◆第2章 劇場の危機

援助者の微笑とラブポーションの予感

ラビィは、思い通りにならないことに苛立っていた」。


(もう!どうしてフェスタはああなのよ)


簡単に自分にキスしてきたくせに、いざ本格的に惚れさせようとしたら、全然自分を見ない。


鏡で自分をじっと見た。


少女のような幼い顔立ちなのに肉感的な体つき、そして魅惑的な大きな瞳、女の子らしいピンクの髪の毛。


(完璧じゃない)


自分の容姿に絶対的に自信があるラビィにとって、フェスタの態度は理解不能だった。


学園に入る前は、複数の恋人もいたし、劇場には、自分に振り向いてもらおうと花を贈る常連の男性もいた。


なのに、先日、フェスタに声をかけたら“すまねぇが、アンタの頼みは聞けねぇ”と、冷たく断られた。


(好みの男ほど、上手くいかないこともあるのね)


狙いをフェスタに定める前に彼を観察していたら、彼の前髪がはらりと額に落ちたことがあった。彼は無意識に髪を手でかき上げていて、とてもいいなと思った。


(どうしたら手に入れられるのだろう……)


「ラビィ嬢、この後、街に出てお茶でもどう?」


名前は忘れたが彼は伯爵家の四男で、声をかけられた。


「ごめんなさい。次のお芝居の練習をしたいの。今度の劇も観に来てくれると嬉しいわ」

「必ず行くよ。花束持ってね!」

「ありがとう。期待していてね。よかったら他のお友達も誘ってくれると嬉しいわ」

「そうするよ!」


(嘘だわ。友達を連れてきたことなんてないくせに)


彼は自分狙いなので、毎回1人で劇場にやってくる。


(それに、花束よりもお金が欲しいのよね……)


どうでもいいと思う男ほど寄って来た。


現在、劇場は資金難だ。だから、少しでも劇場が話題になればと学園の無償で入学できる特待枠を狙った。頭の良さにもラビィは自信があった。


でも、入学すると思うように人脈ができなかった。中途半端な男子生徒からだけは、ちやほやされたけれど。


(女子からの好感度も上がるようにしなくちゃいけないわよね)


劇場前に来ると、ラビィはスタッフ口から入ってそのまま衣装倉庫へと向かった。


女子に評判が良さそうな男性役でも演じてみようかと考えて、倉庫の奥でカツラを探す。


箱の中には、色とりどりのカツラがぎっしりと詰まっていた。ラビィは手を伸ばし、短髪のものを探した。


ふと、違和感があった。


(箱の中が妙に雑然としている?)


その時、詰め物の紙の間に、何か硬いものが指先に触れた。


そっと紙をめくると、コロン、と小さなガラス瓶が転がり出てくる。


持ち上げると、コルク栓が押し込まれたガラス瓶で、瓶の中で白い粉が揺れていた。


(なにこれ)


──ラビィの脳裏に、ある会話がよぎった。


(……そういえば)


学園の男子生徒が話していた“ラブポーション”のことを思い出した。


最近、街で流行っているという噂の媚薬。白い粉状で、幻覚作用が強いことから使いすぎると廃人になる危険があると聞いた。


(まさか……それじゃないでしょうね)


劇団員の誰かが隠していたかもしれないと思うと、すぐに両親に報告するべきだと思った。


だが、瓶に触れるのも怖いし、見つけた現状をそのまま見せた方がいいのではないかと、元に戻した。


両親のいる事務所へ急いだ。


(早く伝えなきゃ……)


勢いよく扉を開けた瞬間、ラビィは足を止めた。


両親の前に、見慣れない紳士が座っている。


ストライプ柄のベストに、スリーピーススーツ。その人物は背筋を伸ばし、脚を組んでいる。ラビィの視線に気づいた紳士は、ゆっくりと脚を下ろすと穏やかな笑みを浮かべた。


「やあ、こんにちは。君がラビィさんか。こちらの看板女優だそうだね」

「え、ええ」

「今日は、劇団の援助を提案しに来たんですよ」

「そうなのですか!?」


ラビィは思わず声を上げた。劇団の資金難は、ずっと頭を悩ませていた問題だ。


けれど同時に、あまりにも唐突すぎて驚いた。ちらりと両親の様子をうかがうと、彼らは予想に反して静かだった。


(お父さんたちも驚いているのかしら?)


「詳細はご両親から聞くとよいでしょう。では、私はこれで」


紳士が立ち上がると、両親は慌てて扉を開けて深々と頭を下げて見送っていた。


「お父さん、あの人は誰なの?援助ってどれくらいしてもらえるの?」

「あの人は、ヒャルトさんという人だ。具体的な援助はこれからの話し合いで決まるよ。……ラビィ、お前はあの人とはなるべく接触しないように。迷惑になるしね。あと、これからは劇場内に人の出入りが増えるかもしれない」

「ヒャルトさんというのね?人の出入りが増えるって、お客さんが増えるってことよね?」

「まあ、そうだよ」


なんだか父の歯切れが悪い。母もどこか沈んだ様子だ。


ラビィは胸の奥に、うっすらとした不安を抱いたのだった。

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