episode9 ─美月 side─


組長の部屋に入ると、もう年末だと言うのに父は仕事をしているのか、書類に目を通していた。



「ああ、すまんね。ちょっと美月に頼みたいことがあってね」



そう言ってソファに座った私の向かいに父も腰を下ろした。


維月さんはというと、何故か私の隣に座っている。



「美月の店がある繁華街の西側にもうひとつ繁華街があるだろう?そこを二階堂のシマにしようと思ってるんだが、薬の売買がされているらしいんだよ」



それを聞いて何となくわかった。


売買してる奴を見つけ出し、警察に渡したいという事が。


二階堂が犯罪してる人を渡せば、警察も二階堂を安易に取り締まったりはできない。


今でも警察からは二階堂組は一目置かれている組織でもある。




「今回はちょっと厄介でね、相手側もかなり警戒しているのか、うちの組員が探してもどうも出てこない。店までは分かっているんだがね」


「どこ?」


「ケータイに場所を送らせたから近々時間のある時に見てきてくれるか」



スマホを確認すると、そこはクラブだった。



「どうせ暇だし今夜行ってくるよ」


「頼むね」



客のふりして行ってみようか。



「蒼、21時くらいにそこのクラブに送ってくれる?」


「かしこまりました」



とりあえずそれまでは離れで休もう。



維月さんは私に何か言いたげだったけど、父とまだなにか話があるようだったからそのまま部屋を出た。



離れに入ろうとした時、


「美月」と維月さんの声が聞こえて振り返ると


「夜は俺も行く」と言われた。



「組長は、」


「許可は貰ってある。邪魔はしない」


「私は蒼に送ってもらうので、乗り合わせるなら蒼と話してもらえれば」


「そうか。じゃあまた夜にな」



何が嬉しいのか少し微笑み、私の頬を人差し指で軽く撫でて帰っていった。



その後、私は夕方まで寝てしまった。


ずっと働き詰めだったから疲れが溜まったのかな。


よく眠れたおかげで頭も冴えてるし、体も軽く感じる。



とりあえずクラブに行くのに合う服装と化粧をして、時間までゆっくりしていると蒼が離れに来た。



「コーヒーでも飲む?」


「そうします」



まだクラブに行くには早すぎるから蒼を部屋に入れてコーヒーを飲みながらこの後のことを話そうとした。



「維月さんでも無理なんですか」


「急にどうしたの」



私が話そうとしていたことより先に蒼がそんなことを言ってくる。



「今までの男性とは違うと思ったので」


「それはそうだけど」


「一般人より理解はありますし、何より愛されてるように感じますけど…」


「うーん…」



好意は感じるけど、私はそういう感情にならない。


悪い人でもないし。



「恋愛することに一線引くようになりましたよね」


「もう面倒なのかもしれない。連絡を取り合うのも相手の事を気遣うのも」


「それは相手が一般人だったからでは?」



ふ、と考えると確かに維月さんにはあまり気を使ってないかもしれない。


それがどうしてなのかは分からないど、もしかしたら私も気を許してる部分があるのかもしれない。



「もし維月さんを選んだとしたら…この先どうなるの?

私は二階堂組にいたい。この組を離れることはしたくない」


「そうなった場合、美月さんが本音で話し合えば何かいい方法を維月さんなら考えてくれそうですけどね」



蒼がこんな事を話してくる事は珍しい。


私と維月さんをくっつけたいのかな。



でも、私は維月さんの事を好きではない。


蒼みたいに家族同然の存在でもない。



「美月さんほどの女性を任せられる人なんて他に居ない気もします」


「随分と維月さんを上げてくるけど何かあるの?」


「いえ…」



何か言いたげな蒼を見ていると、小さなため息をついて話し始めた。



「守る人が増えると、安心します。年が明ければ美月さんは明るみに出ますし、未だに汚い組はたくさんいますから」



組長の娘ってだけで狙われる。


それがこの世界。



そんなこと分かってる。


だからこそ鍛錬は積んできたし、私は自分の身は自分で守る。



「私の人生は私のものだよ」


「はい」


「いつ死んでも悔いが残らないように生きてる」


「………」


「蒼は心配性ね」



少し困ったような顔で見られると私も困る。


この離れ入れる人は家族以外に蒼だけ。


それほど蒼を私は大切に思ってる。


恋愛感情よりも遥かに大きい“家族愛”だから。



「私だって蒼がいつも自分を犠牲にしてることに不満はあるけど」


「やりたいことはやってるつもりですが…」


「蒼だって恋人作らないじゃない」


「はぁ……、美月さんの近くにいると基準が高くなってしまうというか、他の人が幼く見えてしまうんですよね」



私のせいでハードルが高くなるってこと?


それとも私を理由にして諦めてるの?



蒼には幸せになって欲しいんだけどなぁ。



「もちろん、美月さんと同じように悔いなく生きてはいます。パートナーを見つける事が俺の幸せではないですから」



蒼がいいならいいんだけど。



私のせいで蒼の人生が縛られてしまっているから…。



「そろそろ行きますか」


「そうだね」



私のような人の恋人や側近になると、その人の人生を奪ってしまってる感じがする。


それが自分にとっても悩みの種だったりする。




そんな事を考えながら蒼の運転する車に乗った。

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