第5話 武器を持て
これは――矢か?
俺たちの間をすり抜けて、地面に矢が刺さった?
え? もしかして俺、今死にかけた?
「紳士のウサギ! そこを動くな!」
「あっ、やっべ」
突然の矢に混乱している時、思わず竦んでしまうような大声が聞こえた。
ウサギのぼそっとした呟きが気になるが、声のした方を見る。
すると少し離れたところに、こっちに向かってきている集団が見えた。
その集団は、まるでファンタジー映画に出てくるような鎧姿だった。鎧の中央に数字が刻まれ、その周りに数字分の赤いハートが描かれている。
「トランプか?」
直感的にそう思った。数字とハートを揃えているあたり、そうとしか思えない。ハッキリ言ってバカっぽいが、どこかの兵隊か?
その集団の先頭にいる男がクロスボウのようなものを構え、こちらに向けている。
もしかして、俺たちはあいつに狙われたのか?
「ボサっとするな誠! 走れ!」
「おっ? お、おおっ!」
「逃すな! ――ってぇえええ!」
走り始めた途端、兵隊達は次々にクロスボウを撃ち始めた。
雨のように矢が飛んでくる。何本かはすぐ傍を通り、ビュンと風を斬る音が聞こえた。ヒュッ、と恐怖から声が漏れる。
幸い当たることはなかったが、射抜かれてもおかしくなかった。
「おっ、おい! 撃たれてるぞ!? 逃げたからじゃないのか!?」
「バカを言え! 逃げなければあっさり殺されているわ! どの道私たちを狙っているのだアイツらは!」
そ、そうなのか? それなら逃げるしかないが――
「指名手配犯『紳士のウサギ』! 絶対に逃がさんぞ!」
「指名手配犯とか言われてるじゃねえか!? これ狙われてんのお前のせいだろ!」
完全に俺はとばっちりじゃねぇか!
やっぱり大人しく言うことを聞いていた方が良かったんじゃないか?
「戒厳令が敷かれている状況で外に出ているのだ! どのみち貴様も怪しまれて拷問コースだ! それでもいいのか!?」
「うっ!? ご、拷問。それはさすがに……」
受け入れられる訳もない。それならやっぱり逃げるしかなかったのか……?
「隊長! もう一人の人間はどうしますか!?」
「どうなろうと構わん! 逃げるということはウサギと同じレジスタンスの一員だ! 二人とも射抜け!」
「ひゃっほう! 獲物が増えたぜー!」
「おいウサギ! やっぱりお前のせいじゃねぇか! しかもレジスタンス!?」
国に刃向かっているってことか? 俺はその一員だと思われてる? やっぱり騙されたのか!?
並走するウサギに目を向ける。
ウサギはテヘッと笑った。
「メンゴ☆」
「蹴っ飛ばすぞお前!?」
「それよりも、もっと速く走れんか? このままだと追いつかれるぞ」
「もっと速くって……これでも全力で……ッ!」
後ろを伺えば、確かに兵隊達は迫ってきている。あんなに重そうな鎧を着ているのになんて速さだ!
やれやれ、とばかりにウサギは首を振った。
「まったく。最近の子供は体力がないな」
「俺はこれでも……くっ、はっ! 一番速っ……ぜはっ! お、お前だって同じくらいじゃ――」
「私はその気になれば、お前を置いてアイツらを巻けるが、そうしてやろうか?」
「待て! 頼むから置いていくな!」
「なら頑張るんだな。きついだろうが、森まで逃げ込め。そうすれば幾分か楽になる」
森までって……まさかあそこか? まだかなり遠いぞ!
あそこまで逃げろって言われても、追いつかれるんじゃ――
「追いつけるぞ! 行け!」
「はっ! ――串刺しだぜぇ!!」
「撲殺だよぉおおお!?」
「斬らせろその肉ぅ!!」
集団から三人ほど飛び出し、一気に距離を詰めてくる。その手には剣や槍を持っている。確実に殺すつもりか! というかアイツら本当に兵隊か!?
「ウサギ! もうだめだ!」
「まったく。世話の焼ける」
ウサギは首を振ると、懐から何かを取り出した。それはシンプルな作りながら品を感じる、銀の懐中時計だ。
かちゃりと蓋を開けると、ウサギが叫んだ。
「召使に遅刻は許されない。【
すると、懐中時計の針が高速で回り出す。同時に、俺たちの周囲に青い光で同じ時計の模様が現れた。
迫る兵隊達の武器が俺とウサギに当たる寸前、ギュン、と俺たちの速度が跳ね上がる。振り下ろされた武器はそのまま地面に当たり、勢い余って土を跳ね飛ばした。
「おっ――おぉおおおおお!?」
まるで車に乗っているように景色が流れていく。どんどん速くなっていく速度に、俺は言葉にならない声を上げた。
突然足が速くなる訳がない。それも人に出せる速度ではない。宙に浮いている時計の模様を考えると、これは――
「もしかして、俺たちだけ時間が早くなっているのか? ウサギ、お前こんなことができたのか!」
「喋ってる暇があるなら走れ! そう長くは保たん!」
そう怒鳴り返すウサギは先ほどまでと違い必死だ。何らかの力を使っているのか、本当に余裕はないのだろう。
とは言え、あの兵隊達とはもうだいぶ離れている。この速度なら、あと一分もあれば森へ逃げ込むことはできそうだ。これなら焦らなくても――
「――ぶはぁ!」
「え」
ウサギが大きく息を吐くと、周りの時計は煙のように消え、速度が元に戻る。
まさか……もう限界なのか!? そこまで長く使ってないぞ!?
「おいウサギ! 冗談だろ!? あとちょっと頑張れ!」
「ぜひっ、ぜひっ……む、無茶言うなっ。時間に干渉する力が……そんな簡単に……扱えるか……ッ!」
そう言うウサギは、確かに限界そうだった。さっきまで余裕で走っていた姿が見る影もない。
本当に駄目なのか? このままだとあの兵隊達に……!
「何か、何か手はないのか? このままじゃ逃げられない」
「はっ、はっ……仕方ない……誠……こうなったら、貴様が戦うしかない」
「はぁ? 俺が? できるわけないだろ!?」
こんな訳の分からない場所に連れてこられて、この事態を受け入れるだけでも精一杯だというのに。あんな本物の武器を持った持った兵隊と戦う? 無茶振りにも程がある!
「いや、できる。外からこの世界に来た以上、貴様も紛れもなく<
「隊長! 動きが止まりました!」
「逃げ疲れたか! 好都合だ! 逃げもしないならば作戦変更! 包囲せよ!」
兵隊達はみるみると迫ってくる。
どうやら迷っている時間はないらしい。
「戦う力があるって言っても、どうすればいいんだ!? 武器なんかないぞ!」
「武器はこれから作る。ここは夢の世界、つまり精神の世界だ。貴様の精神──戦おうとする意思が、そのまま戦う力になる。心の力と言い換えてもいい。あとはそれを形にするだけだ」
「形にする? 剣とか銃とかってことか?」
「なんでもいい。お前が思い入れの深い、戦えそうな道具を思い浮かべろ!」
俺の、戦うための道具。
それなら迷うこともない。
両手を前に出し、何かを持つように下から支える。すると、俺の中から光が漏れ出し、手の上で球体を作った。
「おおっ……! それは……ッ!」
「武器では無いけど、俺にとっての戦いと言ったら、これしか思いつかなかったよ」
小さい頃から、何度も蹴ってきた。
塞がる敵を躱し、こじ開け。全力で蹴り、勝利を掴むための道具。
こいつなら、すぐにでもイメージできる!
カッ! ――パシュンッ……。
「――おい!? なんか消えたんだが!?」
「はあ!? なんでそうなる!?」
いや、俺の方が聞きてぇよ!!
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