第5話 展示会の喧騒と初金星の輝き、そして俺の動揺(再び)
展示会は二日目を迎え、熱気はさらに高まってた。
俺は、この日も朝から得意先の案内に追われてた。
A大学の教授に最新のAI教育システムを説明し、B研究所の所長には新開発の培養装置のデモを見せる。
俺の頭の中は、複雑な商談の組み立てと、顧客ごとの細やかな要望の把握でいっぱいで、正直なところ、幸のことにまで気が回らないほどだった。
いや、決して気を回したくないわけじゃないぞ。
ただ、純粋に忙しかっただけだ。
そんな中、俺の耳に、営業部長の甲高い声が飛び込んできた。
「おい! 結城! よくやった! いや、実によくやったぞ!」
部長の声は、まるで展示場の天井を突き破るかのような勢いだ。
何事かと皆が部長の元に集まる。
部長は満面の笑みで、その隣に立つ幸の肩を叩いてた。
幸は少し照れたように、はにかんだ笑顔を見せている。
その顔が、普段よりも何倍も輝いて見えたのは、きっと照明のせいだ。うん、絶対そうだ。
「な、なんですか、部長?」
俺の同期の斎藤が尋ねる。
「結城がな! 焼津に新設される工業系の県立高専からの、大型案件を勝ち取ってきたんだ!」
部長は興奮冷めやらぬ様子で、叫んだ。
その瞬間、ブース内にいた社員たちの間から、どよめきが起こった。
焼津の新設高専。
それは、業界内でも噂になってた大型案件だ。
最新の設備を導入する計画で、複数の大手商社が水面下で激しい争奪戦を繰り広げてたはずだった。
それが、まさか、入社半年の新人の手によって、この小さな商社に舞い込んできたとは。
幸にとっては、まさに**初の「大金星」**だった。
その場にいた誰もが、信じられないという顔で幸を見つめる。
俺もまた、一瞬、目を見開いた。
普段はポーカーフェイスを崩さねぇ俺だけど、この時ばかりは、そのわずかな表情の変化に、内心の驚きが表れてた……らしい。
(いや、俺は別に驚いてない。冷静さを装うのに必死だっただけだ)
「結城! 詳しい話を聞かせろ!」
部長がさらに興奮気味に幸を促す。
幸は少し落ち着かない様子で、だが、しっかりと説明を始めた。
「はい。実は、高専の準備室の方が、以前、弊社のホームページで掲載していた『環境配慮型設備導入事例』のページをご覧になっていたそうで……。今回の高専は、最新の環境技術を学ぶことに力を入れていると伺いましたので、その事例を詳しくご説明させていただき、弊社の提案が、高専の教育理念と合致すると強くアピールさせていただきました。特に、弊社の扱う省エネ型の実験機器や、廃食油で稼働する発電機に非常に興味をお持ちで…」
彼女の言葉に、社員たちはさらにどよめく。
単なる設備の売り込みじゃなく、顧客の理念にまで踏み込んだ提案。
それは、新人が簡単にできることじゃない。
そして、今回の案件が、単なる「展示会での出会い」以上の、幸自身の努力と洞察力によって掴み取られたものだと理解できた。
俺は、その説明を聞きながら、静かに感嘆してた。
俺は、幸が常に熱心に、そして真摯に仕事に取り組む姿を見てきた。
しかし、ここまで深く顧客のニーズを読み解き、的確な提案ができるとは正直思ってなかった。
彼女の持つ、底知れない可能性を、まざまざと見せつけられた気がした。
ああ、これって……**「ヒロイン覚醒」**ってやつか?
俺のラノベ脳が警鐘を鳴らす。
この時以降、社内では幸の話題で持ちきりになった。
「結城さん、すごいね」
「新人なのに、あんな大口案件取ってくるなんて」
……俺の耳にも、そういった声が嫌でも飛び込んでくる。
俺は相変わらず、その話題には深く触れることなく、普段と変わらないポーカーフェイスを保ってた。
しかし、俺の心の奥底では、幸の働きぶりに対する確かな「感心」と、そして微かながらも「畏敬」の念が芽生え始めてた。
ちくしょう、まさか俺が、こんなぺーぺーの新人に、こんな感情を抱くなんて。
俺にとって、幸は単なる「教育係の部下」って枠を超え、一人の「優秀なビジネスパートナー」として、その存在感を増していくことになる。
そして、この「大金星」が、俺たちの運命を、そして日本の歴史そのものを大きく変える序章となることを、この時の俺は知る由もなかった……って、いや、まさかそんな大袈裟なことにはならないだろ。
俺はただのしがない童貞魔法使い(仮)なんだから。
展示会最終日の翌日。
昨日の喧騒が嘘のように、東京・晴海の巨大な展示ホールは、重くどんよりとした曇り空の下、独特の静けさに包まれていた。
いや、真の静寂ではない。
仮設ブースを解体する職人たちの金槌の音、電動ドライバーの甲高い唸り、そして巨大なフォークリフトが荷物を運び出す轟音。
まさに展示会開催中とは別の種類の「騒音」が支配していた。
片付けられたブースの残骸が、祭りの後の寂しさを漂わせている。
(まるで俺の心のようだ……いや、俺の心は常に枯れ果てた砂漠だからな! 祭りの後どころか、祭り自体開催されてねぇよ!)
俺が勤める小さな商社のブースも、例外なく撤収作業の真っ只中だった。
部長をはじめとする一部の社員は、まだ完全に仮設ブースが撤収しきらないうちは、会場に残り、最終確認や指示出しに追われている。
だが、俺と幸は、焼津の新設高専との約束があるため、この喧騒から一足先に抜け出す必要があった。
俺たちは、昨日まで展示会に出品していた商品を、会社のEVバンに丁寧に梱包する作業を急いでいた。
大型のバンタイプのEV車の荷台に、精密な電子顕微鏡や実験機器が次々と積み込まれていく。
「主任、この小型旋盤、最後の確認です!」
幸が、リストを片手にテキパキと声をかける。
彼女の顔には、昨日までの興奮と疲労の色がわずかに残っているが、その目はまだ輝きを失っていなかった。
(なんていうか、その輝きが、俺の心の闇を照らしてくれる……いや、そんな厨二病的なことは思ってないからな!)
俺は無言で頷き、精密機械が丁寧に梱包されているかを確認する。
俺たちが乗るEV車は、会社の環境意識の高さをアピールするために導入された最新鋭のモデルだ。
燃料には、廃食油を加工した軽油が使われている。
これは前に話したか。
でも、これも含めうちの会社の省エネ思想と幸の優秀さが合わさっての今回の大型受注だ。
未来志向のその車は、まるで、俺たちの未来を予言しているかのようだった。
(って、そんなわけあるか。これはただの社用車だ。未来を予言するなら、せめて空飛ぶ車くらいにしとけよ、設定班!)
俺たちは、ブースが搬出口のそばだったこともあり、そして、事前に綿密な搬出計画を立てていたこともあり、驚くほど迅速に作業を進めていた。
午前10時過ぎには、すべての商品の梱包と積み込みを終え、EVバンの後部ハッチを閉める。
その頃、俺たちが車に商品を載せ終わるより少し前から、入れ替わるように仮設ブースの撤収に来た職人たちが、俺たちのブースを解体し始めていた。
周囲を見渡せば、大手他社のブースは、その規模も出品していた商品の数も桁違いだ。
未だに大量の段ボールが山積みになり、重機が行き交い、多くの作業員が忙しなく動いている。
彼らが完全に撤収を終えるには、まだまだ当分かかりそうな様子だった。
そんな中、俺たちは、どこよりも早く商品の搬出ができたことに、ささやかな達成感を覚えていた。
(この調子で、幸と俺の絆も深まればいいんだが……って、何を考えてんだ俺は!絆ってなんだよ絆って! ゲームかよ!)
午前に全ての片付けを終え、10時過ぎには晴海を出発する。
目的地は、幸が掴み取った焼津の新設高専。
長い一日が始まることを予感させる、重苦しい空気が車内に漂っていた。
……いや、幸はなんか鼻歌とか歌ってるし、俺だけが重苦しい空気醸し出してんのか?
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