第4話 赤竜隊
リューファスは続けた。
「オレは州内の連中───同年代のやつらを寄せ集めて、『赤竜隊』ってのを作った」
そう言いながら、彼が指さした方向。
さっきまで戦っていた赤と青の少年たちが、楽しそうに談笑している。
「あの人たちが……赤竜隊なのね」
エリュシアがそう零すと、リューファスは頷いた。
「最初はただの戦ごっこに過ぎなかったが……棒振り回して、陣形作って、笑って泥だらけになってな」
リューファスの声には、楽しげな誇りが混じっている。
「でも遊びは、訓練になる。地形の読み方、連携の取り方、即応の習慣。オレらはそれを遊びで覚えた。元はガキの遊びだったものが、本当に戦うための筋肉と頭を作ってくれたんだよ。今じゃオレらの『戦ごっこ』は州内で大人気さ。どっちが勝つか賭け事になるくらいにな」
彼は、にやりと笑う。
「さっきお前は、オレの影響力についても言ってたよな?」
「えぇ……そうね」
エリュシアが頷くと、リューファスは続ける。
「州内の影響力は───問題ないさ。多分、オレの方が州長のおっさんよりも民衆に好かれてるぜ」
「え?」
エリュシアは、目を見開いたまま固まった。
「というか……『赤竜隊が好かれてる』の方が正しいか。オレたちは、州内でもめちゃくちゃ支持されてるのさ」
「どういう……こと? 戦ごっこが人気だから?」
彼女は周囲を見渡した。
もう戦いが終わり、見物人は帰り始めている。
「それだけじゃねぇんだ。魔物討伐さ。本来、治安を守るべき警邏隊は形式ぶったことばかりで、魔物討伐なんて後回しにする。だからオレが、警邏の身分を利用して『赤竜隊』に仕事を流してる。討伐の依頼を───あいつらにやらせてるんだ」
エリュシアは息を呑む。
リューファスは続けた。
「金は貰えない。金も保証もねぇ。命の補償だってそうだ。でも動きやすい。役所の承認待ちで誰も動かない現場に、オレらはすっと入れる。村を守り、魔物を止めて───コツコツと信頼を勝ち取ってきた。それが赤竜隊だ」
彼の眼差しは真剣そのものだったが、どこか少年っぽい光も失われていない。
「オレが動けば、赤竜隊も動く。まずは赤竜隊を使って───書簡の内容を帝国中の民衆に広めるんだ。そうすれば反乱の炎は一気につくぜ」
エリュシアの肩が小さく震え、フリューゲルの寝顔に目を落とす。
彼女が小さく、声にならない「ありがとう」を洩らすと、リューファスは短く鼻を鳴らした。
「んな感謝はいらねぇよ。オレは───昔から、ここで腐ってく連中を見てた。税で喰えなくなるやつら、帳簿の前で泣く母親、舞踏会で浮かれる貴族。いつか、オレも帝国を焼き払ってやるつもりだった」
彼は拳を軽く握って示す。
「エリュシアの父さんの残した書簡は、起爆剤になる。お前とフリューゲルを守るのも、赤竜隊の連中を使うのも───同じだ。ここから先は、本気でやる」
リューファスの言葉が途切れる。
その背後から、軽やかな足音が近づいてきた。
「……相変わらず、暑苦しいこと言ってんな、お前は」
やけに落ち着いた声。
振り向くと、青の布を巻いた少年が立っていた。
髪は灰がかった栗色で、どこか知的な印象を与える。
年はリューファスと同じくらいだが、目の奥に鋭い光がある。
「あっ、青チームの人だ!」
フリューゲルの声に、エリュシアは目を見開いた。
この少年こそ、さっきまでリューファスと戦場で対峙していた指揮官───
「赤竜隊のローワン・グラウフェルトだ。よろしくね」
少年は軽く片手を上げ、頬を緩ませた。
「エリュシア・ヴォルンよ」
「僕はフリューゲル! よろしくね」
「おいおい、リューファス。この人たちは……?」
興味津々といった調子で、ローワンがエリュシアとフリューゲルを交互に見やる。
リューファスは短く鼻を鳴らした。
「州の外から来た客人だ。事情があって、しばらくウチで預かる」
「へぇ……珍しいな。お前が他人の面倒を見るなんて」
「うるせぇよ」
リューファスが軽く小突くと、ローワンは苦笑しながら一歩退いた。
「聞いてるよ。お前と同行してる、やけに綺麗な服を着た姉弟についてさ」
ローワンはにやりと笑い、肩をすくめた。
「ま、いいさ。討伐が終わったら───お前んとこ、寄るよ」
「は? 何でだよ」
「なんでって、お前が外からの客人なんて珍しいものを連れ込んでるんだ。そりゃ気になるだろ? それに、ちょっと見りゃ判るさ。あの姉弟、ただの旅人じゃないよね?」
その言葉に、エリュシアの指先がぴくりと動いた。
ローワンの灰がかった栗色の髪が、西に傾く光を受けて金色に近い光を放つ。
彼の瞳は、どこか底を読ませない色をしていた。
「やめとけ、ローワン。深入りするな」
リューファスの声には、軽く釘を刺す響きがある。
「おいおい、俺がいつ深入りした? お前の顔見りゃ十分だよ。何かを守ろうとしてる顔だよね、それ」
にやりと笑い、ローワンはエリュシアの方へ視線を向けた。
彼女はそれに怯まず、静かに見返す。
「……随分と、鋭いのね」
「まぁ、伊達にリューファスの幼馴染をやってないからね」
ローワンは笑って、リューファスの肩を軽く叩いた。
「そういや、赤竜隊の補給の件。明日の朝、村の西側に回しとくよ。そろそろ矢が切れそうだろ?」
「助かる。あとはオレが片付けとく」
「了解。それじゃ、またな」
ローワンは軽く手を上げて、背を向けた。
去り際、何か思い出したように振り返る。
「……そうだ、リューファス。次の『戦ごっこ』はいつだ?」
「そのことだが……」
リューファスが言い淀むと、ローワンはにやりと笑った。
「それも、今夜話すか」
「おい、オレの家に来るって体で話を進めるんじゃねぇ!」
ローワンはまるで聞こえなかったふりをして、悠々と両手を頭の後ろで組んだ。
その態度があまりにも自然で、リューファスの苛立ちは空振りに終わる。
ローワンは、くつくつと笑う。
その笑い方には皮肉も挑発もなく、ただただ、信頼の響きがあった。
「ま、今は聞かないよ。人前で話すことじゃないだろ。だから───夜、お前の家で。いいな?」
「……勝手に決めんな」
「おっと、拒否権はないぜ。俺はもう、見ちゃったんだ。リューファスが何かを守る時の顔をな」
リューファスは額を押さえ、溜息を吐いた。
「ほんっと、性格悪いな……」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
ローワンは軽く片手を上げ、エリュシアに目をやる。
「じゃ、夜にまた。お嬢さんも、その弟くんも一緒でいいよね?」
エリュシアは一瞬だけためらい、リューファスを見た。
彼は肩をすくめて、観念したように呟く。
「……しゃあねぇ。どうせここで断った所で、勝手に押しかけてくるんだろうしな」
「流石! 解ってるじゃないか! じゃ、そういうことで」
ローワンは軽く笑い、背を向けた。
その足取りは、まるで何の憂いもない風のように軽い。
残されたリューファスは、空を仰ぎながらぼやいた。
「あいつ、昔からこうなんだよ。勝手に決めて、勝手に動く。けど───まぁ、悪い奴じゃねぇ」
「信頼してるのね」
エリュシアの静かな声。
リューファスは、ほんのわずかに笑って答えた。
「信頼っていうか……仕方なく、だな。オレが熱くなりすぎると、いつも水ぶっかけてくるタイプだ」
その時、フリューゲルが小さく笑った。
「でも、ちょっと楽しみだね!」
その無邪気な声に、エリュシアもつられて微笑む。
リューファスは少しだけ頭を掻いてから、立ち上がった。
「よし。じゃあ───飯の準備でもするか。どうせ夜は、またあいつが騒ぐだろうしな」
その言葉に、エリュシアはふと小さく息をついた。
忘れていた穏やかな時間の気配が、ほんの少しだけ胸の中に戻ってきていたようだった。
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