黒曜石

劉崎真一郎

黒曜石

 月夜。

 月明かりに照らされる、煌めく風景を見ると記憶の蓋が開いて何かが染み出してくる。


 私はそれを抑えようと心に触れることをやめ、頭の中に浮かぶ情景に意識を集中した。


 もう10年も昔。

 同じような月明かりの照らす夜だった。


『いつもと違う』


 夜中に不自然に目が覚めた。

 手洗いで用を足した後、階下に降りた。


 風が吹き込んでいる。


 生臭い匂いもした。


 リビングの明かりは消え、窓が開いていた。白いカーテンが揺れ、月明かりに照らされた庭が見える。


「おとうさん」


 私は足を踏み出し、足裏に粘りつく液体を踏んだ。

 そこには父と母、仲の良い姉が倒れ伏しており、床には血の海が広がっていた。


 私は必死で母親の身体を起こそうとしたが、非力な腕では大人の重い身体を動かすことはできなかった。


 泣き叫んでいたと思う。

 半狂乱で姉の身体に縋り付いた。

 何度も姉の名を呼び、懇願したが姉は起きてくれなかった。いつものように、私を助けてくれることはない。


 三度、叫んだ。


 現場に残された凶器は、黒い黒曜石の様な刃を持った小さなナイフだった。


 とある神社から盗み出された神器。古代から伝わる古い伝説を宿したそれは、名もない殺人鬼の手に渡りその凶行で人の血を啜った。


 現場に残されたまま、私に触れたそのナイフは、私の中に渦巻く怒りの感情や悲しみを吸い取り、死体の血液を使って実体化した。



 ◇



 狂乱していた少女は意識を失い、ナイフの刃がその体に埋もれていった。


 家族全ての命を使って、黒い瘴気は人間に対する復讐の機会を得た。例えそれが、どんな世界であろうと、彼がやることには変わりはない。


 ここには現実にある縁起も、伝説も、歴史もある。それは人が人であることを始めた頃から続く遺伝子の様なものであり、思念の蓄積でもある。


 それは、人間に精神があるところでは、存在しうるのだ。



 ◇



 近所に住んでいた青年が、物音を聞いて助けに来てくれた。

 警察や救急車を呼び、人が来るまでの間、傍に居てくれた。他人の体温の温かみが私が唯一生きている証だった。







----------------------------------------

こんにちははじめまして。

連載中の小説の別エピソードとなります。

お気に召しましたら是非本編もご覧ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒曜石 劉崎真一郎 @sinichiro_R

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ