ワシと夜空と踏み出す一歩

 今朝から秋雨が降っていて、色とりどりの傘が通学路をカラフルに染めあげておる。雨なら雨の風情があって、普段は楽しめるのじゃが、今日はなんだか降り続く雨がうっとうしく思えてしまうのう……。

 金曜日はやりすぎたかもしれん……。ワシがちゃんと男じゃと分からせるためキスをしたのに、なぜ後悔しているのじゃろうか。まあ、土曜日の練習の時に監督からはこれまでに無いほど褒められたので結果オーライではあるのじゃが……。


「それにしても、気が重いのう……」


 学園へと続く坂道は急勾配じゃが、なぜかいつにもまして急に思え足取りが重い……。明久と顔を合わせたくないのう……。


――ガラッ


 引き戸を開けると先に登校していた明久と目が合ったが、思わず互いに目を逸らしてしまう。うう、今日一日どうすればいいのじゃ……。


――昼休み――


「おい明久、秀吉と喧嘩したのか?朝から顔を合わせたら互いに背けるし、一言も話さねえじゃねえか」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……ちょっとね」


「…………いつもの二人らしくない」


「そうよ〜。目が合ったと思ったら顔が真っ赤になるし、木下もお昼休み始まった瞬間に教室から飛び出したじゃない。何かあったの?」


「明久くん、怒らせるようなこと言っちゃったなら謝る方法を一緒に考えましょう?」


 俺が聞くと、皆気になっていたのか質問攻めにあう明久。


「だから違うって!……ちょっと色々あっただけで。そんなことより!きたるべきAクラス戦のことについて話す方がいいんじゃないかな?」


「おまえが自分から試召戦争について話す時点で重傷だな……」


「そ、そんなことない! ……はずだよ」


まあ深く聞かれたくないこともあるだろう。ここは一回様子見しておくか。


「……ふーん、色々、ね。じっくりぽっきり聞かせてもらってもいいのよ?」


「み、美波!?

何もそういうのはないけど、ちょっと言えないから……あ痛たたたた! 膝関節を逆に曲げようとしないで!」


「アキが隠し事なんて、百年早いと思うんだけど〜?」


 島田に関節技をかけられても話さないとは、余程聞かれたくないことなのだろう……。


「…………み、見え……」


 鼻血を垂らしそうなムッツリーニは放っておくことにする。


「み、美波ちゃんやりすぎでは……?」


「……そうかもね。ちょっと早かったかも。ごめんアキ、大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ。美波の硬い胸の感触が……すみませんでしたぁぁぁぁ!」


「アキは学習というものをしましょうねえ」


 にっこりと恐怖とセットの微笑みを明久に向ける。お互い様だな……。と、いつも通りのやりとりに呆れてると入り口の引き戸が秀吉によって開けられた。


――ガラガラッ


 いつも通りのようだが、こちらを見て明久と目が合うとやはり赤面して逆方向に向いてしまう。ポーカーフェイスが得意なはずの秀吉の様子がおかしくなるなんて、一体何があったんだ……? もしかすると、明久のバカが……。いや、ありえなくはない話だな。

 よし、ちょいと聞いてみっか。試召戦争に影響を及ぼされても困るしな。席に戻る秀吉に近づき、声をかけることにする。


「秀吉、少し話せるか?」


「ああ、雄二か。よいぞ」


 一瞬明久かと思ったのか身構えたが、すんなり了承を得たところで隣の人のいない空き教室に移動する。


「――で、お前ら何があったんだ?」


「いったい何のことじゃ?……と、とぼけるにはちと手遅れじゃろうな」


「当たり前だ。朝からどうにも様子がおかしいからな。明久だけならともかく、演技の得意な秀吉までなんて、何かあったとしか思えない」


「……それもそうじゃな。誰にも言わんでくれるか?」


「もちろんだ」


 そして秀吉は昨日あった事実を話した。


「おいおいおい、おまえも大胆なことをしたな……」


「ち、違うのじゃ。ちゃんと男だと分かってもらうであって恋愛感情というわけでは……。あといつも明久ばかりワシを振り回してくるので、仕返しをしてやりたかっただけなのじゃ……」


「あのなあ、そんな嘘で騙せるのはあのバカと、せいぜいそれを信じたい自分ぐらいだぞ? その自分だって、薄々嘘だって分かり始めてるじゃねえか」


「しかし……」


「他の男だったら同じ理由でキスしてやろうと思ったか? 違うだろ?」


「うう……認めたくないのじゃ。というか認められないのじゃ……。ワシは同性に興味はなかったはずじゃし、そもそも明久もいつもは冗談で言っているだけで、その気はないじゃろうし……久保の話になるといつも気まずくなるじゃろう? それに、明久はちゃんと異性で好いてくれる相手もおる。ワシとでは相性が悪かろう」


 確かに一番のネックはそこなんだが……。とっくに乗り越えている気がしないでもないんだよな……あのバカ、必死に自己暗示をかけてたぐらいだし。


「正直、秀吉なら可能性があると思うが……。秀吉はこのままでいいのか?」


「うむ。この気持ちは隠しておくのがよいのじゃ」


「それなら、今日みたいに気まずいと周りに怪しまれるし、四六時中演技をする必要がある」


「演技は得意分野……なのじゃが、どうにも今日は上手くいかなくてのう」


「恋は盲目っていうからな……。ははっ」


「なんじゃ、いきなり笑い出しおって」


 明久と島田の教科書のことで喧嘩して、鉄人に追いかけられた日のことを思い出す。確かに惚れたら厄介といったが、まさか惚れられるとはな……。こりゃ参った。


「いや、すまんすまん。ちょっと昔を思い出しただけだ」


「むう……。そういえば雄二はその……引かぬのか? ワシが明久を好きじゃと言っても……他の者はともかく、友人の中でもちゃんと男と見てくれるお主がどう思うかは、気になるのじゃ」


「まあ、驚かないといったら嘘になるが……。そんなことがあってもいいんじゃねえか。だって、言っちゃ悪いことかもしれんがその事実が霞みそうになるぐらいには――」


 なぜか島田と清水とFFF団に追われ廊下を走る明久を、ドアのガラス越しに見ながら伝える。


「俺らの日常って、めちゃくちゃだろ?」


「……確かに。それもそうじゃな」


「ただ、正直演技できないならいっそ告白した方がいいとは思うぞ。確実に日常生活に支障を及ぼすだろうからな。それなら、言ってスッキリしちまう方が自分のためになるんじゃねえか?」


「それは、もう少し考えておくのじゃ……」


「もちろん、伝えるだけが恋愛じゃないとは俺は思う。が、検討はしておけよ」


 先に行くぞ。と伝え空き教室を出た。まあどうにかなるといいが……。


――放課後


「今日の練習は終了だ! 解散!」


「「「ありがとうございました!」」」


 解散の号令をかけて帰宅の準備を始める部員達。だんだん日が落ちるのが早くなったのう。もう外は暗くなっておる。


「あれ、ひ、秀吉?」


「明久? こんな時間までどうしたのじゃ?」


 帰ろうと部室のドアを開けたら、廊下を通りかかった明久とばったり遭遇してしまった。き、気まずい……。


「さっきまで雄二とポーカーしてたんだ。でも、なんか変な様子だったんだよね。だって、この時間まで付き合わせたと思ったら、突然一人で帰るって言い出すんだよ。変だよね?」


 雄二のやつ、ワシと明久が遭遇するように仕向けおったな……。変な気を回すやつじゃ……。


「そ、そうだったんじゃな」


「……一緒に帰る?」


「う、うむ。そうするかのう」


――――


 気まずい沈黙を抱えたまま、すでにとっぷりと日の暮れた帰り道を並んで歩く。リーリーと鳴く鈴虫が、秋の切なさを彷彿とさせるのう。


「……今日天気予報見てなくて、傘持ってき忘れちゃったから朝濡れちゃって大変だったよ~」


「そ、そうじゃったのか。風邪を引かぬよう温かくするのじゃぞ」


「うん。ありがとう……」


「うむ……」


…………会話が続かぬ……。


「そういえば、部活どうだった……? その、うん……」


 金曜のことを思い出したのか、言葉尻が小さくなる明久。こっちまで恥ずかしくなってしまうのじゃ。しかし、このネタなら意外といけるかもしれんのう。


「……こほん。「ポテンシャルを持っているのは分かっていたが、ここまでとは思っていなかった!! イケる! お前は俺の理想以上の悪魔だ!!」と褒められたのじゃ。……おかげさまでな」


「あははははっ。それ先生の物真似だよね?トーンとか喋り方の癖とか本当に似てる!さすが秀吉っ」


 空気が和んでよかった……やっぱり演技は人の心を豊かにするのじゃ。


「ねえ、ちょっとそこの公園寄っていかない?」


 明久が指したのは、一緒に映画を観た日に弁当を食べた公園じゃった。


「うむ。ワシもそうしたいと思っていたところじゃ」


 今日は互いに話をして気持ちを整理してこの気まずさを払拭せねば、平穏な学園生活は難しいじゃろう。


――


 公園の鉄棒に背中を預け、明久が会話を切り出す。


「金曜日のことで、恥ずかしくなって今日一日避けてごめん……」


「謝ることはなかろう。むしろ男と分かってもらうためとはいえ、ワシから、あ、あんな行いをして申し訳ない……」


「お、男だと分かってもらうためにしたの⁉ そ、そうなんだ……てっきり……」


「うむ……。不愉快だったじゃろう? 忘れてくれ」


「不愉快なわけ無いじゃないか!! むしろ秀吉の試みは逆効果だよっ」


「逆効果とはどういう意味じゃ⁉」


「むしろ、唇が柔らかくて女の子なんだなって思ったというか……」


「なぜじゃ⁉ それではワシが恥をかいた意味がないではないか!」


「だから逆効果なんだって! そういうことなら、今回は頑張って忘れるけどさ」


「いったいお主はどうしたらワシが男だとわかってくれるのじゃ……」


 難しい顔で気持ちを整理している明久を見て改めて思う。


 ――この気持ちは伝えない方がいいのじゃ。 どれだけ明久がワシを女子扱いしようと、嫁にすると言おうと、男なのは戸籍上だけだと言おうと、ワシが男子であるという事実は変わらぬ。倫理的におかしいことなのじゃ。世間体だってそうじゃ。明久は姫路や島田、……久保はともかく、いやワシも仲間入りなのじゃが。将来様々な場面で、同性というだけで苦労することはあるじゃろう。好きな者に苦しんでほしいなどと思えようか。この笑顔を守るために、気持ちは絶対に伝えない方が――。


「今度は冗談であんなことしちゃダメだよ?ちゃんと好きな人としないと!」


「う、うむ……」


「ちゃんと異性に興味があるって言ってたじゃん。秀吉にとっての異性がどっちかは分からないけど……協力するしさ!」


 ワシにとっての異性をぶつぶつ考え始める明久。まったく、一方的な理由でキスされて気まずくなっても怒らず、むしろ相手のことをおもんばかるなんて本当バカがつくほどお人好しなやつじゃ。こんなやつじゃから――


「好きじゃ……」


「え?」


 うっかり口から出てしまったことに気づいた時には、もう遅かったのじゃ……。


「あ、いや、えーっと……、今夜はすき焼きじゃから早く帰らねばと言ったのじゃ! 帰るぞ明久よ!」


 慌てて取りつくろい帰るよう促すが、明久が歩き出そうとしたワシの手を取る。


「……何が好きか、聞いてもいいかな?」


 明久は鈍感なはずじゃろう? お願いだからそうであってほしいのじゃ……。


「ほ、本当にすき焼きを言い間違えただけで……」


「秀吉」


 まっすぐ目を見据えてくる明久。こんなにまっすぐな目は、今までの人生で出会った者の中では見たことがない。こやつは嘘がつけぬやつじゃが、こちらが嘘をつくのも難しいやつじゃ……。このワシが騙せぬなんて、遺憾千万じゃ。もうどうにでもなれどいうところじゃな。


「あーもうっ。明久が好きじゃ! これで満足かのう!?」


「なんでそんな投げやりなのさ! 嬉しいけど!」


「だって伝える気がないのに耳ざとく拾うからじゃろう!? いつもは鈍感なのに……」


「そんなに鈍感かな……。秀吉の声を僕が聞き逃すわけがないじゃないか!」


「むう……。嬉しいような、悔しいような……」


「とにかく、ありがとう秀吉。僕は――」


「返事は言わんでよい。元から伝える気のなかった気持ちじゃ」


「……どういうこと?」


「当たり前じゃろう。ワシらはどちらも男じゃ。もちろん、それでも結ばれる者はおる。じゃが、その気はないってお主は言っておったし、ワシも違うって思っておった。……気持ち悪かったじゃろう? どうか忘れてくれ。ワシもそうするのじゃ」


「秀吉、」


「とにかく! 帰るのじゃ! 先に行くぞ!!」


繋がれた手を振り払おうとするが、明久が強く握りしめて離すことができない。


「秀吉! ちゃんと聞いて」


真剣な顔の明久に思わず足を止めてしまう。


「まずは、秀吉が好きだって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう。それに気持ち悪いなんて、微塵も思わなかった。ちゃんと伝えてくれた気持ちに対して、そんなことを思うわけないよ」


 そうじゃった。そのように、人に対して真摯に向き合える人間じゃからワシは好きになったのじゃ……。


「同性ってことに対しては……いつも通り茶化す雰囲気じゃないよね。世間は色々な意見があると思う。けど、僕は互いが認めてるならいいと思うんだ」


いつも通り朗らかに、けれど真剣に話す明久。


「前置きが長くなったけど、僕も秀吉が好きだよ。僕と付き合ってくれますか?」


「…………ダメじゃ」


「なんで⁉ いい流れだったよね!?」


 あまりの嬉しさに顔から火が出そうなほど熱いのじゃ……。けど、ダメなのじゃ。


「同性だからじゃ! それでも付き合う者はおるが、異性より肯定している者がまだ少ないことは否定できん! そんな世間の目に明久を晒したくないのじゃ! 好きな者の幸せを願うのは当然のことじゃろう⁉」


「……秀吉~~! なんて優しいんだ! 結婚しよう!!」


「お主、話を聞いておったのか⁉」


「世間体と大好きな人なんてどっちを取ったら幸せになれるのかなんて明白じゃないか! もちろん秀吉を取るよ!!」


「ロミオとジュリエットは後者を取れなかったのじゃ……」


「それはそれ、これはこれ! 今は時代が変わってるからへーき!」


「しかし……」


「じゃあ周りには内緒で付き合ってみて、それから考えようよ。そうすれば今のところは世間体って線はクリアでしょ?」


「むう……」


「それとも秀吉はもう今から、け、結婚して本当にお嫁さんに来るときのことを考えてくれてるの……?」


「そ、そん……まあ将来どう見られるかは大事だから……って何を言わせるのじゃ!」


「(…………ぽっ)」


「顔を赤らめるでないっ」


「吉井秀吉が語呂悪すぎるから木下明久がいいかなあ……。それと、秀吉がテレビに出るようになったら本当にバレないよう気をつけなきゃ……」


「先のことを妄想しすぎじゃ!」


「まあ今は、これぐらいにしとくよ」


「?」


 顎に右手を当てて妄想を考え込むポーズをやめた明久は、左手をワシの手から離し、向かい合う位置に立って、こちらを包み込むように両手で優しく抱きしめた。


「えへへ、秀吉の匂いを合法的に堪能できるなんて幸せ~」


 若干楽しみ方がどうかという気はするが……。明久の方を見上げるとうっすら雲がかかっておったが、秋の夜空が目に入った。……む?あれはあの輝きは流星じゃろうか?だとしたら、願い事をし忘れてしまったのう……。じゃが、ワシの願いはもう叶ったのでよかろう。


 むう。明久の方が微妙に目線が上なのはちと悔しいが――


ちゅっ


「⁉」


 不意打ちでキスをするにはちょうどいい位置じゃったので、まあよしとしてやるのじゃ。

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