第13話 新しい仕事

「父が起こした非道な事件について、既に耳にしているだろう。皆に不安を与えてしまったことと思うが、国王より正式な沙汰があるまで、私が男爵代理として立つこととなった。

 皆は安心して通常通りの業務を行ってくれ。」


 エネアは翌日、屋敷のエントランスに使用人全員を集め、階段の上から当主代理として宣言を行った。

 昨日のレイの話からすれば、エネアはそのまま男爵として認められることになるだろう。


 だが、こんな大事な場に、エレインの姿が見えない。エネアの晴れ舞台だ。必ず姿を現すはずなのに。

 エレインを探すために視線を動かしていると、隅の壁にレイが腕を組んで立ち、階段上のエネアを見つめているのが目に入る。隣にはルディウスも一緒だ。


 国王直属の≪陽炎隊≫は、この領地周辺で起こっている行方不明者の事件を追っていた。

 犯人であるトマスが捕まった今、レイたちはきっと王都へ帰ってしまうのだろう。

 ずん、と鳩尾みぞおちの辺りが重くなる。


「?」


 思わず鳩尾の辺りをさすってみる。だが、重みはなかなか無くなってはくれない。

 レイの方を見ていると、あちらも俺の視線に気づいたようだ、にやり、とまた悪い笑みを浮かべている。なんなんだその顔は!

 すぐにぷいっとエネアの方へ顔を戻した。


 エネアの話にはまだ続きがあるらしい。


「なお、母エレインはご実家であるアデレーン領へお戻りになることとなった

 母について行くものはこの後、私へ申し出るように」

「!」


 エレインが実家へ帰る?

 実家のアデレーン領はここからさらに南部へ下る。エレインは自分の実家を、何もない田舎だと嫌っていた。その上、既に弟夫婦が領地を運営していて、エレインが戻る場所などあるとは思えないのだが……


 思案しながらエネアを見つめていると、ふとこちらを見下ろす視線と目が合う。

 エネアはゆったりした微笑みを俺に返してくれた。






 エネアが食事をとるときは、必ず俺も食堂で給仕係たちと共に壁に立ってエネアの給仕を行う。

 レイたちが来てからは、男爵夫妻、エネア、そしてレイの四人が食卓に掛け、給仕係と俺、そしてルディウスが壁に並ぶことが常となっていた。

 だが、男爵夫妻が不在となった今、食堂の長いテーブルにはエネアとレイしか掛けていない。

 そんな閑散としたテーブルに、静かに朝食を並べていく。


「お母上はいつおちになるのですか?」


 水分が飛びすぎてポロポロになったスクランブルエッグをもてあそびながら、レイがエネアにたずねる。

 エネアは硬そうなスコーンを器用に割って、木苺のジャムを丁寧に塗っている。


「実は一足先に、母は昨晩発ちました。

 よほど父が捕まったのがショックだったのでしょう。しらせを聞いて、すぐに荷造りしていましたよ。

 今日から人や家財を送る予定です。」

「そうか、見送りもできず申し訳なかったな」

「ふふ、いえ、第六王子に見送っていただくなど、光栄すぎて母が気を失ってしまいますよ」


 ははは、と二人は笑い合っているが、互いの腹を探り合っているかのような緊張感が、食堂を包んでいる。

 切り出したのは、エネアだった。


「──それで……レイ殿下、誠に申し訳ないのですが、父があのようなことになってしまい、母も居ない中、王族である貴方様を満足にもてなすことが、難しくなってしまいました。

 我が領地の隣にはトスティエリ伯爵の別荘地がございます

 よろしければ、そちらで余暇をお過ごしになられてはいかがでしょうか?

 私から、伯爵へお伺いの手紙を送らせていただきます」


 エネアが申し訳なさそうにレイへ打診する。確かに、判断としては正しいだろう。元々、この家に王族をもてなす能力があったかは疑わしい限りだが、男爵夫妻がいなくなった今、この家は危機的な状況だ。

 いつまでも高貴な客人を留めておくことなどできないだろう。


 ……今朝から俺だって予想していたことだ。レイ達の目的も達成された。今の状況を考えれば、もう王族のバカンスは切り上げられることとなるだろう。


 もや、

 と、また鳩尾の辺りに重く暗いものが漂ってくる。一体何なんだこの気持ちは。

 レイがいなくなる。

 そんな事は、当然のことなのに。

 男爵家の使用人の一人が、……もうしばらくで、その男爵家さえも出るつもりの一般人が、王族と関わり続けられるわけがないのに。


 レイは何と返すのだろうか。

 レイの唇がにやりと不敵に笑ってから、開かれた。


「いやはや、おっしゃる通りですね

 昨日から本当にフェデラー男爵家は大変な状況でしょう

 だからこそ! お世話になった分、私も是非、手助けさせていただきましょう!

 腐っても王族ですから、統治に関する相談にはいくらでも乗れますよ!」


 はっはっは! とレイは豪快ごうかいに笑い出した。

 隣のルディウスは静かに目をつむって、主の話を聞いているらしい。

 恐らく、すぐに了承してもらえるとして思っていたのだろう。エネアは苦々しい表情を浮かべている。

 エネアも相当疲れているのだろう、あまり見たことのない表情だ。

 そして、こんな風に言われてしまえば、これ以上「出ていってくれ」などと口に出すことはできない。


「……それは心強い

 レイ殿下のご温情、誠に痛み入ります……」


 エネアはレイに向かって深く頭を下げた。

 レイはそれを目にし、満足そうに微笑んだ。





 朝食が終わり、いつものようにテーブルの片付けをしていると、レイやルディウスたちと出ていくはずのエネアが声をかけてきた。


「今日から、リナルドは執務室で仕事をする必要はないよ」

「クビですか?」

「え?!」


 突然、エネアから解雇宣告を受けたのだと思ったが、違うらしい。俺よりもエネアのほうが動揺している。


「な、すまない! まさかそんな風に伝わるとは!!

 私の伝え方が悪かった!!

 リナルドには、母の仕事を引き継いで欲しいんだ」

「ええ?!」

「急に実家へ帰ってしまっただろう?

 代わりに母の仕事を担う人間が、他にいないんだよ」

「いや、でもメイド長が……」

「執事長のエラルドも捕まり、メイド長のドナだけでは屋敷内の仕事が回らない。

 メイド長には私からも伝えておく

 どうかよろしく頼む」


 有無を言わせない天使のような微笑みを残して、エネアは颯爽と去っていってしまった。

 ──嘘だろ。

 ……俺、あと半月で屋敷を……出……え? もしかして、出れないのか?

 冷や汗が背中を伝うような気がするが、気のせいだと言い聞かせながら、テーブルの片付けを終え、メイド長の元へと向かった。






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