第2話 再会

「貴方が救急車に搬送されたまさに直前に、この会社の屋上から狙撃が行われました」

「狙撃? っていうとゴルゴみたいな?」

「ゴルゴ?……あぁ! えぇ、そうですそうです。まさに」

「そりゃまた、凄いですね。この日本で」

「えぇ、我々もてんやわんやで。それで病み上がりの方をあまり引き留めるのもどうかと思うのですが、どうも貴方は狙撃の瞬間に社屋にいたらしいということになりまして、何かお気づきのことがあるのではないかと」

「……あの、もしかして私、容疑者候補だったりしますか?」


 社屋の一角に設けられた臨時仮設本部。

 会議室を間借りして長机を並べただけの部屋で笹山は聴取を受けていた。

 笹山の不安そうな問いかけに「まさか」と須藤は生真面目そうだった表情を少し綻ばせた。


「さすがに事件が事件です。素人には500m以上の狙撃はとても無理だ。それこそ、会社一筋勤続30年の笹山さんが実は! なんてのは漫画の中だけだ。それより……」


 どうやら社屋を出入りする人間の身元確認などはとうに済んでいるらしかった。

 須藤は一枚の顔写真を差し出してきた。

 映っていたのは佐々木だった。社員証かなにかを拡大したような感じの制服制帽姿。ハッキリ佐々木とわかる写真だ。


「この方をご存知ですか?」

「えぇ……夜間警備員の佐々木君です。残業をよくするので巡回中の彼によく帰宅を催促されました」

「そうですか。実は貴方の為に救急車を呼んだのが佐々木さんなのですが……現在行方不明でして」

「えぇ?!」


 何でもいい、心当たりはないですか?

 問いかける須藤に、笹山は「屋上」という言葉をすんでのところで飲み込んだ。

 記憶が一気に甦っていた。

 屋上にいた佐々木、破裂音、全てが繋がった。

 つまるところ、佐々木こそが件のスナイパーなのだ。

 驚愕に固まる笹山に須藤が声をかけた。


「佐々木さんは救急隊に貴方を預けた後から行方がわからなくなっています。もしかすると犯人を目撃し、事件に巻き込まれた可能性があるのではと」

「は? あぁ……そうですか、そうですね。佐々木君は容疑者ではないのですよね」

「勿論、全ての線は追います。が、まさか犯人がわざわざ逃走を遅らせて119をかけるようなことはないでしょう」

「な、るほど。たしかにそうですね、たしかに」


 事実はそのまさかのようであった。

 佐々木はスナイパーで、そして命の恩人でもあるらしい。須藤に伝えるべきか口を噤んでおくべきか。

 悩む笹山は顔を青くしたが、須藤には万全にほど遠い体調からのものと思われたらしい。


「あぁすいません。お加減、大丈夫ですか?」

「いえ少し驚きました」

「あまり長引かせても申し訳ない。では、また何かお気づきのことがありましたらこちらに」


 聴取は時間にして15分にも満たない程度だったがやけに長く感じられた。名刺を受け取り、部屋を出るまでの間隠し事がバレやしないかとヒヤヒヤした。

 また心臓に負担がかかりそうだった。


 笹山は私物を取りに4階の事務所に赴いた。

 事件直後だったが既に会社の業務は行われていて、どこか気の散ったような同僚や後輩達にしばらくの休職だと伝えると、驚きと申し訳なさの混じったような表情で見送られた。


 まだ長時間歩くのは控えようと会社から自宅までタクシーで移動する間、笹山が携帯端末で狙撃事件のことを調べるとすぐにネットニュースが見つかった。

 まさに笹山の倒れた日の深夜0時過ぎ。オフィスビルの屋上から直線距離で500mほどのホテルのスイートに宿泊していたさる芸能関連の大物が狙撃されたらしい。

 ネットニュースにはその人物の黒いうわさなども飛びかっていて、故人を貶めるのもよろしくはないだろうが死んで救われる人が多いということだった。


 笹山の自宅は都内の一軒家だ。

 都内とはいえ23区外の狛江市に構えたこじんまりとした2階建てで価格も控えめ。

 結婚を機に購入したが妻には早くに先立たれていて、もう20年以上笹山1人で住んでいた。

 しわくちゃの折りめのついたサイフに挟んだ鍵を取り出そうとした笹山は、目当ての鍵が見当たらないことに困惑した。

 どこかで落としたか、これは困ったと天を仰いだ。

 会社に引き返すか、どうするか、そんな風に玄関扉の前で突っ立っていると内側から錠前をひねるカチリという音がして中からぬっと手が伸びた。ピアニストのような細くも力強い手が笹山の襟をつかむと一気に扉の内に引き込んだ。


「佐々木君?」

「どうもっす。ちょっと間借りさせてもらってるっす」


 手の主は佐々木だった。照明をすべて落としてあるのか薄暗い玄関で佐々木は耳の裏を掻きながら、会釈のような謝罪のようなほんのわずかな角度の礼をした。







 


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