第3話 思わぬ商機

「あれ、アスカさんどこ行くんですか?」


「お前も来い。次からは一人で行ってもらうからな」


「え、店番はいいんですか?」


「もともとファラートぐらいしか来ねーよ。いつも俺一人でやってんだ、今日ぐらい空けても問題ない」


コトリが慌ててエプロンを脱ぐ。

こいつが慌ててる時は大体ロクなことがない。

だがまあ、実地で学ぶのも修行のうちだ。


なにも俺の店は店舗販売だけしている訳じゃない。

吊るしてあるポーションの大瓶を六つ抱えて、引ぐるまに乗せる。

紐でぐるぐるに固定してから俺も荷台に腰を下ろす。


「行け、コトリ!!」


「私が引くの!?」


当たり前だろ従業員なんだから。

人一倍のやる気を、ぜひここで見せて欲しい。



行き先は反対側の町外れ——セムリア冒険者会。

この辺りでは一番大きな冒険者組織で、国境近くの魔物対策の要でもある。

この町の自警団を兼ねる存在だ。


俺の店の半分の売上はここの定期納品で成り立っている。


「ひー、ひー、すみません、いったん、きゅうけいを……」


「仕方ない、これでも飲め」


「わわっ!」


店から持ってきた小瓶のポーションを放る。

特製、塩強め。秋口とはいえ日差しは強いし、熱中症で倒れられても困る。


「ポーションって……私、怪我してませんよ?」


「疲労回復効果付きだ。ポーションってのはもともと“自己回復の補佐”なんだよ。

 乱用すると成長機会を失うが、筋肉痛ぐらいは治る。便利だろ?」


「へー……ごくごく」


まあ普通の薬じゃ大した効果も出ないが、

しっかり作り込んだ“河岸薬草”のポーションは、魔力の循環を促してすぐに効果を得られる。


「おいしっ! すっきりして爽やか〜なのにピリッと塩が効いてて、元気が出ますね!」


「ずいぶん饒舌だな。たいしたもんだ」


「農家の三女なもんで!」


ぐっ……得意げな顔しやがって。

褒めなきゃよかったと一瞬思うが、まあ味覚が鋭いのは悪いことじゃない。

この先、調合を任せる時に役立つかもしれない。メモっとこう。



結局コトリは飲み終えるとケロッとして、荷車をまたぐいぐいと引き始めた。

朝に出発して昼にはもう着く。


「さすが農家、俺より体力あるな」


「アスカさんもう衰えてそうですもんね」


「ああ!?」


「お、アスカくんか。今日は彼女同伴かい?」


「セムリア会長。相変わらず元気そうですね」


初老とは思えない体つき、高いタッパ、整えられた口髭、そして耳飾りの魔石が陽に光る。

声が深く、どこか安心感がある。


商売人は、客を選んじゃいけないが、信用できる相手は選ばなきゃいけない。

そういう意味でセムリア会長とは、数少ない“ちゃんとした取引相手”だ。


「君に用があってね。聞いたよ、改造ランプのこと」


……やっぱり来たか。

ファラートの噂か、あるいは実物を見たか。どちらにしても隠し通せる話じゃない。


「セムリア会長んとこも結構買ってきましたよね?」


「うむ、そうなんだけどね。ワシの手元にも、ほら」


燦々と輝くランプを取り出す。

明らかに俺の改造品だ。

導線の光の波が均一。魔力の流れがきれいすぎる。


「アスカくんの事は他の町に知られたくないし、それは君も同じだろう?

 だから信用して欲しいんだが——改造ランプを売って欲しいんだ」


「で、でも在庫がですね……」


コトリが先に口を挟む。

静かな笑みでセムリアが制する。

その手の動きすら堂に入っていて、まるで王都の貴族と話している気分だ。


「わかるだろう、この光の価値が。

 儂らは数より質を求めている。だからこそ君を贔屓にしてきた。

 武力で押さえつけず、こうして話に来た。その勇気は買って欲しい」


「わかってますよ。俺も会長だからこそ取引してたわけですし」


心の底では、信頼している。

それでも、信頼してるからこそ慎重にならざるを得ないのが商売だ。

こういう時にコトリがもう少し有能なら助かるんだが。


「事実、在庫がないんですわ。

 ランプがあれば改造はできますけど、俺が仕入れると足がつく。

 それが解消できるなら、要望には応えます」


「ありがたやありがたや……。

 君の想像以上にこの問題は根深いんだよ。

 こちらからは決して君の存在を悟られぬようにすると約束しよう」


まったく、年の功ってやつはずるい。

同じ商人でも、こういう人種は俺の“楽したい理屈”が通じない。



「それで、このおじさんは誰ですか?」


と、無防備に切り込むのはコトリだ。ほんと空気を吸うように場を乱す。


「ほほ、ただのお偉いさんだの。お嬢ちゃんは気にせんでええ」


セムリアが目を細めて笑う。

やっぱりジジイ受けはいいんだよな、こういうタイプ。


「アスカくん、良い弟子を持ったな」

「弟子じゃなくて従業員です」

「ふむ……名ばかりではないといいがの」


その一言に、俺は苦笑するしかなかった。

まあ、こいつとならもう少しは手間をかけてもいいかもしれない。


「コトリ。会長の好感度は上げたな。次は口を閉じる練習だ」

「な、なんですかそれ!?」


コトリに最も必要なスキルを確信しつつ、これから降りかかる大きな災いに身を震わさずにはいられないのであった。




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