第14話 嬉しいような、情けないような

「さて。これで貴様自身の力の使い方は見つかったな。それも中々有用な力だ。お荷物かもしれんと思ったが、思わぬ幸運だったな」

「誰がお荷物だ。でも、そこまでの力か?」


「ああ。先ほどのコックを見れば分かるだろう? ただの調理作業でさえ、明らかにおかしな効果が出ていた。身体能力の強化に加え、能力自体が拡大している印象だ。もしそれが戦闘に使われたとしたら、どれほどの力になるか予想もつかん」


 自覚はなかったが、どうやら思った以上の力みたいだ。

 足手まといにはならずに済むようで何よりか。


「俺自身戦えないのは悔しいけどな。皆だけ危ない目に遭わせて、自分だけ後ろに下がっているのも」

「そんなことはないわ! 皆がそれぞれ、できることを頑張ればいいのよ!」


 目を伏せる俺の前に、ヒョコリと顔を出してアリスは言った。


「お兄ちゃんの分まで、私が戦ってあげるわっ! だから、お兄ちゃんは私を応援してね! お兄ちゃんが応援してくれるなら、私はどこまでも頑張れるんだからっ!」

「……ああ、分かった」


 底抜けに明るいアリスの笑顔を見ていると、なんだか落ち込んでいるのがバカらしくなってくる。

 釣られて二人で笑い合う。単純だが、これだけでなんとかなるような気がしてきた。

 そして、ウサギは水を差す。


「勘違いしているところを悪いが、貴様が安全な位置にいる事はないぞ? その力も対象が見える範囲にいなければおそらく発動するまい。つまり戦わないとはいえ、貴様も危険な最前線に出なければならない。戦う力がない雑魚の分際でな」

「そ、そうか……そういうことになるのか……」


 あのトランプ兵達に襲われた時みたいな、戦場を……。

 そう考えるだけで、いつの間にか口の中が乾いていた。


 いや、前に出るのはいいんだ。むしろ望むところだったんだから。

 でも、俺自身は戦うどころか、守ることもできない。その状態で前に出るのは……。

 あれ? もしかして俺、誰よりも危ないんじゃ。


「だ、大丈夫よっ! お兄ちゃんは私が絶対に守るからっ!」

「そ、そうだなっ! 頼むぞアリス! 俺も応援するから! 信じてるからなっ!」


「信じて――ええっ! 私に任せてっ! お兄ちゃんを襲う奴らはぶっ殺してでも守り通してみせるわ!」

「いや、殺すのはやりすぎかな……」


 むふー! と鼻息荒くやる気満々なところ申し訳ないが、進んで殺しにかかるようなアリスになって欲しくはない。いや仕方ない時もあると思うが。ほどほどで頼む。


「問題なのは、推定妹の力であるその栞だな」

「こいつか。この力も使えるってことか?」

「うむ。他ならぬお前に送られた力だ。間違いなく使えるはず。ただ――」


 ウサギは見透かすように、じっと栞を見つめる。


「お前は力を戦う形に変換できないが、その栞は逆に、力が栞の形に固定されている。その力を引き出すには、栞に準じた形にしないと無理だろうな」

「栞に……なるほど……」


 剣を投げたり、弓で叩いたりはできない、みたいな感じか?

 あるいは、ちゃんと規格に合った電池を使うとか。

 この例えが正しいのか分からないが……。


「栞に準じた力ってなんだ?」

「さあな。お前の解釈次第でいくらでも姿を変えるだろう。故に、どんな力にするかは自分で決めろ。というかそこまで構ってられん」


 大事なところで薄情なウサギめ。

 

「ただ助言するならば、力の形を決めるのは慎重にしたほうがいい。巨大な力だからこそ、一度形が定まったら変えるのは難しい」

「ますます決め辛いことを……」

「はっはっは。悩め悩め。まぁいかに巨大な力といえど、栞では戦闘向きの能力になるとは思えん。お前の応援の力で十分に役に立つ。急務ではないのだから、じっくり考えればいい」


 そうか。ならそうするか。

 すぐに思いつける気がしないし、一度しか決められないんだからな。後悔しないようにしたい。


「さて。誠の力に関してはこのぐらいでいいだろう。話を元に戻そう。我々レジスタンスの目標。この世界を解放する手段についてだ」

「誰もが認めるエンディングを迎えること。そしてこの世界の場合、圧政を敷く女王の打倒がそれになるんだよな。で、改めて聞くが、そのエンディングで間違いないのか?」


「そうだな。不思議の国のアリスのあらすじ知っているか?」

「いや、ちょっと自信ないな。アリスが不思議の国に行って冒険するってくらいしか」

「はぁ。その程度しか知らんのか? お前は学校で何を学んできたのだ?」


 学校でアリスは学ばねぇだろ……。

 タイトルだけ知っていれば一般常識としては十分だろうが。むしろストーリーの中身全部を知っているやつのほうが珍しいわ。


「悪かったな。こちとら中卒なもんでね。学びたくても学べなかったんだよ」


 軽い気持ちで、自虐的な返事をする。

 本当に狙った訳ではないのだが、予想以上の効果が出た。


「えっ」


 慇懃無礼なウサギらしからぬ、愕然とした表情だった。

 いつの間にか、部屋中が静まり返っていた。


「……ふ、ふーん? お前、中卒なのか。な、なんだ、そんなに勉強が嫌いだったのか? いくらなんでも思い切りすぎではないか? 今時中卒など、特に日本ではまともな仕事にも就けまいに」

「仕方ねぇだろ。親が事故で死んじまったんだから」

「あっ」


 また、ウサギは言葉を止める。


 そんな気まずそうな反応するな。まるで俺が悪いみたいだろうが。

 でも、今さら不自然に話題を変えるのもな。


「その半年後くらいに結衣まで眠って、治療費のことがあったからな。親の遺産を食い潰すことになるから、俺も進学を諦めたんだよ。だから勉強したくてもできなかったんだ」


 ……なんか言ってて落ち込んできた。

 辛いのは確かだけど、今は結衣を助けられる希望が見えているんだ。落ち込んでいる場合じゃない。割り切れ。


「そ、その……なんだ……ごめん」


 いや、マジで謝るな。余計に俺が可哀そうになるだろうが。

 お前のクソみたいな態度はどこに行ったんだ。


「お兄ちゃん……可哀想な人だったんだね……」

「ママもパパも生きている私達は、幸せだったんだ」

「今時、高校にも行けないなんて……哀れなお兄ちゃん……」

「やめろクソガキども。トドメを指してくるな」


 こんな小さいガキにまで同情されようとは。


「大丈夫よお兄ちゃん! 学歴が全てじゃないわ!」

「その通りだぜ兄ちゃん! 学歴なんかどうでもいいじゃねぇか!」

「オーッホッホッホ! だけど現実はまだまだ学歴が全てですわー!」


 だからトドメを刺してくるな。

 抗議しようとしたところで、キッチンからコックが出てくる。片手にはトレイをのせ、その上には新たなティーセットが置かれていた。


 そしてなぜか、コックは苦痛を我慢しているかのような、強張った表情をしていた。

 そのティーセットをテーブルに下ろし、俺の前にティーカップを置く。そしてコック自らの手でお茶を入れようとしてくれた。


「――ッ! ――ッッ! うっ……ふっ……ッ!」

「おっ、おい! 大丈夫か!」


 しかし、そんなコックの様子は普通じゃない。


 ブルブルと体が震え、今にもお茶をこぼしそうだ。ギリッ、と歯ぎしりの音が聞こえる。その際に唇を切ったのか、口端から血が流れていた。


 顔色は白くなり、今にも卒倒しそうなほど。それでもなんとかコックはお茶を入れ終える。

 そのまま脇に置いてある砂糖へと右手を伸ばし――それを抑え込むように左手で掴んだ。


 まるで自分の手ではないかのように、右手は砂糖を求めている。それを力ずくで胸元に押さえつけながら、コックは逃げるように厨房に走っていく。


 そんな異様な光景を俺は呆然と見届け、入れてくれたお茶に目をやる。

 まずいのは分かっているんだが……あそこまで必死になっていれてくれたお茶なんだよな。そう思うと、俺は自然とそのお茶を口にしていた。


「――美味い」


 美味い……美味いぞ!?

 お茶が美味いっ!!


「バカな!? コックがまともなものを出しただと!?」

「嘘だろ!? コック、お前スゲェよ!」


 ウサギとパピーが驚愕してコックを見る。

 コックは満身創痍ながらも、やり切った表情で壁に背を預けていた。

 そんなコックを見て、ウサギはまた唸った。


「<役者>の呪縛を跳ね除けるとは……そこまでして誠を励ましたかったということか。誠、お前は幸せ者だなっ!」

「嬉しいけど、どんだけ憐れまれてんだ俺は」


 情けなくなってくるわ……。


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