魔女とブランデー

過去畑

魔女とブランデー

「隣の席いいですか。」

行きつけのバーで見かけた見慣れない女性。

僕はそう声をかけ軽く相槌を打つのを見てから隣に腰をかけた。

深紅のドレスを身に纏い、艶やかな唇、綺麗に整ったまつ毛、夜のバーの雰囲気にピッタリの女性だ。

そんな女性に負けまいと僕も思わず格好をつける。

「マスターいつもの頂戴。あと横の彼女にも何か」

なんてありもしない「いつも」なんて注文をした。普段は特に決まった酒などないが、雰囲気を察したか付き合いの長いマスターが、

「いつものやつね...」

とサラッと話を合わせ、ブランデーを使ったカクテルを2杯スっと差し出した。

「嫌いじゃないかな?」

なんて慣れもしない言葉遣い。女性は、

「えぇ...」

とただ一言、多くの語りは必要ない。

ニコッと微笑み乾杯とグラス合わせる(コツン...)

なんて魅力的な女性だ。例えるなら、まるで魔女のような。きっと僕のように美貌に釣られる輩を狙ってディナーにでもしているのだろう。なんてありもしない想像をしてしまう。少し酔いが回ってきた頃、女性も同じように回ってきたようで頬がほんのり赤みを帯びる。会話は無い。でも充分だ。今このひとときをゆったりと過ごせれば。カクテルを飲み干すと、

「私はこのへんで。」

女性がスっと立ち上がる。

(まだ一緒にいたい)

そう思う僕を見透かしたかのように一言、

「ご馳走様。」

ニコッと微笑みその場を後にした。

あの笑顔には敵わない...僕は止めることも出来ず、立ち去る女性の背中をただただ見つめていた。いや、去り際すらも見惚れていた。

マスターによると女性は、来店頻度こそ高くないが、初めてではないらしい。またチャンスがあるかもしれない。それだけで僕の心は温まった。


それからというもの定期的にバーには通うが、あの魔女のような魅惑の女性を見かけることはまだ無い。でもそれでいいのだ。その時はいつ来るか分からない。きたる時のために僕は今日も格好を付けてこう言う。

「マスター...いつもの。」

すっかり言い慣れたその言葉を合図にマスターが手際よく用意をする。

そうして出されたブランデーのカクテルを1杯飲み、今日も僕は夜の世界へと誘われていく。

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魔女とブランデー 過去畑 @Hibiki1727

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