【BL】訳ありΩと癖あり王子の秘密の事件簿
獏乃みゆ
第1話 失われたもの
7年前のあの日、雷鳴の中、俺の大事なものはすべて失われた。
今でも冬が来ると思い出す。
俺が10歳になるまでは、家族みんな揃って暖かな火に当たりながら、暖炉の前で父の話を聞くのが冬の週末の楽しみだった。
──あの日も、そうだった。
「──そうして、≪
「かっこいい!!
≪陽炎隊≫、僕もいつか会えるかなぁ?」
「リナルド、そんなのいるわけないだろ!
ただの作り話だよ。」
「兄上だって、お目々キラキラさせて、父上のお話聞いてたくせに!」
「憧れちゃうわよねぇ、リナ!
女の私だってワクワクしちゃうもの」
うんうん!と姉の言葉に大きく頷くと、兄は「そんなことない!」とぷぃと横を向いてしまった。
暖炉の温かさに包まれて、みんな頬が少し赤らんで見える。懐かしい、オレンジ色の光景。
「ははは!
それがただの作り話ではないんだ。
50年前には隣国との戦争を止めたと言われるし、100年前には王家の危機を救った組織があったと記録されている。
もしかすると、本当に≪陽炎隊≫は存在するかもしれんぞ!」
「僕、≪陽炎隊≫になりたい!」
「ああ、いつかなれるといいな。
父さんも楽しみだ。」
「みんな〜
そろそろ寝ましょう?
起きられなくなっちゃうわ
明日からは王都へ出かけるのでしょう?」
母の呼びかけに姉と兄、リナルドの三人は声をそろえて返事をし、子供部屋へと入って行く。
明日はリナルドの10歳の誕生日だ。
家族揃って王都へ旅行に出かける。もしかしたら、国王直属の≪陽炎隊≫ともどこかですれ違うかもしれない!
「明日、晴れるかなぁ?」
「今日は雲が厚くて星が出ていないから、もしかすると雨かもしれないわね」
「雷が落ちても俺がいるから大丈夫だぞ!
早く寝ろよ!」
「えへへ、うん。
おやすみなさい」
物知りな父に、優しい母、いつも面倒を見てくれる姉に、ちょっぴり意地悪だけど頼れる兄、男爵家の3番目の子どもとして生まれた俺は、こんな家族に包まれて温々と育っていた。
──この日までは。
「きゃああああ!」
「?!」
雷の音とともに屋敷中に響き渡る悲鳴で目を覚ました。
窓ガラスを強い雨風が叩きつけ、バタバタと振動させている。時折、紫色の稲妻が空を引き裂き、明かりの落ちた部屋を不気味に照らす。
周囲を見渡すが、姉のベッドも、兄のベッドももぬけの殻だ。ここにはリナルド一人しかいない。
「あ、姉上……兄上…、どこ?」
先ほど聞こえた叫び声は誰のものだろうか。まさか家族のものだとは思いたくない。
震える足に意識して力を込め、壁を伝いながら、一歩一歩歩き出す。もしかしたら、両親の部屋にみんな集まっているのかもしれない。
──きっとみんな雷が怖かったのだ。一緒に連れて行ってくれたらよかったのに。
両親の部屋へ向かう途中に、先ほどまでみんなで集まっていた暖炉の部屋がある。
扉が開け放たれたそこには……
「……母上? ……父上…?」
真っ黒な液体の中に、見たことのある二人の背中が倒れ込んでいるのが見える。嗅いだことのない鉄のような匂いが、鼻の奥にこびりつく。
「おお〜自分から出てきてくれたか。
これが末っ子だろ?」
突然暗闇から男の声が響き、頭の毛を鷲掴みにされる。
「やっ!
やだ!誰だお前!離せ!!」
「おおー本当だ。
暗闇の中でもわかるぜ、瞳が青い宝石のようだ!
男の癖に綺麗な顔してやがる
亜麻色の髪に、真っ白な肌……こいつはΩかもしれねぇなぁ! 少年趣味のジジイどもに高く売れそうだ」
家族の中で、リナルド一人だけが持つ青い目。
なんでこいつがそんなこと知ってるんだ。
気持ちの悪い男の視線が、全身にまとわりつく。
「こら!手荒にするんじゃねぇ!
そいつだけは生かしとけって言われてるだろうが!」
「姉も高く売れそうだったのによぉ
もったいねぇ」
男が二人、口々に何かを話している。
だが、リナルドは目の前の光景から目が離せない。
何か黒く光っている水たまりの中にいるのは、大人の男女だけじゃなかった。
長い髪を床に広げて倒れ込む女の子と、細い手足を投げ出した男の子が倒れているのが見える。
嘘だ……
そんなはずない……
まさか
身体に響くような大きな雷音が
変わり果てた家族たちが床の上に倒れていた。
「〜〜〜〜〜っ
あああああっ!!
嫌だ!!
母上!!父上!!
姉上!兄上ぇっ!!」
男に捕まれた体を、全力でひねって暴れる。
「ちっ!
こいつ!大人しくしろっ」
男に体を持ち上げられ、強く床に打ち付けられる。
「っ!」
痛い…! でも、それよりも、みんなが……
手に、黒い液体が触れる。
雷に照らされるそれは、黒じゃなくて真っ赤な液体だった。
まだ温かさを残したそれは、刻一刻と温もりを失っていく。
「やだ、いやだ……
いやだ!!」
「何をしている」
部屋によく通る青年の声が響く。
「あっ……これは……
ぅぐっ!!」
「て、てめぇ 何す……っ!!」
ぐしゃっ、どさ、と先ほどまで吠えていた男たちが床に倒れるのを、どこか遠くの出来事のように見つめていると、目の前に誰かが座り込む。
「リナルド、
リナ!
大丈夫か?
どこか怪我してないか?」
肩を掴まれ、大きく揺らされて、やっと目の前の人の顔が視界に入る。
「……エネア……兄様?」
「そうだ。お前のエネア兄様だよ。
お前の誕生日に間に合わせようと馬を走らせたんだが……これは……っ」
「……ぅっ……
ああ〜〜〜っ
ぅわあああ」
エネアは泣き叫ぶリナルドを抱き上げ、ずっと抱きしめてくれた。そのまま警備兵を呼び、事後手続きもすべてやってくれたのだ。
リナルドが10歳になった、その日。
夜が明ける前に忍び込んだ賊により、使用人はすべて縛り上げられ、俺以外の家族は全員が殺された。
従兄のエネアが救ってくれなければ、俺もどうなっていたか分からない。
家はエネアの父……父の弟である叔父が継ぐことになり、俺は生まれ育った家で叔父夫婦に育てられることとなった。
それが、7年前。
「リナルド!
何度言えばわかるのよ! この役立たず!」
バシィッ、と肉を打つ音が広い食堂に響き渡る。
熱が駆け巡るような激痛を、罵声とともに背中に与えられる。この屋敷の主であるトマス・フェデラー男爵の妻、エレインは手に持った
使用人となった、リナルドの朝は大体こんな風に始まる。
「っ……、申し訳、ありません……っ
奥様、」
「その顔で、私の夫や息子にまで色目を使う暇があるなら、さっさと仕事を覚えて欲しいものだわ!」
「ぅぐっ!」
象牙で作られたエレインの扇は、親骨に小さな宝石が散りばめられており、たたんだ状態で殴られれば相当の痛みが走る。
肉を打つ音とともに耳に入るのは、壁際に控える給仕係たちの冷ややかな笑い声だ。彼女らは毎朝のように繰り広げられるこのショーを、楽しみにしているに違いない。
食卓には既に朝食が並んでいる。
だが、パンは街のベーカリーから仕入れたものだし、ハムは肉屋から買ったものだ。うちの調理場は頭数は多いが、ほとんど料理をしない。
並べられた銀食器はすべてくすんで、輝きが失われているし、食器も所々汚れがこびりついている。給仕係も配膳室ではもっぱら仕事ではなく、噂話に熱心だ。
この屋敷の使用人は、叔父が当主になってからすべて入れ替わった。人数だけは伯爵家と遜色ないほどだが、薄給で集められた数だけの人々は、仕事という仕事をすることがない。
リナルドが暮らしていた男爵家の面影を残す場所は、
ふーっ、と痛みを誤魔化すように、長く息を吐く。
床を見つめながら、この場の誰にも聞こえぬ密やかな声で、リナルドは呟く。
「……このくそババア……、てめぇが朝食のナプキンは必ず白だっつったんだろうがよ」
チッ、と舌打ちまでつけた。
この7年でリナルドは変わった。ただの元男爵家の三男坊では生きていけないからだ。
気品や誇りで飯は食えない。使用人になった今、リナルドに必要なのは根性と器用さと演技力だった。
リナルドは拳を握りしめ、何度も繰り返した決意を思い浮かべる。
18歳になったら、成人したらこんな屋敷出ていってやる!!
──しかし、そんなリナルドの前に一癖も、二癖もある王子が現れ、リナルドも知らなかった真相を二人で協力して解き明かしていくことになるなんて……、自由を謳歌する未来に胸ときめかせるリナルドは、予想もしないのであった。
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