2-3
「緊張するなあ」
新人は途端に表情を固くする。
「そうか? 普通は昨日の銃撃の方がよっぽど緊張すると思うけどな」
クラッシュはおかしそうに彼女の顔を覗き込んで笑った。
「そら、着くぞ」
彼が突然道を外れ、とある高層ビルの敷地内に踏み込んでいくので彼女は慌てて付いていく。ゲートの表札を見て首を傾げた。
「下水道管理局……?」
「表向きはな。やあ、おはようショーン」
「おはようジェイス。彼女連れで出勤か?」
疑問に答えてもらう間もなく彼はずんずんとビルへと入っていき、ガードマンに声を掛ける。
「だったら楽しかっただろうけどな。今日から勤める新人だ。エリーっていう。エリー、こちらショーン」
ジェイスに、エリーだって? 聞いたことのない名前ばかりで誰のことだかさっぱりだが、クラッシュがサングラスの奥から目で挨拶を急かしてくるのでどうやら自分がエリーなのだと彼女は察する。
「エリーです、よろしく」
「ショーンだ。ここの警備員をやってる。ジェイスは面白いやつさ。良い先輩に当たったな」
紺色の制服が窮屈そうに見える大柄な男は、少し屈んで彼女に目線を合わせると顔をくしゃくしゃにして笑った。
人が良さそうな男につられて彼女も微笑み返す。
「そうですね」
隣りに立つデリカシーのないサングラス男が「良い先輩」かどうかにはまだ疑問の余地が残るが。
「それにしてもわざわざ一緒に出勤とは随分世話してやるじゃないか。ニューヨーク出身じゃなくたって、Googleマップで住所だけ教えてやれば今どき一人で辿り着けないことはないだろう」
ショーンがクラッシュだかジェイスだかを揶揄う。彼女もさっきからそれは疑問に思っていた。子どもじゃないんだから、朝から起こして連れてきてもらわなくともここなら一人で来られる。
「新人はビルの中で迷いかねないからな。上の命令なんだ」
「この中で? そんな奴いないだろう」
「命令には逆らえない。お互いそうだろ?」
また飲もう、とクラッシュは言い残し奥へと進んでいく。
「じゃあな。エリーも仕事頑張ってな」
ショーンは手を挙げて見送ってくれた。新人は振り返って手を振りつつ、さっさと先へ行くクラッシュを慌てて追う。
「ちょっと。エリーってなんですか。私は……」
「おっと。ここでそれを口に出すんじゃない」
新人がクラッシュに食ってかかり、本名を名乗ろうとした途端に彼は彼女の唇を人差し指で押さえた。
「不満そうな顔をしてるなあ。まったく、もう少しだから待つんだ」
不本意に黙らされた彼女を見てクラッシュは聞き分けの悪い犬を相手にするように言う。
まったく、と言いたいのはこちらの方だと彼女は思った。この「良い先輩」ときたら、余計なお喋りは好きなくせに事前に大事なことはちっとも教えないのだから。
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