第4話 幻夢録
「ここは夢の世界だ。だが、現実でもある」
「だからどっちだよ。とんちか」
「ええいっ! いいから黙って聞け! ややこしくなる!」
正直、やっぱり夢なんじゃないかと馬鹿馬鹿しく思えてくるが……。
このウサギは何やら詳しそうだし、まぁ聞いてやるか。
俺は胡坐をかき、聞く体勢を作る。ウサギは満足そうに頷き、話を続けた。
「貴様が現実世界の人間ならば、知っているだろう。世界中の少女が眠りに就いている事を」
「当然だ。それこそ知らない奴なんていないだろ」
「その眠りに就いた少女達の集合無意識で作られた世界。それがこの
集合無意識? 難しいことは良く分からないが……。
「……ここは夢の世界って言ったよな? そしてアリス症候群の患者の意識が集まってるって。まさかと思うが、アリス症候群の患者が目覚めないのは、この夢の世界にいるからってことか? 意識がここに在るから、眠り続けている?」
「そういうことだ。よく理解したな――ぐぇ!?」
考えるより先に体が動き、俺はウサギの胸倉を掴んでいた。
こいつが……こいつのせいで!
「どういうことだ! まさかお前が関係しているのか!? そうなのか!?」
「ちっ、ちがっ……落ち着けっ……話を聞け……!」
怒りで体が震えてくる。だが、俺はそれを何とか押さえつけ、ゆっくりと手を放した。
ゴホゴホとせき込みながら、ウサギは不機嫌そうに続ける。
「まったく、親切で教えてやろうとしているのに、乱暴な奴だ」
「いいから続きを話せ。蹴っ飛ばされたいか?」
「わ、分かった。分かったから落ち着け。貴様の予想通り、アリス症候群の患者は皆、この世界に閉じ込められている。この世界から脱出すれば、現実の少女達も目覚めるだろう」
「目覚める……そうか……そうかっ!」
いても立ってもいられず、俺は改めて遠くの景色を見渡した。
ピンク色の空。喋る草花や岩、そしてウサギ。どれもこれも現実ではありえないものしかない。
見れば見るほど奇妙な世界だ。だけど――この世界のどこかに結衣がいる。
ここから連れ帰れば、結衣が目覚める! 結衣を助けることができる!
そう思うと、頭の中のもやが一気に晴れた気がした。
「まぁ、ここに貴様の妹がいるとは限らないけどな」
「ああん!?」
俺は再びウサギの胸倉を掴んで持ち上げた。
「おい! どういうことだ!? さっきは全員いるって言っただろうが!」
「だから落ち着け……! ちゃんと話すから……!」
無理矢理でも吐かせてやりたくなるが、落ち着け。結衣の情報を集めるためだ。
ウサギはまた咳込むと、苦しそうにしながらも続けた。
「いいか? グリモニアは夢の集合無意識の世界だ。とはいえ、世界中の少女達の意識が集まって構築されているのだ。幾千、幾万の少女の意識が混ざりあった世界が、そんな簡単に保てると思うか?」
「それは……難しいのか?」
「当然だ。些細なことでバランスが崩れ、世界は崩壊する。そうならないように、グリモニアは管理できる容量でいくつもの世界に分けて隔離し、それぞれでこの世界を保っている。いうなればグリモニアとは、数多の世界を内包した世界なのだ」
数多の世界を内包した世界。
と、いうことは――
「結衣がいるとも限らないってのは……」
「貴様が今いるこの世界に、妹がいるかは分からないということだ」
そんな……せっかく結衣を目覚めさせる方法が分かったというのに。
いや、待てよ。
「この世界にいないっていうだけで、夢の世界のどこかにいるのは間違いないんだよな? だったら、この世界を出て探しに行けば――」
「無理だ。言っただろう? 世界はそれぞれ隔離され、閉じ込められている。基本的には他の世界に渡る方法はない」
「ふざけんな! じゃあ諦めろってのか!? ここまで来て諦められる訳ないだろ!」
ここで諦めたら、それこそ結衣を助けることはできなくなる。
そんなの認める訳にはいかない。
「だから話はちゃんと聞け。基本的には、と私は言っただろう?」
「ということは、あるんだな? 世界を渡る方法が」
うむ、とウサギは小さく笑った。
その言葉を待っていた、とでもいうように。
「他の世界に渡る方法はただ一つ。それはこの世界のエンディングを迎えることだ」
「エンディング? なんだそりゃ?」
「グリモニアの中にある独立した世界はな。よりその存在を確かにするために、物語という形をベースにして構築されているのだ。誰もが知るような物語――童話や御伽噺をな。この世界は少女たちの無意識の集合体の世界。であるなら、共有できる知識であれば、お互い認識して補完し合えるだろう? そうして強固に世界を保っているのだ」
童話に、御伽噺か。また突飛な話が出てきたな。
でも、本当にそんなことができるのかは分からないが――
「だから花が喋ったり、空がピンクだったり、ウサギが喋ったりするイカれた世界になっているのか」
「そういうことだ。特にこの世界は、原作の世界観という意味では特にイカれ……おい誰がイカれウサギだ。ぶっ飛ばすぞ」
言ってねぇよ。
内心ではそう思っているが。
「まぁ、そう簡単にできる話ではないがな」
「は? どういうことだよ?」
「そういった風にできているのも、この世界から少女たちを逃がさないようにするためだ。物語である以上、終わりというものがある。だが逆に言えば、エンディングを迎えない限り世界は保ち続ける。そうやって各世界には物語が終わらぬよう、鍵を掛けられているのだ。その鍵に当たるのが、物語の改変だ」
物語の改変?
それはつまり……。
「原作とは違うストーリーになっているということか?」
「うむ。ここに限らず、どの世界の物語も元の原作から歪んでいる。その歪んだ世界に合わせて、誰もが納得する結末を迎えなければならない。だがな、口で言うほど簡単ではないぞ」
ウサギは息を吐くと、深刻な顔で続けた。
「エンディングを迎えられない理由として、例えば王が悪政を敷いているのが原因ならば、軍勢を潜りぬけて王を殺さなければならないだろう。姫が結婚するのを嫌がっているなら、なんとか説得して結婚させなければならない。民が飢えているのが原因なら、それを解決しなければならない。その世界ごとに理由は様々で、まずはその原因究明をしていくことから始めなければならない」
「それは……思った以上に大変だな」
探偵のように調査から始めなければならないということか。
悪い奴をやっつけて終わり、という単純な話じゃないんだな。
「ああ。そしてさらに言うとだ。何が起きているかも分からない世界を旅し続けることになるのだ。いつトラブルに巻き込まれて死んでしまうかも分からん。自分から首を突っ込むのなら尚更だ。貴様は自分の身を守りながら、その歪んだ世界の核心に迫らなければならない」
「巻き込まれて……ちょ、ちょっと待て。まさか殺されるってことか? というかこの世界でも死ぬのか!? 夢なのに!?」
「当たり前だ。夢の世界だから死なないと高を括るなよ? この世界の死とは即ち精神の死。生きようとする意志の消滅だ。現実の身体もそれに引っ張られることになる」
「まさか、眠ったまま死んでしまった子達って……」
「うむ。残念な話だが、この世界か、あるいは他の世界かで、何らかの理由で死んでしまったのだろうな」
そんな、嘘だろ?
夢の世界ならと甘く見ていたが、それじゃあ現実と変わらないじゃないか。
俺はただの子供で、特別な力も知恵もない。とてもそんなことができるとは思えない。
だけど、それをしない限り結衣は……いや、待てよ?
そもそもコイツ、詳しすぎないか? こんなことを何で知っているんだ?
「お前、なんでそこまで詳しく知っているんだ? まさか本当にお前が黒幕なんじゃないだろうな?」
「それはハッキリと邪推だと言わせてもらおう。私はタダの真摯なウサギ紳士だ。そしてその答えだが、知らんとしか言えん」
「はぁ? 知らんってなんだよ。そんな訳あるか!」
「本当だ。強いて言えば、私は元からこの世界の住人だからだ。この世界に私として存在した瞬間から、そういう物だと理解しているのだ。世界の解放の仕方も。少女たちがどこから連れてこられたのかも。この世界を作り出した何者かがいるということも。知っているから知っている、としか言えん」
……そう言われたら、俺は何も追及できない。
ウサギの言うことが正しいのかどうかも、確かめる方法もないのだし。
「それで、貴様はどうするのだ?」
「どうするって……」
「私を疑うのも結構。それは仕方のないことだ。で、どうする? このままあてもなく彷徨うか? 世界の真実を求めて探し続けるか? それとも妹とやらも諦めて、この世界で生き続けるか?」
――諦める? 俺が、結衣を?
「……諦める訳ないだろ」
このまま放っておいたら、いずれ結衣が本当に死んでしまうかもしれない。
それが分かって、何もしないでいられるかよ。
早く目覚めてくれと、毎日祈っていた。それが無為に終わる日々だった。
仕事にも疲れ果て、同世代の連中を羨んで、憎んで。惨めで辛い毎日だった。
いっそいなくなってくれれば。ほんの僅かでもそう思ってしまったような、最低な兄貴だ。
だけど、結衣を助けるための方法が分かったのなら……ッ!
「結衣の手がかりを見つけて、諦める訳ないだろ! 絶対に結衣は助け出す! たとえ何が相手だろうが、邪魔するなら全力でぶちのめしてやるよ!」
「――いい返事だ。よかろう。ならば私についてくるといい」
ウサギはニッと笑うと、ビシッと襟元を正して言った。
「私は紳士のウサギ。仲間と共に、この世界のエンディングを目指す者だ。目的が同じならば、貴様は私達の仲間になれる。世界を旅するというなら、まずは私達と共にこの世界を解放するところから始めてはどうかな?」
こいつも世界の解放を目指していたのか。
ハッキリ言って、本当にこいつを信用していいのかはまだ分からない。だけど俺はあまりにも、この世界について知らなすぎる。
一刻も早く結衣を助けるために、迷子になっている暇はない。
「朔原誠だ。まだ分からないことだらけだから、ひとまずはお前についていく。お前らが俺を騙していると分かったら、すぐにでも離れるぞ」
「うむ。それでいい。よろしくな誠」
差し出された手を掴み、握手する。
こいつの本心がどうなのかは分からないが、貴重な情報源だ。気になることもあるが、今はついていった方がいいだろう。
「それで、ここは何の世界なんだ? 御伽噺や童話って言ったよな。俺でも知っている世界なのか?」
「詳しくはアジトで説明するが……そうだな、知っておいてもいいだろう。あ~、怒るなよ? 落ち着いて聞くのだぞ? いいか、この世界は――」
パシュッ――ドスッ!
軽く短い音が聞こえたと思ったら、ウサギと俺の狭い間を通りぬけ、何かが地面に刺さった。
それは、一本の矢だった。
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