神様の御影

あおいそこの

ーーー


『神に愛されたような子だね』


思わずそういう評価を渡してしまう程の子がいたとする。

天賦の才能なんじゃないかと疑うような子がいたとする。

それが本当がどうか、この世界では見極めることが出来る。もし本当に神に愛された、天賦の才能、天才は後ろの方にぼんやりと神様の影が見えるのだ。それに気づくと大体の人は、「なぁんだ、天才か」となる。

逆にその神様の影がない人は本当の実力者という認識になり、さらなる人望や、評価を得ることになる。その他にも上手いこと泥の跳ねる人生の雨道を避けられた時なんかは神がいることが多い。明確な功績を残していないのならば大それた問題にはならない。土砂降りの日に傘を持っていなくても何かラッキーなことがあった人、くらいの認識になる。そのラッキーは神に与えられたもの、という認識でしかない。

見渡してみるとうっすら、もしくははっきりとそこに神がいる。ことがある。その影は神様の影と呼ばれ、神の加護と思える功績を成し遂げた人の後ろにいつも在ったことからそう呼ばれ始めた。そしていつの間にか、その影があるイコールすごい人。正しく付け加えると『努力もしていないのに』『すごい人』。正しく言い換えると『大した』『努力もしていないのに』『すごい人』。

もしその影があったとしても唯一見えなくなる時がある。それはカメラの中にいる時だ。というかカメラを通している時。動画や、静止画になると神が現れなくなる。映り込むことはない。写り込んでいるものは写真が下手な人の指か、心霊写真。


・・・


動画クリエイターは神がいるのか、いないのか。分からない人も多い。そして確かめる術がない。画面上にしかいないのだから。

そんな世界の話。


・・・


神様はいない。

けれど信じるしかない。じゃないとこの後ろでふわふわ浮かんでいる結構数の多い。そもそも数えられるものなのか分からないけれど。はっきりしていて数えやすくはあるが、個なのか、匹なのか。はたまた竿や、膳、羽なのか。説明がまったくつかない物体の説明が出来ない。

朝から洗面所で絶望しながら神様の影を眺める。

「声かけても、返事あるわけでもねーし…本当に、神様なのか?お前ら」

耳があるらしい。会話が成り立つ。返事はないから口はないようだ。尋ねると質問に呼応してちゃんと揺れてくれる。聞こえている、と示すように。首で示す肯定のように。縦に揺れる。

「そうか…神様なのか…お前らは…」

どうして俺がこんなにも絶望するのかというと。

「こんにちは!Bangチャンネルをご覧の皆さん、Bangでーす!今日やっていくのは空き缶で家を作っ

てみた!です・・・」


近くのスマホで自分の動画の音声が流れる。画面を切り替えると評価や、コメントが映し出された。動画配信サービスで趣味になればな、とか。目立った趣味もないけど、いろいろ挑戦してその中での成長過程を見てもらえば何かに繋がるだろう、とか。嫌いなモノでも試してみて褒められたら好きなるかもしれない、とか。

そういう人生の取っ掛かりを見つけたいな、くらいの感覚で始めた『Bang』伸びが凄まじいのだ。パトラーと呼ばれる応援してくれている人、フォロワーみたいなものが国内でトップ3に入ってしまうほど。

素直に喜べないのは俺に神がついているから。でも応援してくれる人が何の躊躇いも見せずに増えるのはそれを知らない人しかいないから。俺のトークの面白さとか、動画の構成、企画、行動力、オチ、そこまでの流れ、それらは全て神様のお

かげ。編集された動画を見る人は神様がついているのか、ついていないのかは分からない。だからこれ幸い、と家で撮影をしては、編集する。それの繰り返し。

空き缶で家を作るという企画は何度も使っている倉庫を借りて作った。その倉庫の良いところはチェックインの時に鍵をもらって、片付けをして帰るときに事務所のポストに鍵を入れるだけでいいことだ。

撮影の時に見に来ることもなければ、俺のことを知らなそうな人が管理人だからすごく楽。

テレビ出演のオファーも来るが、いい感じに全て断っている。NGないような感じをしてかなり謎を多くしているのも実体として多くの場所に出現しないことを許してもらうためだ。


・Bangがテレビとかに出てこないの好感。

・ホームだけで活躍しててくれ!

・謎多きBangとしてずっといて欲しい!!

そんな声がコメントの多くを占める。


もし出たら出たで評価してくれるんだろうが、神様の影がいることがバレてしまう。それが俺にとっての何よりも避けなければいけない事態だ。撮影の関係者だけだったとして。そこでの情報は門外不出だったとして。大御所の出演者に神様の影がついていたとして。俺についてがバレるよりもいいネタを仕入れることが出来たとして。


「Bangって神様の影あんじゃん」


「なぁんだ、天才かあ~」


そう思われるのはものすごく嫌だ。だから顔出しもしていないし、体は出ているけれど顔は必死に隠している。プライベートの外出も有名人みたいに顔を隠すことはしない。黒いバケハにマスクなんて着けて、もしかして有名人なのかな?って思われて言葉を発した瞬間気づかれたらたまったもんじゃない。

パトラーはよくも悪くも頭が良い。そして頭が悪い。都合悪い時に聡くいられて困ることもあるけれど、神様の影があるから表に出てこないんでしょっていう発言は何となくタブーの風潮がある。そもそもネット上での神様の影の話題からタブー視されつつある。

面白いんだからいいじゃん、と経験を語る。けれどどうして面白いのかを語ることはしない。何故なら出来ないからだ。どこかの哲学者が言っていた。経験した人がそうであることを知っているが、なぜそうであるかを知らない、と。神様の影って不確かなものだ。それ故に中途半端な知識で責め立てて反撃された時ボロを出すのが怖いのだろう。じゃあ普通の誹謗中傷だって行き過ぎた主観によるもの、と認識を改めたらいいのに。

子供のころから神様の影があることは知っていた。だからテストでいい成績をとってもそうだよね、っていう視線で刺されてきた。それが嫌だったから勉強しなくなったし、ちょっと見たところがテストにそのまま出てくる神のご厚意も無視して点数をわざと落とした。

分かる問題も分からないふりをして、チラと見えたまっさらな背中をしている奴の間違えた回答を真似たりした。もちろん、カンニングを疑われない程度に、だ。

「お前って神様の影あるのに全然嫌な感じしないんだけど~」

「神様の影あるってだけで今まで大変だったろ~?お前良い奴なのにな~」

「えっ、勉強じゃない神がついてるってこと?本当は…お馬鹿?」


それでいい。

これでいい。

これがいい。

学生時代のなんとなく戦法でこのまま生きていけると思っていた。

なのにどうして!!!

俺は趣味だとしても始めてしまったんだ…

承認欲求は満たされるし、神様の影のせいか知らないが悪質なファンもそこまでいない。純粋に応援してくれるファンばかり。ストーカーもいないし、危ないことにもそもそも巻き込まれない。殺害予告もないし、目立つようなアンチもほとんどいない。

「感謝はしてる、けど…実力じゃないっていうのがな、ちょっと気になるところではあるよな」

返事をしない神に問いかける。毎朝の洗面所での葛藤はもはやルーティーン。

撮影のために一人暮らしにしては無駄に広い豪邸のリビングで準備を始めた。

今日は何の撮影をしようか。いや、今日の撮影は決まっている。それなりに身近な場所で準備が整うようなものをかき集めるのは親近感を貪欲に集めるため。見てもらえる企画のためには何が必要で、何が必要じゃないだろうか。考えることによってただでさえ重たい頭がまた重たくなっていく。

他の誰がやったって同じことをBangとして行う。俺じゃなくていいことを俺がやる。それが自分らしさ、になっていく。それが面白いのは貴方が貴方であるが故なんだよ、と言ってくれる人が増えるように。すでに面白いと思ってくれている人は程度が爆発するように。

神様の影は心にモヤを作る。自殺率も神様の影がある人の方が高いという結果も出ている。死んだら影はどこに行くのだろうか。別の人のところに行って凄さを増すのだろうか。何度も考えているというのに答えが出てこない問いを憎む。憎み切れないのは豊かな暮らしを出来てしまうから。死のうとまでは思い立てない。

「あ、ちゃす。Bangでーす!今日は、ぬるっと始まりましたけど。勝手にベストバイ、ってことで今季買ってよかった物を購入履歴から漁って行こうかな、の回!デリバリーも頼んだので、それを食べながらセンシティブなものもあるかもしれない購入履歴を一緒に見て行きましょうー!これの投稿時間、多分夜だと思うし、俺が夜にしようって考えてるんだけど、みんなも一緒にご飯食べようね!」

なーんて。

一番孤独を感じながら食事をしているのは俺だっての。他の人の孤独を埋めてやりたい、と心から思えるほど、俺は優しい人間じゃないし、きっとそれは外側の側。

「俺、実地に行って買うことも結構多いから、そういうのは実物を見せるね。どうにかして。結構大きいものも買っちゃってさー」

スマホをスクロールしながら何を買ったかを思い出していく。大したモノ買っていない、それを言えばいいか。家具家電は実際に見に行って手に取ったりして選びたい派だ。だからみんなが金持ちはこういうの買ってんでしょ?的なものは購入履歴の中にほとんどない。

右目ではスマホの画面を見て、左の脳で何を喋るかを決める。左目でスピリチュアルの世界を生きて、右の脳でスピリチュアルの世界を考える。普段は企画系しかやらないのに食べて、喋る、労力の要らない動画が世間にどう捉えられるか。

歌手転向するクリエイターや、デリバリーを食って近況を話すだけの動画を増やすと飽きられることも少ない。普段から大規模な企画をやっていると単発では許されるかもしれないが、それが続くとあの頃はよかったのに、と過去を引き合いに出されることもある。

第一印象ってものすごく大事だ。というか浸透させるキャラ設定。最初から気だるげな、ふんわりとした人でいればやる気は?なんて誰かが聞こうものならソイツが袋叩きだ。浅い知識で語るなよ、って。元からこういう人じゃん、って。まるで全てを知っているかのような物言いで守ってくれる。

そんな中、俺のこのいつもとは違う雰囲気の動画はある意味挑戦で、ある意味ストレス発散だ。俺の事なんか何も知らないくせに守ってくれちゃうんでしょ?っていう挑戦で、その通りになったらなったでこの世って馬鹿だわーって見下す。その未来が見えているから。結果が出ていない今もストレス発散になる。

いつからか趣味の範囲を抜け出して、神の影は俺のことをどのくらい守ってくれるのだろうか、の検証になった。二十四時間三百六十五日カメラを回していたなら壮大な研究になったことだろう。神様の影がカメラに映り、俺が紐なしバンジーに挑戦する勇気の心があればの話だけど。

羽を広げたら俺の身長よりも長い鷹が俺を攫ってくれたり。そもそも動画に俺の影が映ってくれたなら、起こる全てが多少不可解でも納得してもらえる。もう何を言っているのか自分でも分からない。左目を閉じて、右の脳だけ停止させた。半分の世界を俺は生きている。実力と運。片足しか癒えない足湯だ。

「あ、ソファ買ってるね。これはね、もうデザインに一目惚れしたんだよ。でもね、やっぱり実際見に行った方がいいよ。デザインは写真通りだったんだけど色がね、想像より明るかった。むしろこっちの方が好きってなったのでベストバイ、と言うかグッドバイだね。なんか、さよならみたいになっちゃった」

頼んだハンバーガーにコーヒーにクレープにドーナツ。机の上に並べて手を付けていく。誰にも食べきれるの?なんて聞かれない。スタッフと美味しくいただきました、なんて書かなくても誰にも何も言われない。むしろ書いたら『スタッフ「と」』って優しすぎるでしょ、ってコメントでいっぱいだ。

もうどうしたらいい?

猿が人間へ発展する最中を思わせる原始的な食べ方でもすればいいのか?そうしたらマナーが、とか言ってくれる?飾らないところ可愛い、とでも言ってくれてしまう?アンチ止めて、と言う人が多い中俺は逆行している。

アンチして!!!

いつの間にか開眼していた左目を閉じる。危ない、危ない。中二病でも何でもなく左目には気をつけなきゃいけないな、と表には出さずとも思う。

「そうそう~、って誰に頷いてんだって話よね。これね、友達に勧められて三巻くらいまで借りてたんだけどあまりにもよかったので古本オンラインで全巻揃えちゃいました。幸運なことに全巻帯ついてたの!!まぁ、帯欲しいなら新刊で全部揃えろって感じだけどねー」

クレープを齧る。皮からクリームが溢れ出てスマホの画面の上に落下する。近くにあったティッシュで拭おうとするが広がるだけでウエットティッシュを二枚ほど抜き取りスマホを拭く。オーバーリアクションは忘れずに。

「マジかー!スマホに虫がたかっちゃうよー!」

ま、そんなことあり得ないんだけどね。ちゃんと拭うし。

「なんかすごい量、ノート買ってる…あ、そうだ、そうだ。ボツになったんだけどノートと辞書を一枚ずつかみ合わせてプレス機の逆、みたいなやつとか…車、とかで引っ張ったらどうなるのか、みたいなのやろうとしたんだけど…というか実行済み、やったんですけど、ですよね…って結果にしかならなくてボツにしたんだよ。辞書バーサスである必要はなかったな…そのノートは別に破損しなかったのでちゃんと使ってますよー」

これとかね、と示したノートの中身は空っぽだ。表紙にそれっぽくネタ帳って書かれているだけ。よれっとしているのは実際にその企画は撮影しようとしたからだ。千切れるまでやろうなんてことを思っていたわけじゃなかったし、何となくこの企画は伸びないだろうな、と思って乗り気ではやっていなかった。だからボツになっても平気だった。

「最近サブスクに入ってさ、寄り心地いい環境で観ようとビーズクッションを買ってますね。スクリーン設置も計画してるんだけど、機械疎すぎてもう何買ったらいいか分からないんだよね。有識者助言求むー!」

そのコメントだってどうせ見ないくせにね。

俺の中にいるもう一人の俺が残酷なことを心に呟く。本当はお前の心にもう純白が欠片として残っていないことを気付いているんだろ?それなのに善人でいようとして馬鹿馬鹿しい、とポテトを食べた時、指につく油のように小賢しく、質悪くこびりついてくる。

ファストフード店とコラボをした時、打ち合わせの大半をリモートで行った。その際、ナゲット派か?と聞かれた時、どっちも好きだけど、どちらかというとナゲットと答えた。理由はなんででしょうかね、とはぐらかした。自分のことだったとしてはぐらかす人間、という立ち位置を確立していたから出来たこと。

やっぱり気だるげで売る方がいいよ。やる気なさそうに見えても文句言われないし、過激な信者が守ってくれるから。

はっ、として撮影中だったことを思い出す。マネージャーもこの場にはいないし、現実世界に引き戻してくれる人はいないに等しい。生放送だったら放送事故レベルの沈黙だ。数秒でアウト、とのことらしいが今俺は数分単位で黙っていた。

もうこれ以上話すことはないし、話したくない、と思って適当にスマホの中から情報を見つけて、簡潔にしゃべった。膀胱が限界なんだよね、とか適当なことを言って視聴者が笑えるようにしてカメラを切った。

買った、と嘘ではないビーズクッションに体を沈ませる。食べ残したモノを想う。どちらだろう。左目か、右目か。左の脳か、右の脳か。自分で何かを起こしていくのは苦しい。企画系は楽だ。企画を考えて、実行すれば完結までに必然的に何かが起こってくれるから。それにリアクションをすればいい。

こうやって頭を使って、怒られない言い回しをして、怒られないトピックで、怒られない始め方で、怒られない切り方で。そんな面倒くさいことを意識しながら話し続けるよりもよっぽど頭を使わずに済む。

体を反らせて、ビーズが俺の体の形を作る。頭が地面についた。世界は逆さまだ。世界は逆さまだ。次はどんな壮大なことをしようか。

「んー…」

目を閉じる。すると世界は順方向だ。世界は真っ当だ。食べ残したものを全て同じ袋にまとめてゴミ箱の中に突っ込んだ。カメラがあれば俺のことを誰かは嫌ってくれたのに。世界を逆方向のものにしているのは俺だった。

あの喋っているだけの動画も受け入れられた。ランキングのトップに君臨し、大型企画のキング、珍しい動画を投稿!なんてニュースも見た。あまり大手じゃない場所で。それは少し嬉しかった。


・今日一人でご飯食べる日だったのでちょうどよかったです!こういうタイプの動画も超嬉しいからこれからも待ってます!

・嫌味のない金持ちめ…

ー恨んでんじゃねぇか笑笑笑

・企画も好きだけど、ばんぐは喋りも面白いし、こういう長尺動画もいいなぁー。企画系も待ってるけど、無理しない程度に両方みたい

・プロジェクターは大手より、それに特出してるところで選んだ方がいいです。

・機械疎いの可愛い笑笑笑笑笑笑笑

・めちゃくちゃ稼いでんだろうに古本で全部揃えるのなんか親近感。帯ついているのはや神引きとしか言えない。

・「膀胱が…」で笑い死んだ。カットして戻ってくればよかったのに、動画切るのこの世でばんぐちゃんだけでしょ笑


セルフサーチかな???

そういう技術の進歩が俺にアンチを見せないようにしているのかな???

見たいわけじゃないし、見ないに越したことはないはずなんだけど、こうもクリーンだと不安になる。その感情が俺の心を宿す俺の体は汚れた場所の方が息がしやすいと認めているようで複雑だった。アンチを、悪意を綺麗とすれば楽か。そんな倫理に反するような考え方はさっさと消した。消そうと思って消せるだけ俺はまだ捨てたもんじゃない。

そう信じてる。スマホが綺麗に八台くらいはまりそうな大画面にかじりつく。基本パソコンでしかエゴサをしない。スマホは見ていると疲れるからほとんど連絡でしか使用していない。あとはニュースを見たり、その程度。

「このまま歌手デビューでもすれば大衆化、って言われるか…?いや、それより、こういう動画で埋め尽くして、成金みたいな…古本っていうのがダメだったな…つーか、俺食いきってないですけど?そこ叩けば?・・・」

画面から目を離せば吹っ飛びそうになるくらい目が疲れているのに。それを学んでいるからブルーライトカットの眼鏡をかけているのに、俺はまるで学んでいない人を演っている。

上げたらキリがない欠点も俺には、存在するもんね、人間だもんね、と言われる。人でも殺さないともはや怒ってもらえないのかもしれない。子供向けアニメ、しかし大人も時たま号泣する。そんな名作だらけのアニメに『大人は可哀想』『寄りかかったり、叱ってくれる人がいない』みたいなことを言っていた。

叱られないって嬉しいじゃないか、と思っていた俺の子供の心はどうやらちゃんと成長したようだ。叱られたい。何でもかんでも受け入れられる方が苦しい。怒ったり、認められないっていう状況の中にいて初めて人は気だるげを売ることを拒絶するんじゃないだろうか。全力でその人に好かれに行こうとするのではないか。

「でもまぁ、ここネットだしなぁ…」

体を起こしてパソコンから目を離れさせる。自然光が目に刺さる。ちかちかしてしばらく前が白飛びしてしまう。酒を飲んだ時のように頭が揺れる。右へ少しでも動けば右に行って一周してしまう感覚。

明日も、それから先も。撮影して、編集して、撮影して、編集して。誰にもばれないよう、そうやって生きていくだろうし、そういう人生設計を素で描いている。そのくせバレることを望んでいる。バレた本性を抱える俺は真っ当に不完全だから。それを暴いてほしくて、編集を乱雑にして、企画をぐだぐだになるように仕向ける。

何かが足りない、も。何かが余る、も。不完全死ね、とでも言ってもらえるように。

中々治らない白く飛んだ視界を直そうと壁伝いにシンクへ歩いていく。リビングの中に堂々と構えるモデルルームの方が近いくらいに使用形跡がないキッチン。日本で導入されたのは初めてくらいまだまだ有名じゃない、シンクがない技法を使われている。

プールみたいに側溝があってそこに水が流れていく。どれだけ水を出しても大丈夫だったから、今度バケツをひっくり返してみよう、みたいな企画でもやろうかな。そもそもこれを導入しているマンションなんて指で数えられるし、マンション全棟じゃないからフロアの特定も秒読みだ。

でもいいんじゃないか?もはや。このシンクも最初はすごいと思っていたけれど、今では水溜められないんだけどってストレスがたまるタイミングも多々あるし。

シンクと呼ぶスペースにお前も俺と同じ不完全だな、って言ってやるために乱暴に顔を洗った。水は飛び散った。それを拭かなきゃいけないのは怠い。

黒光りの蛇口に反射する俺の顔。背景が黒ならこの影も目立たない。じゃあもう一生夜でいい。街灯もなくっていい。注意力散漫な人、酔っている人、高齢者が予期せぬ何か。光があれば避けられた何かに避けられず怪我を負っても、もういいから今日の夜から明けないで。

この部屋の壁に黒い塗料を塗る、的な。黒色無双だったっけ。そんな企画もいいな。でもここ借家だし。

でもいいんじゃないか?もはや。金ならあるから退去の日、ごめんなさいでも何でもしながら金を積めばいい。そういう思考回路の人間です、と露呈してしまえばいい。

家でも買うか。

ストレスが多いのはこの家のせいだ。俺のせいじゃないし、俺に寄生している虫のせいじゃない。この家は足も生えていないし、浮かぶことも出来ないし、そもそも考えることが出来ないから俺を追ってくることはない。だから思う存分理不尽に悪と決めつける。

超でっかい豪邸を買おう。シンクはこのタイプは嫌。屋上もあって欲しい、バルコニーも広いのが欲しいな。エレベーターがあるくらいの大きさで、部屋の数、収納の数がもはや城ってくらい。そこを城としたい。底を白としたい。

経済活動だもの。誰にも怒られない。

怒られたいくせに、怒られない行動を探している。水たまりを避けて歩くような人生観も誰も叱って来ない。それってすごく孤独だ。

顔がヒリヒリするくらい強くごしごし拭いて、そのタオルを洗濯機にぶち込んだ。動線だけは完璧なこの家を手放すのは少しばかり惜しい気もする。広い家は孤独が目立つ。ワンルームでいい。


・・・


そんなとある日のこと。

「今日、厚生労働省から支援を受けている団体が運営する神様の影研究委員会の公式発表で『神様の影は本人の功績と直接的な因果関係は証明できない。よって神様の影がある人だから実力ではない。逆に神様の影がないから実力ではない、と判断することは不可能。』と発表しました。また研究委員会の委員長である岩綱琉惟(いわつなるい)委員長がこの研究結果について『長期間にわたる調査の末、人の能力値と神様の影の関係が明らかになったことは大変喜ばしいことであり、達成感を覚える。そして何より、世界での偏見がなくなることを望む』とコメントしました。・・・」


ーーー

続く

ーーーー

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