第2話 エミリーと長い廊下

 エミリーさん、ここが君の下駄箱だよ-



 誰にも話してないことがあるの。これは事務員のレイモンドさんとだけしか知らないの。秘密よ。


 とっておきの話っていうか、あたしの失敗談でもあるのかな。マグノリア学園に初めて来た日のこと。夜だったの。普通は昼間が多いでしょう?

 ちょっと怖いかもしれないけど聞いてね。


*****


 あたしはまず、制服のサイズ合わせをした。お古の制服を試着したら、余っているから着たままでいいと事務員さんに言われたの。予備に使ってくださいって。

 それは思いがけなくて、本当に嬉しかった。夜に制服姿で転入するなんて、なんか特別な感じでとてもドキドキしたの。


 マグノリア学園の制服は、白いセーラー服に水色の細いリボン、プリーツスカートもベビーブルー。水色と白の組み合わせは涼しげで爽やかだ。


「新しい制服はすぐ来るからね。リボンは紺色もあるから。好きな方を使って」


「わかりました」

 あたしの声はわかりやすく弾んでいた。


 下駄箱の位置を教えられ、あたしはたくさんの蓋つき下駄箱の中央に立った。

 綺麗に磨かれた真っ白な下駄箱の数列。それは、今までいた地元の中学校との違いをまざまざと見せつけられた。


 一番上の段を見上げると、ピンクの小さな花が一つ飾られている正方形がある。


「あ……」


「ピンクのマグノリアの花のところがエミリ

ーさんの下駄箱だ。ようこそマグノリア学園へって、歓迎の印だよ。一ヶ月は花を付けておいてください」


 そう言って男の事務員さんは微笑んだ。ベールピンクの花の下、プレートにはあたしの名前が印刷された紙が貼られている。


 〈エミリー〉


 あたしの名前。それにしても一番上とは。あたしは背が小さいから毎回背伸びをしないと届かないじゃない。


 よっ……。


 背伸びほどではないけど、少し足首の筋を伸ばしちゃうかも。これはおっくうなのか、それともほどよい運動と思えばいいのか。


 この若い男の人は先生ではなく、事務員さん。事務手続きやいろいろ、転入準備をしてくれる人。


「あの、他にも転入生いるんですね」


「…………」


 事務員さんは黙ってあたしを見た。なんだか少し怖い。

 あたしは同じ列ではなく、斜め後ろに見える遠くの下駄箱を指差した。そこにもピンクの花が貼り付けてあったから。


「あぁ。あれは別の棟の子だよ。年齢も違うし」


「そうなんですね」


 ちょっと残念そうに言うあたし。でも本当は違う棟でよかったかも知れない。比べられちゃうのは嫌だから。


 靴を上履きに履き替えて、廊下を左右に曲がると真っ暗な長い廊下に出た。


 カチって音がして、人を感知する。自動で一斉に廊下のライトがついた。おおっと声が出そうになる。

 自動で消えたりついたりするのをあたしはあまり見たことがなかった。だから大袈裟に驚いてしまった。


 長い廊下の正面を見ると遠くに窓があり、その奥は真っ暗な闇。とても不気味だった。もちろんそんなこと言えるはずもなく、事務員さんと歩き出した。

 ひたひたと二人の足音がかろうじて聞こえる。

 気まずいくらいの静寂―


 そのとき、真後ろから誰かが忍び寄ってきた。人とは思えない速さで追いかけてくる。


「うぁ!」


 あたしは小さく声を上げ、両手で頭を守った。

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