?」

「だ、だって昨日リリィを放って帰ったんだもん! ムカついたの! 文句ある!?」


「はぁ……。次から変なあだ名つけるな。」

「アハハ、危うく第三次世界大戦だったわね。」とリリアナが笑う。


ミラはその光景を見て、胸の奥が少し温かくなった。


「ミラちゃん、あの時の試合、見てたよ。」ユキナが静かに言う。

「えっ……どうして?」

「偶然、見かけたの。」

「……そう、ですか……」


ミラの瞳に涙が滲む。

ユキナは柔らかく微笑んだ。


「でもね、君はもう十分すごい。

怖くても立ち向かった。それだけで立派だよ。」


「……ユキナさん……」


「それなら、私たちが少し教えてあげようか? 魔法の使い方。」


「えぇっ!?」レンジがすぐ反応する。

「何か問題?」ユキナが目を細める。

「ほ、本当ですかっ!?」ミラが顔を輝かせた。


「もちろん! この子に教えるの楽しそうでしょ?」

「ええ、ぜひ。」リリアナが微笑む。

「……好きにしろ。」レンジはそっぽを向きながらも、口元に小さな笑みを浮かべた。


「ありがとう……ございますっ。」


「じゃあ改めて自己紹介ね!

私はアキラボシ・ユキナ、ユキナって呼んで!」

「私はリリアナ・ツバキ、リリィでいいわ。」

「レンジ・アカマツ。レンでもいい。」


「ミラ・ユキハナですっ! よろしくお願いします、ユキナさん、リリィさん、レンさん!」


「じゃあ行こっか、もうすぐ怒られるし!」

「ミラ、授業に遅れないようにね?」

「は、はいっ!」

「じゃあね~!」ユキナが手を振り、三人は去っていく。


ミラはその背中を見送りながら、

そっと深呼吸をした。


胸の奥にまだ残る悔しさと無力さ。

けれど、今日は――


(少しだけ、明日は……優しい日になるかもしれない。)



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