第15話 キャラクターの矜持
「学ぶ機会がなかったのならば仕方あるまい。よかろう、教えてやる」
最初から素直に教えろよ。
ゴホン、とわざとらしい咳払いを挟み、ウサギは語る。
「と言っても、貴様の言った内容は大まかには間違っていない。アリスは喋るウサギ――つまり私を追いかけて、不思議の国を訪れる。ウサギを見失ったアリスだが、様々な不思議の国の住人と交流し、不思議な体験をしながらも、ハートの女王のところまで辿り着く。そして――げぶぁ!?」
「この女王様が凄く怖い人だったのよ!」
俺の隣に座っていたはずのアリスが、喋っていたウサギを突き飛ばして引き継いだ。
そこまでして喋りたかったのか?
「私がこの世界に来た時、いろんな人に道を教えてもらって、ハートの女王のところに辿り着いたわ。でも私、なんだか女王を怒らせちゃったみたいなの」
その時のことを思い出してか、しゅんとするアリス。
まぁ女王を怒らせたら怖いし、落ち込むよな。
「それは悪いと思っているわ。でも、すぐに首を刎ねよって命令して、トランプ兵たちが襲いかかってきたのよ。私は慌ててなんとか倒して逃げてきたけど、そこで分かったの! あの女王様が、皆を虐める酷い人なんだって!」
「オーッホッホッホ! その通りよ!」
公爵夫人は高笑いをすると語り出した。
「あの女、女王だからって調子に乗りすぎよ。なにかあればすぐに誰彼構わず首を刎ねようとする。権力者の風上にも置けないわ」
「そうだ。あの女はとんでもない奴だ!」
今度はハットが泣きながら訴えた。
「奴めっ! 急に歌えと命令した挙句、私の歌の調子が外れているって! 音痴だって!私、リアルでは合唱部だったのに!」
「その時の悲しみで、ハットはハチミツジャンキーになってしまった。これは殺されても仕方ない」
悔し泣きするハットを慰めながら、マーチは怒りのこもった声で言う。
次から次へと、女王の不満が出るわ出るわ。
皆女王が嫌いなのだというのが良く分かる。
時折、それはどうなんだと思わないでもないが――話をまとめるとだ。
「気に入らない奴の首をすぐに刎ねるような奴で、国民全員が恐れていると」
「そうなの! だから私たちが女王を倒して、この国に平和を取り戻すのよ!」
「その通りだ! 奴をぶっ殺せ!」
「革命ですぅ!」
「偉大なるハート王国に真の平和をもたらすのよ!」
アリスの宣言に、場がにわかに色めき立った。
仕方ないことなんだろうが、この熱狂についていける気がしないな。
俺はアリスに突き飛ばされ、未だにソファの脇で倒れているウサギに声をかけた。
「で、アリスの言ってる内容で合ってる感じか?」
「そんな感じ~……」
力なくウサギは呟いた。
まぁ合ってるならいいが。
「なぁ? あれでいいのか? なんか熱くなり過ぎていないか?」
「ふっ、よいではないか。戦いに臨もうというのだ。少しは熱に浮かされていないと戦えまい」
笑うウサギだが、カッコつけれてないぞお前。
パンパンと埃を払って立ち上がり、ウサギは改めて言う。
「ともかく、アリスの話した通りだ。あのいけすかない女王を打倒し、真の平和と自由を取り戻すのだ。それでこそこの国は元通りになる!」
「なるほど。まぁ分かったよ。それしか方法がないなら、やるしかないな。ただその、<役者>のアリスたちは分かるんだ。でも、お前と公爵夫人は本当に参加して良いのか?」
この国の住人で、相手はお前たちの主人みたいなもんだろ?
相当な覚悟がいると思うんだが。
「オーホッホッホ! ――いいに決まっているでしょう。趣味のクロッケーの参加を断ったからって、私は牢屋にぶち込まれたのよ? この公爵夫人に恥をかかせておいてタダで済むと思ったのなら大間違いよ。このクーデターで王族を皆殺しにして、私が天に立つわ」
陽気に見えた公爵夫人は、眉間に筋を浮かせて冷たく言い放った。
それに続き、へっ、とやさぐれたようにウサギは鼻を鳴らす。
「ちょっと遅刻した程度でいちいち首を刎ねられてたまるかっ。やられるくらいならこっちからやってやるわっ!」
「それは普通に不敬じゃないのか?」
相手は女王で、お前は召使いなんだろ?
召使いが遅刻とか言語道断じゃ?
「お前なりに私たちを案じてくれるのは分かる。だが心配は無用だ。エンディングさえ迎えれば、どうせ全て消えるのだから」
「そうなのか? まぁお前がそう言うなら……」
――ん?
待て、今、何て言った?
「どうしたのだ? そんないつも以上に間抜けな顔をして」
「誰が間抜けだバカウサギ。聞き間違いか? お前今、消えるって言わなかったか?」
「言ったぞ。全てが光となって消える」
「全て……えっ? いや待て! 全てってどこまでだ!?」
「だから、全てだ」
当然だろうと言わんばかりに、ウサギは平然と続けた。
「この世界その物。私たちという存在。エンディングを迎えて終わった物語は、その時点で全てが光となって消えるのだ」
「そんなっ……聞いてないぞ!? 何でそうなる!」
「所詮この世界は泡沫の夢、ということなのだろうな。そして消えるのはそれだけではない。<役者>として呼ばれた者たちはこの世界での体と記憶を消して、現実に帰ることになる」
「嘘だろ? 体はともかく、記憶って……」
ってことは、目覚めたらわけも分からず数年が経過しているってことになるよな?
それはその子たちにとって、とてつもないパニックになるんじゃないか?
「間違いないのか? なんで分かるんだ?」
「これも世界はそうあるもの、と私たちが自然と理解している知識の一つだ。間違いないだろうが、なぜかは説明出来んな」
「そうなのか……その、記憶はどうにかならないのか? 目が覚めたら混乱する奴らがいると思うんだが」
「方法はあるかもしれんが、私は知らんな。それにだ、記憶に関しては悪いことでもないだろう?」
目を伏せながら、ウサギはどことなく寂しそうな笑みを浮かべた。
「この世界に引き摺り込まれな者の中には、酷く傷ついた者もいるはずだ。悪夢を忘れられると考えれば、むしろ願ったり叶ったりではないか?」
「それは……いや、そうだな」
一概にそうとは言えないかもしれない。だが、そんなこと俺たちには分からない。
現実に戻って動揺するかもしれないが、この世界での絶望を忘れられるなら、その方がいいのかもしれない。
「だけど、お前たちは良いのか? 存在が消えるんだぞ?」
もちろん嫌だと言われても、俺たちが現実に帰るために、やらないという選択はない。
しかしこれは、こいつらを殺す行為に等しい。
おかしな奴らだが、消えて欲しいと思うほどではない。そんな奴らを犠牲にするようで、俺は罪悪感が湧いた。
しかし、公爵夫人はそれを見抜いているかのように、高笑いを上げた。
「オーッホッホッホ! 余計な心配ですわっ! この世界は物語の世界! そして私たちは物語の登場人物! ――いいこと少年。物語はね、終わるのが当たり前なのよ」
まるで微笑ましいものを見ているかのように、公爵夫人は語った。
陽気でちょっとした変人に思っていたが、この瞬間の彼女は、立派な大人に見えた。
そして、彼女の発言を肯定するように、ウサギもまた頷いた。
「金目当ての引き延ばし連載など死んでもごめんだ。終わるのならむしろ本望。無駄に長く続いた凡作より、短くとも人の心にいつまでも残る傑作を。それが私たち、
胸を張る二人には、憂いの感情など欠片もない。
そうあることが当然であると、その姿で語っていた。
終わることを肯定する姿勢。物語の登場人物、その誇りを確かに見た。
【作者の一言】
なお作者は金の為に一話でも多く引き伸ばす覚悟でいるもよう。
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