第2話 呪われた神官【1日目】

「アラン、姫を救ってくれたのか。礼を言う」


 レニーの後ろから、かけられた声。

 フレール王が来ていた。


 いずれ、レニーが嫁ぐことが決まっている王。


 レニーは振り向くのを躊躇った。


 いつから居たのだろうか。

 どこから見られていたのだろうか。

 

「いえ。救われたのは私の方です」


 温度のない声で、アランが答える。

 フレール・リュシアンは気付いた風もなく、言葉を紡いだ。


「それにしても、あの人の妄執はなかなか消えないな」

「そうですね⋯⋯」


 刹那、痛みを堪えるような表情を見せて、アランは顔を背けた。

 剣と、血に染まった神官服を拾って立ち上がる。


「私は失礼します」


 立ち去るアランの足取りがふらついているように見えた。

 傷は治せても、喪った血と魔力は補充できない。


 遠ざかる背中を見送りながら、レニーは王に尋ねた。

 

「陛下。あの方は何者でいらっしゃいますか?」 

 

 神官でありながら『治癒』魔法が使えず、付随して得るはずの『防御』魔法しか使えない。攻撃手段も魔法ではなく、剣。

 異常としか言えない。

 

「アランは『防御』魔法のみで魔王を斃した勇者だ。そして、私の弟だ」

「勇者? 弟君?」


 驚きの視線を、レニーは目の前の蜂蜜色の髪の王に向けた。


「アランさまは、王子殿下でいらっしゃるのですか?」


 フレールは首を振った。


「弟は父に嫌われていてね、ついぞ王子とは認められなかった。魔力量だけは多かった為、早々に神殿に入れられたが、女神の加護は得られず、手にしたのは『防御』魔法だけだった」


 フレールの顔が痛ましそうに歪んだ。


「父はアランを殺すつもりで、魔王退治に送り出したのだろう。『攻撃』魔法は何一つ使えず、『治癒』魔法も使えない。すぐに訃報が届くと思っていたのだろうが、アランは成し遂げた」

「すごい。どうやって⋯⋯」

「アランは攻撃魔法は使えないが、剣術は王国一と言ってもいい。加えて、剣に防御魔法をかけることで、聖剣並みの威力を引き出す天才なんだ」


 道理でと、レニーは納得する。


 聖女として聖なる魔法に精通している筈のレニーですら、魔物にトドメを刺した剣を、聖剣と見紛った。


「弟が魔王討伐から帰ってきたのは三年前。勇者と讃えられて戻ってきたアランが、父は我慢ならなかったらしい」


 フレールは溜息を吐いた。


「フレール様、なぜお父様はそこまでアランさまを目の敵にしたのですか?」

「アランは父ケイオスの子ではなかったからだよ。父の兄——私にとっては伯父のリヒトと母ジリアンとの間にできた子供だったからだ」


 レニーは息を飲んだ。

 否が応でも自分の境遇と重ねてしまう。


「憎悪に駆られた父は、死をもって自らの魂を対価に、アランに呪いをかけたのだ」

「呪い? もしかして、先程の魔物のことですか?」


 フレールは、重々しく頷いた。 


「アランを慕う者が現れたなら、アランが慕う者が現れたなら、魔物がどこからともなく現れてその者狙う。半年耐えきったならば、呪いは解かれて魔物は現れなくなるというものだ」


 レニーはアランが、近づくなと口を酸っぱくして言い続けた意味を知った。


「もしかして、過去に魔物に負けた方が居らした?」 

「ああ。神官だった。魔王討伐に同行した、幼馴染の少女だった。彼女もまたアランを慕い、呪いに沈んだ」


 自分のせいで自分の親しい人が、死んでいく。

 アランにとっては、文字通り呪い以外のなにものでもないだろう。


「レニー⋯⋯エレーナ姫。あなたが望むなら、あなたの婚姻相手は私ではなく、アランでも構わない」


 見透かされていた羞恥に、レニーは顔を赤らめた。


 「あなたという 『聖女』を我が国に招待できたという点で、あなたの祖国と交わされた条件は満たされている」


 両国の面目は立つ。だが、とフレールは続けた。


「ただし、あなたは常に先程の様な魔物に狙われることになる。アランと共に呪われるということだ」


 最初の魔物が現れてから、三日間アランから離れれば、条件はリセットされるのだと、王は言った。


「あなたにその覚悟があれば、だ。半年耐えきったのなら、私はあなたとアランを祝福しよう」


「どうだろう?」 と言われてレニーは即答した。


「あります。アランさまを一人にはしません。——今度こそ」


 そうかと、フレールは微笑した。


「弟を頼む」

「はい!」


 レニーは決心を伝えに、菫色の髪をなびかせてアランの元へと走った。 

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