グリル・ド・フェニクス
チャカノリ
第1話
「不死鳥の肉はこんなにも旨かったのか!」
きつね色に焼けた手羽先肉を片手に、恰幅の良い、口ひげ蓄えた豪傑な男が感嘆の声を上げる。
冷たく乾いてよく見える星空の下、村の真ん中の広場にある、催事で使われるような大きな焚火に人々は集い、祝祭を挙げていた。森が村を囲っていてもなお、炎の光は木々の間から眩しく漏れ、人々の笑い声は木霊する。
広場に設置された木製の長机の上には、彩り豊かな野菜、近くの森の木を焼いて燻製させたチーズやハム、村はずれで狩った鹿の煮込みスープなどが、それぞれ木製の大きな皿やボウルに盛り付けられて置かれていた。
そして長机の真ん中には七面鳥の姿焼きのような料理が、豪華な金属皿に盛り付けられて配置されていた。六歳児の体くらいのサイズなのもあって、今日のメインディッシュと言わんばかりの存在感がある。
村の子供たちや、筋骨隆々な男どもは他のごちそうに目もくれず、七面鳥らしき料理の元に集まり、母犬の乳房に群がる子犬のように人だかりを作っている。食器を使うのさえも億劫なのか手で肉をちぎり、口に放り込んで必死に咀嚼していた。
「ったく、男に限らず子供たちまで……はしたないわね」
「まあいいじゃない。 村が勝った証として、かつて村中の火を奪っていた害獣を食べられるのが相当嬉しいんでしょう」
少し離れたところで、村の女房二人が料理にがっつく様子を見ていた。
「ほんと、調子に乗って私たちを支配するなんて、何があの鳥をそうさせたのかしら」
ため息交じりでそう言う彼女が眺めるのは、広場の端の地面に置かれた鳥かごであった。ただし、中に入っているのは鳥ではなく、山の氷河から砕いて取ってきた氷塊だ。
女房達が冷ややかな目線を送っていたその時、角笛が広場に響き渡る。祭事の舞を踊る女性たちを集める合図だった。
鳥かごに入った氷塊は、独りにされてしまった。焚火の炎に照らされて少し溶け、濡れていくさまは涙を流しているようにも見える。
それは冷えた悲しみの涙ではなく、燃え上がる怒りの涙だ。
「人間どもよ、わらわは、そなたらを許さないぞ」
氷に封じられてしまった不死鳥の魂が、声を震わせてつぶやいた。
我々が生きる現代から遡る事、千年ほど前。
ある日の夜、砂漠を飛んでいた茶色い鳥が翼を休めようと、いつも通り巣に帰っていたところ、砂漠の神殿で燃え盛る、儀式の炎へ避けきれずに突っ込んでしまった。
集まっていた砂漠の民は鳥と関わりの深い神を信仰していたため、皆そろって鳥を心配する声を一瞬上げたが、民たちは炎の恐ろしさをよく知っていたため、誰も鳥を引っ張り出そうとせず、自分たちの無力さを自覚してすぐに静かになってしまった。
鳥は最初、本能的に危険を察知し、羽を必死にはためかせた。しかし、うまく飛び立つ体勢を取れない。体を動かすたびに焼ける痛みが襲ってきたのもあるが、何よりも炎が鳥を縛るように揺らめいていたのだ。
炎は焼いて焦がすどころか、鳥の羽を赤色に染め上げた上に長く伸ばし、豪華絢爛ともいうべき姿へ変化させていく。
炎はだんだん収まって小さくなっていったが、最後の火だねは鳥の目から頭の中に入り、人の言葉も理解できて喋れるくらいの知能を授けた。
かつて炎が燃え上がっていたそこには、一羽の大きく煌びやかな、紅い鳥が現れた。
鳥はくちばしの穴で息しようとするが、変化した体に慣れないのか、誤って笛のような声を出してしまう。
その声を聴いた民たちは、神の使いの紅い鳥が現れたとして、ひたすら神への感謝を口にするなどして熱狂し始めた。
だが鳥からすれば、何も嬉しくなかった。むしろ何もかもが異常だった。いきなり大勢の人が自分に声を上げた上に、今まで分からなかったはずの人間の言葉一つ一つの意味が、気持ち悪いくらいはっきりと分かったのだ。
鳥は耐えきれずに急いで羽をはためかせ、民たちが追ってこれないような、巣より遠いところを目指そうと暗い中ひたすら飛んだ。
本当はこんなに深い夜になると眠くなるはずなのに、今夜は一切眠くならず、疲れもしなかった。
それどころかいつもよりも速く風景が後ろへ流れてゆく。自分の目でさえ輪郭を捉えられないくらいに。
巨大な岩にぶつかりそうになったので今度は上方向へ転換すると、鋭く尖った岩の頭頂部を軽々超え、雲を突き抜けてしまった。
今まで上で浮いていたはずの白く柔らかいものを、自分が突き破ってしまったどころか、その上を飛んでいる事実を前に、鳥は悟った。
もう、すっかり変わってしまったということに。
白い綿の上を飛び、眺めているうちに、鳥は落ち着きを取り戻し始める。
先ほどは砂漠の民の言葉を理解できたことに驚き、恐ろしい速さで飛んでしまえたことにも驚き、状況に追いつけなくなっていた。
しかし今は、人の言葉が聞こえないので理解できてしまうことがなければ、後ろへ流れる砂の丘もなくなって恐ろしい速さを実感することもない。昔と同じ気分で飛んでいるのだ。
さて、見慣れた砂の景色をもう一度見ようと、飛ぶ速さをだんだん下げながら雲の下へ潜っていき、再びそれを突き抜ける。
しかしそこにあったのは、砂漠にないはずの濃い緑色で生い茂る木々と、頭頂部が少し白くかかった、黒く巨大な岩の山脈だった。
自分の速さを見くびっていた鳥は焦り、帰ろうと来た方向を振り返るが、そこに砂漠の黄色は一切なく、後ろにも濃い緑色が続く。
自分が雲の上を飛んでしまったことで、故郷は消えて無くなってしまったのだと思った鳥は、帰るのを諦めることにした。
そして、これ以上取り返しがつかなくなるのを避けるため、もう一度雲の上を飛ぼうなどとは考えず、この地の雲の下で羽を広げようと心に決めたのだった。
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