episode8 ─美月 side─


「美月」



さっきとはまるで印象の違う優しい声が私を呼ぶ。


ここには限られた人しか入れないのに、この人がいるということは父が許可したんだろう。



「まさか、九条組の若頭だったとは驚きました」


「黙ってて悪かった」


「それはお互い様では?」



どうして維月さんが謝っているのかは分からない。


私を一般人として見ていたのなら知られたくないのも分かるから。


「それもそうだな」と少し口角を上げながら笑う姿はいつもと変わらなかった。





維月さんのことは大体、月冴から聞いた。



九条組の若頭な事や、組長同士が盃を交したこと。


敵対視してる訳では無い。


寧ろ仲間だと。




「二階堂組に入るのか」


「はい」


「危ない世界だぞ」


「分かってます」


「美月は絶対に狙われる」


「そうでしょうか」


「二階堂組の組長の娘だぞ」


「私がそんなか弱く見えますか」


「か弱くはねぇか」



何も考え無しに組に入りたいと言った訳ではない。


こんな私だって稽古もしているし、日々トレーニングとしてジムにも通ってる。


全部本家の地下にあるものだけど。



「維月さんは私が一般人ならどうしてたんですか」


「別にどうもしない。好きなことをやればいいし、どう生きたって構わない。俺が守ればいい話だ」


「そうですか」



私が結婚をするならその答えは凄く嬉しいと思う。


でも私にはその考えは無い。


人を傷つけ、別れるという選択をするしかない経験をしたから余計に。




「なぁ美月」



まだ月のでない昼間の空を眺めていると、


隣から手が伸びてきて、私の長い髪を触りながら



「俺の女になれよ」



そう言われる。


今まで告白された男性の中でも1番の理解者になってくれそう。


だけど…



「なりませんよ」



私には守りたいものが沢山ある。


彼氏という存在は私の中では重荷でしかない。



「俺の何が気に入らない」


「維月さんが、という訳では無いんです。恋人という存在が私にとって邪魔をする存在なんです。」


「美月の事は尊重すると約束してもか」


「人は欲が出てくるものです。最初は大丈夫でも、それが重荷になって気づけば気持ちが離れる」


「すれ違いは都度話し合えばいい」


「私、結構頑固でわがままなんです」


「好きな女のわがままは可愛いもんだろ」


「私たちはまだお互いを知らなすぎると思いますけど」


「なんでも教えてやるよ」



ああ言えばこう言う。


維月さんも頑固なのだろうか。


1歩も引いてくれない。


そんな維月さんが、


「1つ、聞きたいことがある」


と、こちらを向く。




「前の男はどんなやつだった?どうしてプロポーズを断ったんだ」



1つじゃなくて2つになっている事には突っ込まないであげよう。



「とても優しい人でしたよ。でも、結婚で私を縛ろうとしたのでお断りしました」


「縛ろうとした?」


「結婚して家庭に入ってほしかったんでしょうね。お店をやめて専業主婦になってほしいと」


「そうか」



最初はどんな私でも受け止めようとしてくれた。


でも、私には彼の独占欲は辛すぎた。



独占欲、束縛、嫉妬は愛情の裏返しなのに、それを受け止めてあげることは出来なかった。



「なにより1番大事なのは家族なんです。私は家族を捨てて他の人と一緒になるなんて考えられないんです」


「俺と一緒になればその不安は無くなるけどな」



まぁそれはそうかもしれない。



でも、先のことなんて誰にも分からない。



私の気が変わるかもしれないし、その時には維月さんの気持ちも変わっているかもしれない。






そんな話をしたあと、



「お話し中にすみません」



蒼が私の隣に来た。



「どうしたの」


「組長が呼んでいます。急ぎでは無いようですが九条組の若頭との話が終わったら来るようにと」


「もう終わったから行くよ」



維月さんは分かりやすく嫌な表情をした。



「かしこまりました。九条組の若頭も来るように、と」


「そうか」



私たちは再び組長の部屋に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る