ほんの少しの短い糸
エビの衣
第1話 「再会の日」
春の風が頬を撫でていく。
新しい制服の襟は、まだ身体に馴染まず、少しくすぐったかった。
通学路の角を曲がったその瞬間、懐かしい声が聞こえてきた。
「……糸成、?」
振り向いた先にいたのは、
背が伸び、声も低くなった“幼馴染”だった。
「智人……?!」
間違えるはずがない。
ずっと心の奥にいた——
「好き」な彼の姿だった。
「糸成もこの高校選んだんだ、」
そう言って笑う彼の声は、変わらない優しさを帯びていた。
俺はその少し高くなった目線に合わせて、笑顔を作る。
「智人こそ! 頭いいから他のとこ行くと思ってたよ」
中学に入ってから、彼とはあまり話すことがなくなっていた。
けれどこうして並んで歩くと、時間なんて止まっていたみたいに感じる。
「……俺はここがいいんだ」
「……智人らしいね、笑」
「……」
「……」
春の風が二人の間を抜けていく。
彼の綺麗な金髪がふわっと揺れ、清潔感のある柔軟剤の匂いが少し硬い空気を包みこんだ。
その横顔を、俺は黙って見つめた。
そうだ──
俺は、彼に好意を抱いているんだ。
「好き」にはいくつも種類がある。
家族としての「好き」。
友達としての「好き」。
恋人としての「好き」……。
その中で、俺の「好き」は——片想いそのものだった。
この気持ちを押し込めて、胸の奥にギュッと閉じ込めておく。
それでいい。
そうじゃなきゃ、ダメなんだ。
だって——
同性だから。
「……っ」
沈黙を破るように、智人が小さく笑った。
「……糸成は、全然変わってないね、笑」
柔らかい声。
そっと口を開いて微笑むその仕草も、
中学のころとまったく同じだった。
「……そうだね、笑」
そんな顔で笑わないでほしい。
だって——
その笑顔を見るたびに、押し込めたはずの気持ちがあふれ出してしまうから。
周りの誰かにはある“赤い糸”が、
俺たちには存在しない。
存在してはいけない。
「……智人は今、身長何センチなの?」
「えへへ、実はね、175……!!」
「えー、175ミリか!! ちっちゃいでちゅねぇ〜」
冗談を言うことだけが、気持ちを抑える逃げ道だった。
「違う!! センチ!!」
「糸成は全然伸びてないくせにー」
「伸びてるよ!! ……5ミリは……」
「アハハ、5ミリだけ? 笑」
「うっせー!! 身長分けろ、こんにゃろー!!!」
「アハハハ……」
彼の上品な笑い声が、春の風と一緒に俺の胸に響く。
その瞬間、俺は思う。
——やっぱり、智人は昔のままだ。
変わらない言葉遣いも、仕草も、笑い方も。
懐かしくて、愛しくて、
そして少しだけ、痛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます