ソニアとドライブ

うみたたん

第1話 ソニアと煙草

流れていく窓の景色をぼんやりと見ていた。


助手席のあたしは、窓を開けるために固い手動式ハンドルを回した。窓をなんとか半分開けると、その瞬間に勢いよく風が顔にぶつかってくる。冷たくて気持ちいい。


くせっ毛のあたしの髪が窓の外に持っていかれそうになる。


森の湿った香りがする--


あの学園での出来事は、全てが夢なんじゃないかと思った。

そう誰かに言って欲しかった。だから運転してくれているソニアに聞いた。


「そう。夢物語かもしれない。向こうの施設に行ったら、何か聞かれるかもだけど、正直に話していいから」


「大丈夫なの?」


「まぁ……いいんじゃない?」


昔話をしたところで、気にかけてくれる人もいないのだろう。みんな目の前のことで忙しい。


あたしが転入してすぐ、マグノリア学園で殺人事件が起こった。あたしはそれに深く関わってしまった。

いや……こうも考えられる。


あたしさえ転校しなければ、スーザンは殺されることはなかったんじゃないかって。


あのとき違う行動を少しでもしていたら、あの子は死ななかった……。

医務室なんかに行かなければよかったんだ。


自分を責めたし、何度もカウンセリングを受けた。ソニアは言う。


「エミリー、自分を責めたらいけない。きっと違うタイミングで、彼女は殺されたよ。遅かれ早かれ」


車は山を下っていた。なんだか耳がキーンとした。


「そうかな?」


「そうだよ。その話は何度もしただろう。医務室についてきたのはスーザン自身だ」


「うん……」


医務室での本気の意地悪。『ステラはあなたのことが嫌いって言ってるわ……』

スーザンから言われた台詞。ほんの半年前のことなのに、おとぎ話のように遥か昔の出来事になってしまった。


「そもそも、腹痛が日常的に起こるくらい君だって、スーザンにはストレスを感じていた」


確かに……。

それに幽霊になったスーザンは、なんだか楽しそうだったな。


「エミリーがこの学園に来なかったとしても、ステラとスーザンは上手くいっていないよ」


それはなんとなくわかる。ステラは他に大切な人がいたのだから。


「君も次に殺されていたかもしれない……だろ? エミリーが無事でよかったよ」


森を抜けて小さな町が見えてきた。信号が赤になり、ゆっくりと車が停まる。


ソニアはハンドルを離し、車のダッシュボードから煙草を出して、素早く口に咥えた。彼女はハンドル周りを見回す。短いショートの髪がサラサラと揺れる。


ライターかマッチを探しているのかな?


ソニアは14歳の生徒だと思ったら、25歳だった。だから煙草も吸えるし、運転免許も教員免許も持っていた。彼女は生徒ではなく、学園に雇われていたのだ。


「ソニア、もうすぐ青になるわ」


「あっ、エミリー。僕の鞄からライター出してくれ。チャックじゃない方に入ってる」


わかった……と、あたしは彼女の鞄を探った。免許証入れと小さいライターが鞄のポケットに入っていた。車が動き出した。


「あったわ」

「火をつけてくれるかい?」


やり方はわかっていたけど、なかなか火がつかない。あたしはだんだんビクついてきた。


「火がつかないわ」


「親指に力をこめて、強めにやってごらん」


簡単に火がついた。ソニアはあたしの腕をそっと引いて、咥えた煙草を近づけた。あたしもソニアの口元に火を持っていく。


あたしは何か違和感を感じた。

ソニアのことは学園でも警戒していたけど……それとは違う。

心地よい……不思議な違和感。


「どうしたの? 煙たいかい?」


「ううん、そうじゃなくて……。ソニアがあまりにも大人だから驚いているの。ずっと同い年のクラスメイトだったのよ。なのに車を運転して、煙草も吸っている」


「あはは。驚くよね」


「ソニアは小さいし、男の子みたいだし、幼いって思ってたの。だけど……幼いフリをしていたのね」


煙草を吸って、上手く煙を窓の外に出すソニア。


「フリなんかしてない。僕は幼いんだよ」


あたしは首を横に振る。


「僕って言って、男の子みたいだし。天邪鬼あまのじゃくなときもあるし、髪も短くて。学園では男の子みたいに振る舞ってたでしょ。本当の年齢がバレないようにしてたのね?」


男の子みたいな子が学園には二人いた。一人はステラ。もう一人はソニア。

女子だけの学園で、二人はやっぱり特別だった。


「うーん、エミリー……でもこうも考えられる」


「何を?」


「目の前にいるソニアは、実は男の子や女の子のフリなんてしていない」


「……」


あたしは黙ってソニアを見た。彼女は運転中で前を見ているが、チラリと流し目をしてあたしを見た。ドキッとした。

その仕草は二十代の大人そのもので、あたしにはできないことだった。


でもそれは年齢だけの差なのだろうか? 煙草を吸えばあたしも大人っぽくなるのだろうか?

ふと、そんなことを思ったとき--


「エミリー……僕は女の子の学園で、生徒のフリをしても、自分のアイデンティティは守っているとしたらどうだい?」


「え?……どういう意味?」


「だから……生徒のフリはしても、のフリまではしてないってことさ。髪を伸ばしたり、女の子みたいに振る舞うなんて、できないってこと」


それって……つまり。


「そう……だったらどうする?」


「え?」


「僕がだったらどうする?」


 頭が追いつかなかった。


「ソニアが男の人? そ、そんなこと。絶対あるわけないわ」


そんなこと……あるはずがない。




◇ ◇ ◇


「クリスティーナのコト」

こちらのエミリーがマグノリア学園にやってきた夜が書かれております。よかったら〜↓

https://kakuyomu.jp/works/16818622172201260185/episodes/16818792437260829712

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